美術史・技法

森に住んで、森を描く——ルソー、トロワイヨン、カザン

森の道を、人が一人歩いている。それだけの絵である。名所でも遺跡でも絶景でもない。主題の格を下げることで、その後の絵画が変わった。バルビゾンの画家たち三人の九点を年代順にたどる。日常の風景を描いてよい、という前提がここでできた。

森の道
コンスタン・トロワイヨン《森の道》メトロポリタン美術館蔵

森の道を、人が歩いている

一枚の絵から始めたい。

森の道
コンスタン・トロワイヨン《森の道》1840年代半ば。油彩・画布。縦58.1センチ、横48.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。コンスタン・トロワイヨン《森の道》メトロポリタン美術館蔵

縦長の画面である。

中央を、道が奥へ伸びている。

道は土で、乾いた白っぽい色をしている。

その左右に、背の高い木が並んでいる。

幹はまっすぐ立ち、上のほうで葉を広げる。

葉の塊が、画面の上部を覆っている。

木の間から、青い空がわずかに覗く。

道の手前、右寄りに、人が一人立っている。

黒っぽい衣を着た女性らしい。

さらに奥にも、小さな人影が見える。

何も起きていない

この絵に、事件はない。

人は歩いているだけである。

道も、木も、特別なものではない。

名所でも、遺跡でも、絶景でもない。

ただの森の中の、ただの道である。

十九世紀の前半まで、これは絵の主題として弱かった。

風景画には、物語か、名所か、寓意が求められた。

その前提を外したところに、この絵がある。

誰が買ったのか

主題の格が下がると、買い手も変わる。

歴史画や神話画は、宮廷や教会や富裕層のものだった。

大きな画面に、大きな物語を描く。

それを飾れる家は限られている。

一方、こうした森の絵は、市民の家に収まる。

寸法も、内容も、日常の空間に合っている。

十九世紀の都市には、そういう買い手が増えていた。

つまり、主題の変化は市場の変化と結びついている。

絵が売れる相手が変われば、描かれるものも変わる。

道という主題

もう一つ、道について書いておきたい。

九点のうち、道が描かれているのは三点である。

道は、風景画で便利な要素である。

まず、視線を奥へ導く線になる。

次に、人がそこを歩くことで、場所に生活が入る。

そして、道は必ずどこかへ通じている。

画面の外へ続く感じが、絵に広がりを与える。

森の中の道は、とくにそれが強い。

木でふさがれた視界の中で、道だけが抜けている。

見る人の目は、自然にそちらへ向かう。

バルビゾンという場所

十九世紀のフランスに、バルビゾンという村があった。

パリの南東、フォンテーヌブローの森のそばにある。

そこへ画家たちが集まり、滞在して制作した。

森があり、岩があり、沼があり、農地がある。

宿があり、長逗留ができた。

パリからの距離もほどよい。

こうして、屋外での制作を重んじる一群が形成された。

のちに、この村の名で呼ばれるようになる。

三人の画家

今回は、三人の画家をまとめて扱う。

テオドール・ルソー、コンスタン・トロワイヨン、ジャン=シャルル・カザンである。

ルソーは1812年に生まれ、1867年に没した。

トロワイヨンは1810年に生まれ、1865年に没した。

この二人は、ほぼ同世代である。

カザンは1841年に生まれ、1901年に没した。

一世代あとの画家になる。

つまり九点は、二つの時期にまたがっている。

三人が同じ集団に属していたわけでもない。

バルビゾンに集まった画家たちは、団体を作っていない。

同じ場所で描き、似た主題を選んだ人々である。

後の時代が、まとめて一つの名で呼ぶようになった。

こうした括りは、便利であると同時に乱暴でもある。

一人ずつ見れば、方法も関心も違っている。

九点を並べるのも、その違いを見るためである。

森に住んで、森を描く

バルビゾンの画家たちがしたことは、単純である。

画室を出て、森へ行き、そこで描いた。

対象を、実際に見ながら描く。

いまでは当たり前に聞こえるかもしれない。

しかし当時、風景画は画室で構成するものだった。

写生を持ち帰り、それを組み立て直して仕上げる。

その手順を短くして、現場での完成に近づけた。

その結果、絵の中の光が変わっていく。

森が、なくなりかけていた

もう一つ、当時の事情がある。

フォンテーヌブローの森は、木材の供給地でもあった。

伐採が進み、景観が変わりつつあったと伝えられる。

そのため、森の保護を求める声が上がった。

画家たちも、その動きに関わったとされる。

つまり彼らは、失われかけた場所を描いていた。

これは、風景画にしばしば見られる構図である。

変わりつつある土地が、絵の主題になる。

当サイトでも
マウントの農家
ウィアの工場で、
似た事情に触れた。

絵は、変化の記録でもある。

縦長の森

最初の一枚の画面の形にも触れておきたい。

縦58.1センチ、横48.3センチ。縦長である。

風景画では、横長が普通である。

視野が横に広いからだ。

縦長にすると、上下の方向が強調される。

木の高さ、道の奥行き、空の狭さ。

森の中に立ったときの感覚は、実際こちらに近い。

視界の左右は木でふさがれ、上を見上げることになる。

つまりこの形は、森という場所に合っている。

木の描き方

木の葉の描写にも、目を向けておきたい。

葉の一枚ずつは、描かれていない。

かたまりとして、まとめて置かれている。

その塊の縁だけが、細かく崩されている。

内側は暗く、縁が明るい。

こうすると、葉の茂りが立体的に見える。

一枚ずつ描くと、かえって平面的になる。

省略の仕方に、この時期の風景画の技術が出ている。

一方、幹の描写は正確である。

樹皮の割れ方、枝の分かれる角度。

近くの木ほど、丁寧に描かれている。

近景は詳しく、遠景は省く。原則は単純である。