鹿は、角の枝を数えられる獣である——ドービニー・ボヌール・ヴァレンタインほか九点
牛や馬は体の大きさで値打ちを測られた。鹿は頭に付いた枝の数で測られる。九点を数えると、追われるか倒れているのが三点、静かに立つのが四点。角の枝が十二本を超えると、その鹿は王者と呼ばれる。数えることが、そのまま呼び名を決めている。

木立の奥に、鹿が二頭いる
黒い線だけで刷られた森の絵である。
画面の右半分を、大きな茂みが占めている。
葉は細かい点と短い線の集まりで表され、塊として黒い。
左には細い木が数本立ち、枝が上へ伸びている。
木の下は明るく残され、白い地面が広がる。
その明るい地面と暗い茂みの境目に、鹿が二頭いる。
一頭は立ち、頭を上げている。
角が枝のように分かれ、後ろへ反り返っている。
もう一頭は、その手前で頭を下げている。
草を食んでいるように見える。
どちらも数センチの大きさしかない。
体の輪郭は、細い線を数本重ねて作られている。
顔の細部は描かれていない。
画面の下の縁には、水面らしい横線が引かれている。
右下には、逆向きの署名が刷り込まれている。

館の記録では、この一枚はガラス板を使った作り方によっている。
1853年ごろ、何人かの画家と写真愛好家が新しい方法を工夫した。
同じ図を何枚も刷るための、写真を使う方法である。
ガラス板に不透明な地を塗り、そこを鋭い道具で引っかいて図を描く。
その板を感光紙の上に置き、光を当てる。
すると図が紙に写る。
館の記録は、その手順をそう説明している。
つまりこの森と鹿は、版木にも銅板にも彫られていない。
ガラスの上の塗料を掻き落として作られている。
署名が逆向きに読めるのは、ガラスに直接書いたからである。
版の跡は16.5×19.8センチしかない。
紙のほうは17.8×20.7センチで、余白はごくわずかである。
この小さな面の中に、森の奥行きが作られている。
奥行きを作っているのは、黒い塊と白い地面の対比だけである。
茂みは真っ黒に埋められ、地面はほとんど掻かれていない。
掻いた線が多いところが暗く、少ないところが明るい。
つまり明暗は、道具を動かした回数によって決まっている。
鹿がいる場所は、ちょうどその境目である。
暗い茂みから明るい地面へ出てくるところで、二頭は止まっている。
森の絵の系譜については、バルビゾンの森で扱った。
鹿は、いつも追われているか
この一枚を出発点に、鹿の絵を九点数えていく。
鹿は、狩りの対象としてもっとも古くから描かれてきた獣である。
同時に、角のかたちが目立つために、しるしとしても使われる。
長寿を意味し、王の力を意味し、神域の獣にもなる。
先に言ってしまうと、九点のうち、鹿が追われるか倒れているのは三点である。
静かに立つか横たわっているのが四点。
一点では、長寿のしるしとして松と桃の下に置かれている。
そして一点では、鹿に翼が生えている。
前の回で牛が値打ちを見せるために横を向くことを見た。
鹿の場合、体の向きより角の枝の数が数えられる。
角が十二叉あれば、王者と呼ばれる
二点目は写真である。

暗い地面の上に、鹿が横たわっている。
体は右を下にして倒れている。
首は伸び、頭が地面に着いている。
目は閉じているように見える。
角は大きく、何本もの枝に分かれている。
その枝が、地面の上に影を落としている。
前脚は折れ曲がり、後ろ脚は伸びている。
腹のあたりが白く光っている。
まわりは草と土で、黒い粒が一面に散っている。
背景はなく、地面だけが画面を埋める。
館の記録では、これは倒れた牡鹿である。
王者の牡鹿とは、角の枝が十二本以上ある鹿を指すという。
つまり題は、角の数を数えた結果の呼び名である。
そして館は、この写真の作られ方を書いている。
当時の技術では、露光した板をすぐに現像する暗室が近くに必要だった。
だから、倒れた鹿は写真家か助手の手で並べ直された可能性が高いという。
真昼の明るい光の中で、たったいま倒れたように見せている。
館の記録は、そう読んでいる。
つまりこの姿勢は、鹿が取ったものではない。
人が整えたものである。
作者は風景と地図の写真で知られ、その会社は国内で最大になった。
1868年には女王の写真家に任じられた、と記録は続ける。
九点のうち、鹿が死んでいるのはこの一点だけである。
そして角は、倒れた体よりも大きく写っている。
地面に横たわると、角は横へ広がり、影を長く伸ばす。
立っているときには上へ向かう枝が、倒れると横へ倒れる。
写真は、その倒れた枝の広がりを画面の中央に置いている。
体の輪郭は暗く沈み、角の線だけが白く光っている。
つまりこの一枚が写しているのは、鹿というより角である。
題も「王者の牡鹿」であって、狩りの成果とは書かれていない。
狩りの画面で、鹿は跳ぶ
三点目では、鹿は追われている最中である。

縦長の小さな図である。
上には岩山があり、緑と桃色に塗り分けられている。
その手前に、明るい緑の草地が広がる。
草地の上を、獣たちが走っている。
左下へ跳ぶもの、右へ体をひねるもの。
角のある鹿が四頭、それに斑のある一頭。
灰色の大きな獣も一頭いる。
そのあいだに、斑の獣が飛びかかっている。
首に赤い首輪が見える。
上のほうには、人が三人立っている。
一人は木のそばで腕を上げている。
館の記録では、この斑の獣は訓練された狩猟用の猫科の獣である。
赤い首輪を付け、狩りの遠征で獲物を捕らえるのに使われた。
そして館は、この図の意味も読んでいる。
狩りは当時の文学で、目指すものを手に入れる比喩でもあった。
この図が作られたころ、王子は父に対抗して自分の宮廷を開いていた。
獲物を捕らえる図は、王位を得たいという願いと響き合うという。
館の記録は、そう説明している。
そして手前の灰色の獣については、アジア最大の羚羊だと付け加える。
つまりこの画面では、鹿は逃げる側に置かれている。
追う側は、猫科の獣と、その飼い主である。
そして人は、追ってはいない。
上のほうに立ち、腕を上げて合図を送っているだけである。
走るのは獣どうしで、人は離れた場所から見ている。
この配置は、狩りという行為の分業を示している。
図の大きさは20×11.8センチしかない。
その中に、獣が七頭と人が三人いる。
一つずつの姿は指の先ほどで、輪郭は細い線で描かれている。
小さいのに、どの獣がどちらへ跳ぶかは正確に描き分けられている。
画面の下に置かれた斑の鹿は、後ろ脚を高く跳ね上げている。
翼のある鹿が、翼のある獅子に捕らえられる
四点目は、写本の一葉である。

濃い青の地に、金で模様が描かれている。
画面の中央には、白い紙が長方形に貼られている。
そこに文字が斜めに並ぶ。
その周囲、青い縁の部分に、森が描かれている。
木は幹から枝を広げ、金の葉と花が点々と付く。
その森の中に、獣がいる。
上の縁には、翼のある獣が二頭いる。
前の一頭は角があり、脚を伸ばして走っている。
後ろの一頭は、たてがみを持ち、口を開けている。
下の縁では、その二頭が重なっている。
たてがみのある獣が、角のある獣に噛みついている。
右のほうには、細い獣が一頭、逃げていく。
館の記録では、この縁の場面は花の咲き乱れる魔法の森である。
上では翼のある獅子が翼のある鹿を追い、下でその鹿が捕らえられる。
獅子が獲物に噛みつく図は、古代のイランにさかのぼるという。
そして、それは王の武勇を指すものだと記録は書く。
右へ走り去るのは狐だという。
中央の詩はペルシア語で、斜めに続く書体で書かれている。
作者はその書体を完成させた人として広く知られ、多くの人の手本になった。
館の記録は、そう書いている。
つまりこの鹿は、獣であると同時に、王の武勇を語るための形である。
翼が付いているので、現実の鹿ではない。
九点のうち、鹿に翼があるのはこの一点だけである。
鹿は、器の腹を歩く
五点目は、紀元前の器である。

淡い褐色の器である。
胴は横に長く、船のような形をしている。
左端には、鳥の頭が付いている。
くちばしは前へ突き出し、途中に穴があいている。
胴の上には、筒が二本立っている。
一本は高く、口が広い。
下には、円い台が付いている。
器の表面は、幾何学の模様でびっしり埋められている。
四角い渦、三角、細かい格子。
その模様のあいだ、胴の中ほどに、人と獣の場面がひとつだけある。
男が槍を持ち、角のある獣を引いている。
館の記録では、これは香油を入れる器で、葬礼に使われたのかもしれない。
形はイタリアの伝統から来ているが、模様のほうはギリシアに由来するという。
そこで研究者は、エトルリアで働いていたギリシア出身の陶工の作かもしれないと考えている。
そして唯一の物語の場面について、館はこう書いている。
槍を持つ男が角のある獣を引いている。
もし無名の狩人でないなら、これは英雄の三番目の仕事の、知られる限り最古の姿かもしれない。
金の角を持つ雌鹿を生け捕りにする仕事である。
館の記録は、そう読む。
断定はしていない。
九点のうち、鹿が捕らえられて引かれているのは、この一点である。
写生された鹿は、立ったまま止まる
六点目と七点目は、写生である。

灰色がかった画面である。
背景は森で、葉が細かい筆で塗り重ねられている。
その前に、鹿が一頭立っている。
体は横向きで、頭は左を向いている。
角は二本、上へ枝分かれしている。
首は細く長く、胸のあたりが白い。
四本の脚はすべて地面に着いている。
前脚は少し開き、後ろ脚はそろっている。
尾は短く、上へ跳ねている。
耳は大きく、左右に張り出している。
目はこちらを見ていない。
館の札は「鹿」の一語である。
題には「自然からの写生」と付いている。
つまり、実際の鹿を見て描いたと題が言っている。
館の記録は、それ以上を書いていない。
しかし題の付け方には、当時の事情がうかがえる。
写生であることを、わざわざ題に入れている。
そう書かなければ、絵の中の鹿は写生かどうか分からない。
森の背景は暗く、細部が省かれている。
鹿の体だけが、明るく、はっきりと描かれている。
背景を暗くすれば、輪郭が浮き上がる。
その作り方は、実物を前にしたときの見え方とは違う。
写生であることと、写生のように見えることは別である。

淡い緑と灰色の紙に、鹿が一頭横たわっている。
体は右を向き、脚を体の下に折りたたんでいる。
首は立ち、頭が上を向く。
角は太く、根元から先まで枝分かれしている。
胸は白く、背中は茶色い。
体の輪郭は水彩でぼかされ、背景と溶け合う。
地面には草が薄く刷かれている。
館の記録では、この素描は作者の没後に画室で見つかった。
牡鹿を描いた多くの紙の一枚だったという。
作者は、当時の女性としてはまれに、画家として続ける支えを得た人である。
そして生前から、動物を自然に描くことで知られていた。
家のまわりの森を毎日馬車で回り、写生をしていたという。
館の記録は、その仲間の言葉も引いている。
一頭の牡鹿がいて、葉のあいだから日が射していた。
そしてその鹿は、まったく動かずにいた。
水彩はこうした即興の写生に向いていた、と記録は続ける。
外で、対象のそばで描くことができるからである。
さらに館は、この人が牡鹿を飼っていたことも書いている。
その鹿のために園を作り、名前を付けて、模写の相手にしていたという。
女性の画家の仕事については、女性が描いていたで扱った。
そしてこの紙の右下には、印が押されている。
作者の遺産を示す印である。
画室に残された紙が、没後に整理され、印を押されて世に出た。
つまりこの一枚は、作者が発表するつもりで仕上げたものではない。
背景が途中で消えているのも、そのためかもしれない。
草は右のほうで薄くなり、紙の色に戻っていく。
仕上げられていないことが、そのまま観察の速さを示している。
鹿は、猿と並び、松の下に立つ
最後の二点は、東アジアの絹である。

縦長の絹である。
下半分に、水の流れが横に走る。
水面は細かい線で表され、白く光る。
その岸に、鹿が二頭いる。
手前の一頭は座り、頭を上げている。
角は大きく、枝が幾重にも分かれている。
背中には白い斑点が並ぶ。
もう一頭は後ろで体を丸め、背を向けている。
上半分には、大きな木が枝を広げる。
枝には丸い葉が塊で付いている。
その枝に、猿が二匹いる。
一匹は枝からぶら下がり、体を伸ばしている。
もう一匹は、幹の穴のあたりにいる。
鹿は上を見上げ、猿は下を見ている。
館の札は「鹿」と「猿」の二つである。
九点のうち、鹿がほかの獣と同じ画面にいるのは、この一点と狩りの一点である。
狩りの一点では、獣どうしが追い、追われていた。
こちらでは、鹿と猿は互いに何もしていない。
見上げる者と見下ろす者が、上下に配置されているだけである。
水と岸と木と枝という段が、そのまま画面の段になっている。
いちばん下に水、その上に鹿、さらに上に枝と猿。
高さの順に、生きものが割り振られている。
そして鹿の背中の白い斑点は、水面の白い線と対になっている。
白い点と白い線が、画面の上下をつないでいる。

細長い掛幅が二幅、並んでいる。
右幅には、太い松の幹が斜めに立つ。
枝は横へ広がり、緑の葉が塊で付く。
その下に、鹿が三頭いる。
一頭は立ち、二頭は地面に伏せている。
立っている一頭には角があり、後ろへ反っている。
左幅には、細い木が立ち、枝に赤い実が付く。
桃である。
その下に、鹿が一頭立っている。
首を伸ばし、顔を上へ向けている。
実を見上げているように見える。
地面には草と岩が描かれている。
館の記録では、題に「長寿の象徴」と入っている。
松も、桃も、鹿も、長寿と結び付けられてきたものである。
三つを二幅に分けて並べたのが、この一対である。
軸端には象牙が使われている、と記録は書く。
つまりこの一対は、飾るための道具として仕立てられている。
一対という形も、意味に関わっている。
二幅を並べて掛ければ、松と桃が左右に分かれる。
鹿はその両方の下にいる。
つまり鹿は、二つの木のあいだを行き来する役をしている。
右の三頭と左の一頭を足せば、四頭になる。
数としては、群れというほど多くない。
長寿を語るのに、たくさんの鹿は要らない。
角のある一頭と、伏せた二頭と、見上げる一頭で足りている。
数えてみると
九点を並べ直す。
鹿が追われるか、捕らえられるか、倒れているのは三点である。
狩りの草地、器の腹の場面、そして写真の中の一頭。
写本の一葉を加えれば四点になるが、そこでは鹿に翼がある。
静かに立つか横たわっているのは、四点である。
森の中の二頭、写生の一頭、横たわる一頭、そして猿を見上げる二頭。
長寿のしるしとして置かれているのが、一点である。
もう一つ数えておく。
九点のうち、鹿の角がはっきり枝分かれして描かれているのは六点である。
そして角の枝の数が名前になっているのは、写真の一点だけである。
十二本以上あれば王者と呼ばれる。
数えることが、そのまま呼び名を決めている。
言えることと、言えないこと
言えるのは、鹿が「数えられる獣」だということである。
角の枝が数えられ、群れの頭数が数えられ、狩りの成果として数えられる。
牛や馬では、体の大きさが値打ちになっていた。
鹿では、頭に付いている枝の数が値打ちになる。
言えないのは、鹿がつねに獲物だという話である。
九点のうち四点で、鹿は静かに立つか、横たわっていた。
そのうち一点は、画家が名前を付けて飼っていた鹿である。
追う対象であると同時に、そばに置く対象でもあった。
最後に、はじめの一枚へ戻る。
ガラスを掻いて作られた森の中に、鹿は数センチの大きさでいた。
角の枝を数えることはできない。
追われているのか、休んでいるのかも分からない。
分かるのは、そこに二頭いるということだけである。
九点を数え終えて残るのは、その数えられるぎりぎりの小ささのほうである。


