作品を知る

蘭は、庭の名として生き延びた——ヒード・円山応挙・八大山人ほか九点

黒い蘭
フレデリック・スチュアート・チャーチ《黒い蘭》1907年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は122.2×76.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。フレデリック・スチュアート・チャーチ《黒い蘭》スミソニアン協会蔵

縦長の大きな画面である。

122.2×76.4センチある。

背景は暗く、緑と褐色が混じる。

画面の中央に、人物がひとり立っている。

体を斜めに向け、顔を横に向けている。

長い衣が体を包む。

その手のあたりに、暗い色の花がある。

花びらは厚く、外側へ反り返る。

色は黒に近い赤紫である。

まわりには、葉が幾枚も重なる。

葉の縁は光を受け、細く明るい。

画面の下のほうは、ほとんど暗がりである。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

つまり、この花が実在の品種かどうかも書かれていない。

黒い蘭という題だけがある。

九点のうち、花の色が題になっているのは、この一点である。

黒い花は、実際にはほとんど存在しない。

濃い赤紫や濃い紫を、黒と呼ぶことが多い。

この画面の花も、暗い赤紫として塗られている。

つまり黒という語は、色そのものではなく、印象を指している。

そして題が黒と言うことで、見る人はその花を暗いものとして見る。

背景の暗さも、その読みを助けている。

画面の下半分がほとんど見えないのも、同じ効果を持つ。

櫛の上に、鈴蘭が咲く

五点目では、蘭の字が別の花に入る。

鈴蘭の櫛
ルネ・ラリック《鈴蘭の櫛》1900年ごろ。館の記録では、角、エナメル、金。全体は15.4×9.4×3センチ。番号は1981.49。クリーヴランド美術館蔵。ルネ・ラリック《鈴蘭の櫛》クリーヴランド美術館蔵

髪に挿す櫛である。

下半分は、細い歯が並ぶ。

歯は真っすぐで、先が尖る。

上半分は、飾りになっている。

飾りは、大きな葉の形をしている。

葉は左右に二枚、先が上へ伸びる。

材は角で、光を通して淡く輝く。

その葉のあいだから、細い茎が立ち上がる。

茎には、小さな白い花が並んで下がる。

花は鐘の形で、口が下を向く。

館の記録では、この櫛はある人がパリの博覧会で作者の仕事を見て買い求めた。

おそらく妻のためだったという。

そして館は、材料についても書いている。

真珠のような光沢のある角が、この花の葉を作っている。

そこから、繊細な鐘の形をしたエナメルの花が現れる。

館の記録は、そう説明している。

さらに、作者が角を透明感と自然な色のゆえに重んじたと付け加える。

日本語では、この花の名に蘭の字が入る。

しかし蘭の仲間ではない。

鐘の形の小さな花が並ぶ姿から、その名が付いた。

九点のうち、蘭の字が別の花に入っているのは、この一点である。

角という材料も見ておきたい。

薄く削れば、光を通す。

そこに色を付けなくても、淡い黄褐色が自然に出る。

葉の色として、そのまま使える。

そして角は、加工がしやすく、軽い。

髪に挿す道具としては、金属より扱いやすい。

つまり材料の選び方が、この葉の色と厚みを決めている。

花のほうは、エナメルで白く作られている。

透ける葉と、不透明な花。

一つの櫛の中で、二つの質が分けられている。

蘭亭という庭の名

六点目から八点目まで、蘭は場所の名になる。

蘭亭の雅集
円山応挙《蘭亭の雅集》1700年代後半。館の記録では、六曲一隻の屏風・紙本淡彩。画面は83×191.8センチ。番号は1977.1。クリーヴランド美術館蔵。円山応挙《蘭亭の雅集》クリーヴランド美術館蔵

横長の屏風である。

83×191.8センチある。

地は紙のままで、余白が広い。

画面の右手に、細い流れがある。

水は曲がりくねって左へ続く。

岸には、岩と木が点々と置かれる。

木は細く、枝が上へ伸びる。

流れのそばに、人が何人もいる。

みな長い衣を着て、髪を結っている。

膳を運ぶ者がいる。

器を並べる者がいる。

筆と紙を持つ者もいる。

奥には、屋根の一部が見える。

館の記録では、詩人たちの明るい集まりは、東アジアの文人画でもっとも好まれた主題の一つだった。

この画面は、四世紀のある年に、名高い書家が開いた詩人の会を描いている。

その会は、春の禊の行事を祝うものだった。

主人は四十一人の学者詩人を招き、曲がりくねる流れのほとりで詩を作り、酒を飲ませた。

館の記録は、そう説明している。

そして、この屏風は左に置かれ、集まりの準備を描いているという。

失われた右の屏風には、流れに沿って座る詩人たちが描かれていたと考えられている。

つまり、この一隻は片方だけである。

題にある庭の名に、蘭の字が入っている。

しかし画面に、蘭の花はない。

余白の広さも見ておきたい。

紙のままの部分が、画面の半分近くを占める。

人物は下のほうに集まり、上は空いている。

つまり集まりの場は、広い空間の中に小さく置かれている。

そして描かれているのは、会そのものではなく準備である。

膳を運び、器を並べる場面である。

主役の詩人たちは、失われた右の屏風にいた。

いまは、準備だけが残っている。

蘭亭修禊図
樊沂《蘭亭修禊図》1671年。館の記録では、巻子・絹本着色。図は28.4×392.8センチ。番号は1977.47。クリーヴランド美術館蔵。樊沂《蘭亭修禊図》クリーヴランド美術館蔵

たいへん横に長い巻子である。

図だけで392.8センチある。

表装を含めれば、763.3センチになる。

右から左へ、流れに沿って場面が続く。

岸には木が並び、若葉が芽吹く。

流れの水は淡い青で、細い線で表される。

その岸に、人が次々に座っている。

一人ずつ姿勢が違う。

杯を持つ者、筆を執る者、体をひねる者。

供の者が、器を運んでいる。

巻の終わりには、屋根のある建物がある。

館の記録では、この会の主題は1600年代までに中国絵画のよくある主題になっていた。

もとは十一世紀のある画家の構図にもとづくが、それは失われている。

そして、ある派の画家たちがこの主題を復活させたという。

さらに館は、作者が別の画家の兄弟であることも書いている。

前の回で見た凍った岸辺の一葉は、その兄弟の手になるものだった。

そして巻の終わりでは、主人が庭の建物にいる。

鵞鳥を眺める場面として知られる一節だという。

巻子の長さも考えておきたい。

図だけで4メートル近い。

一度に広げて見ることはできない。

つまり流れに沿って進む構図は、巻いて見る動作とそのまま重なる。

右から左へ送るあいだ、岸の人々が次々に現れる。

そして最後に、建物と主人にたどり着く。

館の記録は、作者の書き込みも写している。

ある年の冬の二月に描いたと記されている。

春の会を描いた絵が、冬に仕上げられている。