画家を知る

居酒屋と衛兵所を、描き続ける——ダフィット・テニールス

顔を大きく描くとき

この一枚は、他の六点と作りが違う。

群像ではなく、二人だけである。

しかも、上半身が画面いっぱいに入る。

つまり、大首絵に近い構図である。

顔が大きいと、皺や歯まで描くことになる。

美しく整えるのではなく、そのまま描く。

笑い皺、落ちくぼんだ目、欠けた歯。

こうした描写は、農民画の型の一つである。

観察の結果でもあり、型の踏襲でもある。

どちらの成分が多いかは、判断が分かれる。

笑いの絵

笑っている人を描く絵は、意外に少ない。

肖像画では、口を閉じるのがふつうである。

笑うと、顔が崩れる。

崩れた顔は、記録に向かない。

だから、笑いは風俗画の領分になった。

農民や、酒場の場面でだけ、人は笑える。

この配分にも、当時の階層の考え方が出ている。

上品な人は笑わず、そうでない人は笑う。

絵の型が、社会の型を映している。

そう見ておくと、絵の読み方が変わる。

小さい絵の値段

寸法の話をしておきたい。

この一枚は、縦23センチ、横18センチである。

七点の中で最も小さい。

小さい絵は、安いとは限らない。

細かく描き込めば、手間は同じか、それ以上になる。

一方で、飾る場所を選ばない。

小さな部屋の壁にも掛かる。

十七世紀の低地地方では、市民の家に絵が飾られた。

宮殿ではなく、住宅である。

だから、小さな板絵に需要があった。

画面の大きさは、買い手の暮らしの大きさでもある。

農民の顔は、誰の顔か

この二人が実在の人物かは、分からない。

農民画の人物は、たいてい特定されない。

型として描かれることが多い。

一方で、画家は身近な人を写生に使った。

工房の弟子や、近所の人が模特になる。

その顔が、繰り返し別の絵に現れることもある。

つまり、実在の顔と、型が混ざっている。

どこまでが観察で、どこからが型か。

区別する手立ては、多くない。

だから当方としては、両方の可能性を書くにとどめる。

二十年後の居酒屋

四枚目は、年代が下る。

居酒屋の場面
ダフィット・テニールス《居酒屋の場面》1658年。油彩・板。縦48.7センチ、横68.7センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ダフィット・テニールス《居酒屋の場面》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

最初の一枚から、二十三年が経っている。

構図は、よく似ている。

薄暗い室内、卓を囲む数人、床の道具。

左手前に、四人の男が卓を囲む。

うち二人は、札を持っている。

賭け事の場面である。

奥には、太い柱が立つ。

その向こうに、別の人々が見える。

右手前には、樽と桶が置かれる。

床に犬が寝ている。

同じ主題を、二十年描き続ける

二枚を並べると、変化と不変が同時に見える。

構図の骨組みは変わらない。

薄暗い室内、卓、柱、床の小物。

一方で、筆の運びは変わっている。

後年のほうが、輪郭がやわらかい。

色の階調も細かい。

そして、画面が少し明るくなっている。

同じ主題を繰り返すと、腕は上がる。

同時に、新鮮さは減る。

その両方が、この二枚から読み取れる。

賭けと札

居酒屋の絵には、賭け事がよく出る。

札、賽子、盤。

この一枚では、四人のうち二人が札を持つ。

顔を寄せ、手元を隠している。

賭けは、当時の風俗画の定番の主題だった。

理由は二つある。

一つは、実際によく行われていたこと。

もう一つは、教訓に使えることである。

金を失う愚かさを示す絵として読める。

楽しげな場面が、同時に戒めになる。

この二重性は、居酒屋の絵に一貫している。

需要が、繰り返しを生む

なぜ、同じ絵を描き続けるのか。

売れるからである。

居酒屋の場面は、確実に買い手がついた。

だから、版を重ねるように描かれる。

構図を少し変え、人数を変え、季節を変える。

工房の弟子が描き、師が仕上げることもあった。

現存する作品の数は、非常に多い。

そのため、帰属の判断が難しい作品もある。

館の記録は、そこを慎重に扱っている。

当サイトも、館の登録に従う。

風景も描いていた

五枚目は、まったく違う。

洞窟からの眺め
ダフィット・テニールス《洞窟からの眺め》1630年代前半。油彩・板。縦51.1センチ、横51.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ダフィット・テニールス《洞窟からの眺め》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

正方形に近い画面である。

手前は、岩に囲まれた洞窟の内側である。

岩肌は暗い茶で、上から蔓が垂れる。

その向こうに、明るい風景が開ける。

白い雲、青みがかった遠景、細い川。

洞窟の暗さと、外の明るさが対比される。

いわゆる、額縁のような構図である。

暗い枠の中に、明るい景色を見せる。

人物はほとんど描かれない。

七点の中で、これだけが風景画である。

画家の幅

風景画を描けることは、当時の画家にとって強みだった。

注文の幅が広がるからである。

テニールスは、農民画、風景画、そして次に見る衛兵所の場面を描いた。

さらに、収集品を並べた画廊の絵も手がけている。

主題ごとに、必要な技術は違う。

群像には人体の配置が要る。

風景には空気の遠近が要る。

静物には質感の描き分けが要る。

この画家は、そのいずれもこなした。

だから、長く仕事が続いた。

岩と空気

この風景画の描き方を、もう少し見たい。

手前の岩は、濃い茶と黒で塗られる。

筆は太く、絵具は厚い。

奥の風景は、薄い青灰で、筆は細い。

絵具の厚みが、そのまま距離になっている。

厚い場所は近く、薄い場所は遠い。

これは、当時の風景画で広く使われた方法である。

遠景を青くするのは、空気の層を表すためである。

当サイトの
黄金の光でも、近い話を書いた。

低地地方の風景画は、この空気の扱いで進んだ。