同じ広場が、三点あった——ベッロット・グアルディ・ギルバートほか九点
広場は空いていることで広場になり、市が立てば埋まる。九点で数えると、広場が四点、市場が四点だった。そして三点が同じ広場を描いている。制作年は百七十年に散らばる。日除けは三点にあった。人の数は、十人から二百人までひらいた。

広場が、画面の半分を占めて空いている
一枚の大きな油彩に、広場がある。
額なしで136.2×232.5センチ。
九点のなかで、いちばん大きい。
幅が高さの一.七倍ある。
画面の下半分は、ほとんど何もない。
石畳の面が、手前から奥へ広がる。
その上に、人が点々と散っている。
数えると、五十人以上はいる。
だが、いずれも小さい。
背丈は、画面の高さの二十分の一もない。
左には、聖堂の正面がある。
丸屋根とアーチが並ぶ。
その奥に、細い塔と建物が続く。
画面の中央に、四角い鐘楼が立つ。
鐘楼は高く、画面を縦に切っている。
右には、同じ形の窓が並ぶ長い建物がある。
窓の数は、数え切れない。
空は明るく、雲が横に流れる。
館の記述によれば、この画面には現在ない建物が描かれている。
右端の聖堂の正面である。
十九世紀に取り払われ、その後に別の棟がつながれたという。
つまり、この絵は現在と違う広場を写している。

広場は、建物のない場所である。
町のなかで、意図的に空けてある。
その空白があるから、人が集まれる。
市が立ち、行列が通り、人が待ち合わせる。
つまり広場は、用途が固定されていない場所である。
九点を並べて、その空白の描かれ方を数えたい。
同じ広場が、三点あった
集めかたは、館の記録の題によっている。
市場、広場、縁日にあたる語が入るものを拾った。
驚いたことに、九点のうち三点が同じ広場を扱っていた。
ヴェネツィアのサン・マルコ広場である。
一点は、いま見た大きな油彩。
一点は、小さな素描。
一点は、二十世紀の水彩である。
制作年は、1740年頃、1773年から78年頃、そして1912年。
およそ百七十年の幅がある。
同じ場所を、三つの時代の三人が描いている。
これは偶然だが、比べるには好都合である。
三つの時代の、一つの広場
素描から見たい。
紙は12.7×13.1センチしかない。
九点のなかで、いちばん小さい。
ほぼ正方形である。
館の記録によれば、これは二枚組の素描の一方である。
もう一方は、別荘の迷路の素描だという。
画面には、太い柱と、その上のアーチが描かれる。
線は速く、震えている。
柱の下のほうに、小さな人影が点のように置かれる。
奥のほうに、建物の輪郭が薄く見える。
淡彩は茶色一色で、影の部分だけに置かれる。
広場そのものは、はっきり描かれていない。
見えるのは、広場に面した建物の柱廊である。
つまり、広場の縁から広場を見ている。
館の記録では、制作年に疑問符が付く。
1773年から1778年か、と書かれている。

二十世紀の水彩は、まったく違う。
紙は50.8×27センチ。
縦に細長い。
画面の中央に、鐘楼が立つ。
煉瓦色の四角い塔で、上に尖った屋根が載る。
塔は画面の高さのほとんどを占める。
空は濃い紫で、塗りが厚い。
塔の左には、聖堂の白い正面が小さく見える。
右には、低い建物の列がある。
画面の下、三分の一のあたりに、人の群れがある。
人は黒い点と、白い点で描かれる。
一人ずつの形は分からない。
数えることもできない。
館の記録によれば、この作者は建築家である。
前に回廊を扱った回でも、同じ人の水彩を見た。
建築家が広場を描くと、建物が主になる。
人は、その足もとの模様になっている。

三点を並べると、広場の扱いが違う。
油彩は、広場の空白を大きく取る。
素描は、広場の縁だけを描く。
水彩は、広場を人の群れとして描く。
同じ場所でも、何を主題にするかで画面が変わる。
そして、三点とも鐘楼を入れている。
鐘楼は、この広場の目印である。
前に塔を扱った回で、塔は目印だと書いた。
ここでも、その役目を果たしている。
市場は、人で埋まる
市場を描いた四点に移りたい。
一点目は、十六世紀末から十七世紀初めの板絵である。
全体で63.8×82.2センチ。
画面の左右に、切妻の家が並ぶ。
家は高く、屋根が階段状になっている。
奥には、教会の塔が二本立つ。
その手前の広場に、人が集まっている。
数えると、四十人以上いる。
黒や赤や白の衣で、はっきり描き分けられる。
手前では、二人が向かい合って何かをしている。
荷車を引く人がいる。
犬もいる。
館の記録の年の欄が、変わっている。
おそらく1590年と1597年、と書かれている。
二つの年が並んでいる。
一枚の板に、二度の制作時期があるという意味だろう。
館は、その理由までは書いていない。

二点目は、銅版画である。
館の記録に、寸法の欄はない。
画面には、二人しかいない。
左に、年配の女性が立つ。
頭に布を巻き、片手に鶏を二羽提げている。
肩には荷物を負う。
足もとに、卵の入った籠と、銭入れがある。
右には、若い男が立つ。
大きな籠を腰の前に抱えている。
籠には卵が山盛りになっている。
男は口を開き、女性のほうを向いている。
女性は、目を細めて聞いている。
背景には、板の壁があるだけだ。
市場の広がりは描かれていない。
館の記述によれば、これは取引の場面である。
そして館は、力を持っているのは若い男ではなく年配の女性のほうだと書く。
その根拠として、足もとの銭入れと、手の鶏と、肩の荷を挙げている。
つまり、彼女は売り手であり、買い手でもある。