開いた本と、閉じた本——欧米の肖像・細密画・版画ほか九点
開いた本は、読まれている。閉じた本は、持たれているだけである。そして、閉じた本は、その人が誰かを示す。九点で、本の状態を数えたい。本そのものを主題にした品も含まれる。本の大きさが、その人の仕事を示す場合もある。

開いた本と、閉じた本
前の回で、剣を見た。
帯びるものと、抜くもので働きが変わった。
今回は本である。
本にも、二つの状態がある。
開いているか、閉じているかである。
開いた本は、読まれている。
閉じた本は、置かれているか、持たれているだけである。
そして、閉じた本は、その人が誰かを示す道具になる。
九点を並べて、その違いを読みたい。
そして、本そのものも三点ある。

小さな細密画である。
第十八回で、この形式について書いた。
象牙の薄い板に、水彩で描く。
十一・九掛ける九・七センチ。
手のひらに載る大きさである。
淡い背景の前に、若い女性が座る。
白い衣で、袖が短い。
背に、桃色の布を掛ける。
椅子の背にもたれている。
顔は下を向く。
右手を頬に当て、指を軽く曲げる。
髪は高く結い上げられる。
そして、膝の前に、開いた本がある。
頁が左右に開き、中央がくぼむ。
白く、文字は見えない。
読む姿勢
この姿勢には、決まった型がある。
顔を下げ、片手を頬に当てる。
考えている姿勢である。
そして、本が開いている。
つまり、いま読んでいる途中である。
題にも、面白い話、とある。
読んでいる内容に、反応している場面である。
第一回で、大きく描かれた人は動きの途中で止まっていると書いた。
読む姿勢も、動きの一種である。
そして、その動きは体ではなく、頭の中で起きている。
それを外から見せるために、手を頬に当てる型が使われる。
開いた頁を、白く残す
この本の頁には、文字が描かれていない。
白いままである。
これは、多くの絵に共通する。
理由は二つある。
一つは、小さすぎて読めないからである。
もう一つは、書くと内容が確定してしまうからである。
白いままなら、見る人が想像する。
第十六回で、画面のなかの文字について扱った。
書けば情報になり、書かなければ余白になる。
本の頁は、たいてい余白のままにされる。
そして、白い頁は画面のなかで明るい部分になる。
第九回で、白がいちばん強い色だと書いた。
開いた本は、白い四角として働く。

縦長の肖像である。
若い男が、腰から上で描かれる。
体は右を向き、顔は正面をやや外す。
髪は後ろでまとめられる。
そして、花模様の部屋着を着ている。
白地に、細かい花が散る。
襟が広く折り返される。
両手を前で組む。
背後の左に、棚が見える。
垂直の仕切りがあり、その奥に本らしいものが並ぶ。
暗く、判別しにくい。
背景の右は、暗い緑である。
本の厚さ
九点のうち、本の厚みが分かるものは四点である。
トルコ風の衣装の一点では、赤い本が薄い。
静物の一点では、本が厚く、小口が三層に見える。
剣術書は、開いた状態で厚みが見える。
覚え書き帳は、小さく薄い。
そして、厚さは中身の量を示す。
厚い本は、長い文章か、多くの図を含む。
薄い本は、短い。
絵のなかでは、その差が意味を持つことがある。
分厚い書物を持つ人物は、学者として描かれている。
薄い一冊なら、読み物である。
第十六回で、布の材質が身分を示すと書いた。
本の厚さも、同じ種類の情報である。
もっとも、この九点では、そこまで意図されていないものが多い。
静物の一点の本は、単に台として置かれている。
厚いのは、マグを載せるのに都合がよいからだろう。
背景の本棚
この本は、手に持たれていない。
背後の棚に並んでいる。
そして、それがこの人物について何かを語る。
本を持つ人である、ということである。
第十二回で、慈愛の炎が属性だと書いた。
肖像画の背景の本棚も、同じ働きをする。
学問や職業を示す。
そして、細かく描く必要はない。
棚があり、そこに何かが並んでいれば足りる。
この一点でも、背表紙の文字は読めない。
暗い塊があるだけである。
それでも、本棚と分かる。
第一回で、五ミリの人影が目盛りになると書いた。
記号として働くものは、細部を必要としない。
傍らに置かれた本

技法の欄が変わっている。
羊皮紙に、赤チョークの下描き。
その上からパステルで描いている。
つまり、下描きと仕上げの材料が違う。
第十六回でも、パステルの一点を読んだ。
画面は、明るい室内である。
右手に、青い座面のソファ。
赤い縁飾りが付く。
その上に、女性が座る。
白い衣で、袖が長い。
腰に、黄色い帯を巻く。
頭に、細い布を巻く。
右手を頬に当て、肘を膝につく。
床には、赤と青の大きな絨毯。
模様が細かい。
そして、ソファの上、女性の右手のあたりに、赤い本が置かれている。
閉じている。
その隣に、丸い鏡らしいもの。
閉じた本は、置かれる
この本は、閉じている。
そして、傍らに置かれている。
つまり、読み終わったか、これから読むところである。
姿勢は、前の一点と似ている。
手を頬に当て、考えている。
しかし、本が閉じている点が違う。
読んでいる最中ではない。
第十七回で、帽子を持つか、かぶるかで働きが変わると書いた。
本も同じである。
開けば行為、閉じれば持ち物になる。
そして、閉じた本は色の塊になる。
この一点では、赤い長方形である。
白い衣と、青いソファのあいだで、強い色として働く。