画家を知る

居酒屋と衛兵所を、描き続ける——ダフィット・テニールス

衛兵所という主題

六枚目は、主題が変わる。

衛兵所
ダフィット・テニールス《衛兵所》1645年ごろ。油彩・画布。縦72.6センチ、横55.4センチ。シカゴ美術館蔵。チャールズ・L・ハッチンソン・コレクション。ダフィット・テニールス《衛兵所》シカゴ美術館蔵

石造りの部屋である。

天井は丸く、奥に暗いアーチが続く。

床には、甲冑の部品が山のように積まれている。

胸当て、兜、篭手。

太鼓が転がり、旗が広げられている。

旗は白と赤の縞で、房飾りが付く。

左には、若い男が一人立つ。

青い上着で、こちらを見ている。

天井から、鳥籠のようなものが下がる。

奥の暗がりには、人影が複数見える。

武具を、静物として描く

この絵の主役は、人ではない。

床に積まれた武具である。

胸当ての金属が、光を鈍く反射する。

兜の丸みに、白い筆が一本入る。

太鼓の皮は、黄土色に塗られる。

旗の布は、大きく波打つ。

つまり、質感の描き分けが主題になっている。

金属、皮、布、木。

四つの材質が、同じ床の上に並ぶ。

これは静物画の課題そのものである。

衛兵所の絵は、静物画の口実でもあった。

衛兵所とは何か

衛兵所は、兵が詰める部屋である。

城門や町の門の脇に置かれた。

交代で番に立ち、待っている間はそこで過ごす。

だから、暇な時間が長い。

その暇を、絵の主題にしたのがこの種の作品である。

賭け、酒、煙草、居眠り。

戦っていない兵を描く。

十七世紀の低地地方は、長い戦争の時代だった。

兵は、日常の風景の一部だった。

戦場ではなく、待機を描く。

そこに、この主題の面白さがある。

甲冑を描くということ

当サイトでは、甲冑そのものも扱っている。

皇帝の甲冑をつくるがそれである。

十六世紀の甲冑は、精密な工芸品だった。

十七世紀に入ると、事情が変わる。

火器の発達で、全身甲冑の役割が薄れる。

胸当てと兜だけを着ける形が増えた。

この絵に描かれる武具も、そうした部分甲冑である。

床に無造作に積まれている。

かつての誉れが、道具として転がっている。

そう読むこともできる。

もう一つの衛兵所

七枚目も、同じ主題である。

聖ペテロの解放のある衛兵所
ダフィット・テニールス《聖ペテロの解放のある衛兵所》1645〜47年ごろ。油彩・板。縦55.2センチ、横75.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。1964年寄贈。ダフィット・テニールス《聖ペテロの解放のある衛兵所》メトロポリタン美術館蔵

横長の画面である。

手前の床に、やはり武具が積まれる。

赤い衣、太鼓、兜、胸当て。

中央には、卓を囲む数人がいる。

札を持ち、賭けをしている。

右手前には、白い犬が一匹立つ。

奥には、格子の入った開口部が見える。

その向こうが明るい。

天井からは、鳥籠が下がる。

構図の要素は、先の一枚とほぼ同じである。

奥に、別の物語がある

この絵には、題に手がかりがある。

聖ペテロの解放、とある。

新約聖書の一場面である。

牢に囚われたペテロを、天使が導いて連れ出す話である。

画面の奥、格子の向こうにその場面が小さく描かれている。

つまり、手前は風俗画、奥は宗教画である。

一枚の中に、二つの絵が入っている。

この作り方は、当時の低地地方でよく使われた。

宗教主題を、日常の場面の奥に置く。

見る人は、まず手前の賭博を見る。

そのあとで、奥の奇跡に気づく。

手前と奥の役割

なぜ、そういう作りにするのか。

理由の一つは、需要である。

宗教画は買い手が限られる。

風俗画は広く売れる。

両方を一枚に入れれば、どちらの買い手にも応じられる。

もう一つは、対比の効果である。

賭け事に興じる兵と、牢から救われる聖人。

俗と聖が、同じ建物の中にある。

その落差が、絵に意味を与える。

説教めいてはいるが、絵としては効いている。

二枚を、見比べる

六枚目と七枚目を並べてみたい。

積まれた武具、卓の兵、犬、鳥籠。

要素はほとんど共通する。

違うのは、画面の向きである。

一方は縦長、他方は横長。

縦長では、武具が下に積み上がり、上に空間が伸びる。

横長では、武具が左に寄り、右に犬と床が広がる。

同じ道具立てを、向きに合わせて配置し直している。

これは、注文の寸法に応じた調整だろう。

画家は、画面の形から構図を組む。

鳥籠という小道具

二枚とも、天井から鳥籠が下がっている。

同じ形の籠である。

工房で使い回された道具だと考えられる。

こうした繰り返しは、テニールスの絵に多い。

同じ壺、同じ樽、同じ犬。

写生帖に描きためた形を、絵ごとに配置する。

効率のよいやり方である。

同時に、帰属の手がかりにもなる。

同じ小道具が出てくる作品は、同じ工房の系統に属する可能性が高い。

細部の繰り返しは、研究にとって貴重な情報である。

犬という登場人物

七点のうち、三点に犬が描かれている。

最初の一枚では、床に伏せてこちらを見る。

四枚目では、樽の脇で寝ている。

七枚目では、白い犬が立ち、尾を垂らす。

犬は、画面の隅に置かれることが多い。

そこに置くと、視線の行き止まりを作れる。

人物の輪から目が外れたとき、犬で受け止める。

構図の部品として働いている。

同時に、場所の性格も示す。

犬がいる部屋は、くつろいだ場所である。

小さな動物一匹で、場の空気が決まる。

画家の署名

七点の隅には、署名が入っているものがある。

板や画布の下部に、小さく記される。

同時代の画家は、署名の位置を工夫した。

目立たず、しかし消えない場所を選ぶ。

床の板の目地や、樽の縁が使われる。

署名は、作者を示すだけではない。

工房の製品であることの保証でもある。

数の多い画家ほど、署名は重要になる。

とはいえ、署名のある作品がすべて本人の手とは限らない。

工房の製品に、師が署名する慣行もあった。

七点を、順に見る

最後に、見方を提案したい。

七点を、床だけ見比べてほしい。

床に何が置かれているか。

壺、皿、煙管、樽、甲冑、太鼓。

この画家は、床をよく描く。

人物の足元に、必ず何かを置く。

床の小物が、部屋の性格を決めている。

居酒屋なら壺と皿、衛兵所なら武具と太鼓。

主題の違いは、床に出ている。

顔を見る前に、足元を見る。

そういう順で見ると、七点の違いがよく分かる。

そして最後に、奥の暗がりを覗いてほしい。

この画家は、必ず奥に何かを置いている。

RELATEDあわせて読みたい

画家を知るの記事一覧