作品を知る

裸は、水に入らない——ドガ・ブラックモン・春汀ほか九点の湯浴み

湯浴みと水浴の絵を九点集めると、湯船の見える絵は一点もなかった。裸の五点で水に入るのは膝までの一人だけ、肩まで浸かるのは着物と水着の人である。裸ほど水から遠く、着衣ほど水に近い。湯屋を出る素足から、人のいない沐浴池まで数える。

湯浴みの後(大型版)
エドガー・ドガ《湯浴みの後(大型版)》クリーヴランド美術館蔵

濡れた背中に、白い布

裸の背中が、画面の真ん中で丸くなっている。

うつむいた頭から髪が垂れ、顔は見えない。

右腕が腰の後ろへ回り、手には白い布がある。

布は、腰のくぼみに押し当てられている。

湯上がりの体を、拭いている途中である。

奥には花模様が広がり、右の端には縦の筋が下りる。

壁紙かカーテンか、部屋のしつらえらしいものが、体を囲んでいる。

画面ぜんたいが、こすれたようにざらついている。

湯浴みの後(大型版)
エドガー・ドガ《湯浴みの後(大型版)》1891年から92年。館の記録では、転写リトグラフ。画面は30.4×32.4センチ。番号は1970.285。クリーヴランド美術館蔵。エドガー・ドガ《湯浴みの後(大型版)》クリーヴランド美術館蔵

館の記録では、ドガは湯から上がる女性の姿を数多く作った。

そばで侍女が、大きなタオルか湯上がり着を持って待つ、という図だという。

ただし、この一枚に侍女の姿はない。

体と布のほかは、模様と影だけである。

この像は二年のあいだ、いくつもの版画に作り直された。

転写紙を使い、切り取り方と大きさを変えていったとある。

題の大型版という言葉は、その作り直しの中での区別である。

写し直しを重ねるうちに、背中のような調子の部分に、独特のざらつきが生まれた。

そのやり方は実験的で、当時のリトグラフの限界を押し広げたと記録は述べる。

付記によれば、転写リトグラフは美術の用途では、まだ新しい技法だった。

画面は30.4×32.4センチ、紙は40.3×46.8センチとある。

ほぼ正方形の画面が、余白の広い紙の真ん中に据えられている。

寄贈の欄も変わっている。

版画愛好会の五十周年を記念して、夫妻から贈られた一枚だという。

会の記念日に、湯上がりの背中が館へ入った。

ところで、この絵に湯は見えない。

湯船も湯気も、画面の外にある。

見えるのは、体と布だけである。

湯浴みの絵と聞いて思い浮かべるはずのものが、ほとんど描かれていない。

では、湯浴みや水浴の絵とは、水の絵なのか、体の絵なのか。

湯船につかる、川で泳ぐ、たらいで行水する、海で波に入る。

水と体の付き合い方は、暮らしの中にいくつもある。

そのどれが絵になり、どれが絵にならなかったのか。

湯の絵、水浴の型の絵、海辺の絵、水だけの写真。

九点を並べて、確かめてみたい。

題に水浴とあるのに、水がない

二点目は、木々を背にした若い女性である。

両腕を上げて、ほどけた髪に手をやっている。

ひじが左右に張り、顔はうつむき加減になる。

かたわらには、赤い水玉の布と麦わら帽子が積まれている。

腰には、白い肌着がまとわりつく。

肌は桃色に照り、背景の緑とやわらかく混ざる。

そして、画面のどこにも水が見えない。

髪を整える水浴の女
ピエール=オーギュスト・ルノワール《髪を整える水浴の女》1893年。館の記録では、油彩・カンヴァス。92.4×74センチ。番号は1963.10.204。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。ピエール=オーギュスト・ルノワール《髪を整える水浴の女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

題には、水浴の女とある。

だが泳いだ跡も、川岸も、この画面は示さない。

髪を整えるしぐさと、脱いだ布の山が、水浴の前か後かをほのめかすだけである。

水浴という言葉が、木立の中の裸を説明する枠として働いている。

枠だけ借りて、水を描かない。

そういう水浴図が成り立つこと自体が、この型の性格をよく示している。

この絵は、収集家チェスター・デールの集めた一群から館へ入った。

カンヴァスは高さ92.4センチと、一メートルに近い。

水を欠いた水浴図が、堂々たる本画として描かれ、集められていた。

次の一点で、体はようやく水に入る。

水浴
フェリックス・ブラックモン《水浴》1900年ごろ。館の記録では、茶色の紙に、筆と黒・茶の淡彩、ペンと黒インク、黒チョークと木炭。白チョークで明るみを加える。紙は59×44センチ。番号は1980.240。クリーヴランド美術館蔵。フェリックス・ブラックモン《水浴》クリーヴランド美術館蔵

森の池に、裸の女性が立っている。

水は、膝の下まで来ている。

両腕を上げて、長い髪を絞っている。

体には白いチョークが重ねられ、まわりの闇から浮き上がる。

背後には、大きな木と茂みが黒く広がる。

その中に、白い点が花のように散らばっている。

水面には、白い筋が横に引かれている。

紙は茶色で、その地の色が肌の中間の調子を受け持っている。

館の記録では、ブラックモンは異なる技法を混ぜることに関心を持っていた。

1900年ごろには、そうした試みが増えていたという。

黒と白のさまざまな画材を使って、森の池の裸婦を描いたとある。

画面には、薄い方眼の跡も残っている。

同じ図柄の七宝と版画とのあいだで、図を移すために引かれた線だという。

つまりこの紙は、作品であると同時に、仕事の道具でもあった。

紙の下の縁には、黒チョークで一から八までの数字が並んでいる。

方眼の列を数えた印だろう。

制作の途中の印が、そのまま残されている。

館の記録では、この素描は画家の存命中の二度の大きな展覧会に出た。

そのうち1907年の展示から、パリの収集家ブールドレイに売られたという。

同時代の美術をひととおり集めようと、何百点もの素描を買った人だとある。

さて、ここまでの二点と違って、この人は水の中にいる。

膝から下が、水に消えている。

ただし、水に入っていく姿ではない。

髪を絞っているのだから、上がる間際である。

水に立ってはいるが、水浴はもう終わりかけている。

セザンヌの岸は、もっと硬い。