遠いものは、七点で薄くなる——雪舟の周辺・王翬・レーンほか九点
空気の層を通ると、色が抜けて輪郭がぼやける。九点で数えると、七点で遠景が薄く描かれていた。東アジアの五点は薄い墨で距離を作る。同じ題の作品が、三百年を隔てて二点並んだ。手前と奥の境目は、いずれも水か霧で作られていた。

同じ題の絵が、三百年を隔てて並ぶ
一枚の掛幅に、遠い岸が描かれている。
画面は143.6×72.7センチ。
表装を含めると251.1×90.3センチになる。
二メートル半である。
画面の下のほうに、松の木が数本ある。
墨は濃く、葉が点で示される。
その左に、屋根らしい形が小さく見える。
中ほどには、水面がある。
水は白いまま残されている。
その上に、細い線が横に走る。
舟の帆である。
小さく、輪郭だけである。
さらに奥には、低い岸が薄く伸びる。
いちばん上は、ほとんど何も描かれていない。
絹の地が、そのまま空になっている。
館の記録の題によれば、遠い岸へ帰る帆である。
八つの景を集めた主題の一つである。
館の記述によれば、この一幅は八幅一組の一つだった。
そして、組の他の作品は別の二館にあるという。
館は、その館の名も書いている。
つまり、組物がばらばらになっている。

遠景とは、画面のいちばん奥である。
そこにあるものは、小さく、薄く、輪郭だけになる。
だが、遠景がなければ画面に奥行きが出ない。
九点を並べて、その扱いを数えたい。
同じ題が、二点あった
集めかたは、館の記録の題によっている。
遠景、遠望、遠山、水平線にあたる語が入るものを拾った。
九点のうち、東アジアの作品が五点である。
これは、これまでの回で最も高い比率に近い。
そして、同じ題の作品が二点あった。
いま見た掛幅と、日本の画帖の一葉である。
後者は、画面が29.5×49センチ。
掛幅に改装されていて、全体は129×67センチになる。
画面の右のほうに、低い岸と木立がある。
その左に、広い水面が広がる。
水の上に、帆が三つか四つ見える。
いずれも小さく、白い。
奥には、低い山が霞んで並ぶ。
館の記録の題は、先の掛幅と同じである。
制作は1788年。
先の掛幅より、三百年ほど後になる。
つまり、同じ主題が三百年にわたって描かれ続けた。
この画家の別の一葉は、市を扱った回でも取り上げた。
同じ八景の、別の景である。

遠い山は、薄い墨で描かれる
東アジアの三点を見たい。
一点目は、掛幅である。
画面は79.6×39.4センチ。
軸端まで含めると215.8×61.6センチになる。
画面の下のほうに、竹と岩がある。
竹は細く、上へ伸びる。
葉は鋭い形で、数枚ずつ付く。
岩は輪郭線で描かれ、内側に点が打たれる。
その上、画面の中ほどに、水面がある。
さらに上に、低い山が横に伸びる。
山は薄い墨で、輪郭だけである。
いちばん上には、書き込みが並ぶ。
行数は十行を超える。
館の記述によれば、この画家は先人の絵を写し続けた。
そして、ある画家の風景を好み、何度も写したという。
しかも、写しには銘記まで含まれた。
その銘記には、さらに前の画家の様式を蘇らせたい、と書かれていた。
つまり、写しの写しである。
館は、三人の名を並べて説明している。

二点目も、掛幅である。
全体で114.3×40.3センチ。
縦に細長い。
画面の下のほうに、木が数本立つ。
葉は少なく、枝が細かく分かれる。
その根もとに、低い岩と草がある。
中ほどは、白いままである。
水か、霧だろう。
上のほうに、山の塊がある。
墨は濃く、点を重ねて作られている。
いちばん上に、書き込みと印がある。
館の記録は、その詩の訳を載せている。
疎らな林と遠い山は、いつも私を引きつけてきた。
まるで、ある先人の筆と墨が世に残されたようだ。
そういう内容である。
つまり、ここでも先人の名が出てくる。

三点目は、画帖の一葉である。
画面は31.5×40.6センチ。
全体は36.5×49.9センチ。
横長である。
画面の左に、細い塔が立つ。
その右に、屋根の大きな建物が並ぶ。
建物は、木立に囲まれている。
手前には、水面と舟がある。
舟は細長く、数艘つながれている。
奥には、山の斜面が続く。
館の記録の題によれば、舟着場から丘を望む眺めである。
つまり、遠くから見た構図である。
この連作の別の一葉は、教会を扱った回でも取り上げた。
そちらは、同じ丘の寺を近くから描いていた。
同じ十二景のなかで、遠くと近くが分かれている。
