美術史・技法

同じ広場が、三点あった——ベッロット・グアルディ・ギルバートほか九点

広場は空いていることで広場になり、市が立てば埋まる。九点で数えると、広場が四点、市場が四点だった。そして三点が同じ広場を描いている。制作年は百七十年に散らばる。日除けは三点にあった。人の数は、十人から二百人までひらいた。

ヴェネツィアのサン・マルコ広場
ベルナルド・ベッロット《ヴェネツィアのサン・マルコ広場》クリーヴランド美術館蔵

広場が、画面の半分を占めて空いている

一枚の大きな油彩に、広場がある。

額なしで136.2×232.5センチ。

九点のなかで、いちばん大きい。

幅が高さの一.七倍ある。

画面の下半分は、ほとんど何もない。

石畳の面が、手前から奥へ広がる。

その上に、人が点々と散っている。

数えると、五十人以上はいる。

だが、いずれも小さい。

背丈は、画面の高さの二十分の一もない。

左には、聖堂の正面がある。

丸屋根とアーチが並ぶ。

その奥に、細い塔と建物が続く。

画面の中央に、四角い鐘楼が立つ。

鐘楼は高く、画面を縦に切っている。

右には、同じ形の窓が並ぶ長い建物がある。

窓の数は、数え切れない。

空は明るく、雲が横に流れる。

館の記述によれば、この画面には現在ない建物が描かれている。

右端の聖堂の正面である。

十九世紀に取り払われ、その後に別の棟がつながれたという。

つまり、この絵は現在と違う広場を写している。

ヴェネツィアのサン・マルコ広場
ベルナルド・ベッロットに帰属《ヴェネツィアのサン・マルコ広場》1740年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで136.2×232.5センチ。番号は1962.169。クリーヴランド美術館蔵。ベルナルド・ベッロット《ヴェネツィアのサン・マルコ広場》クリーヴランド美術館蔵

広場は、建物のない場所である。

町のなかで、意図的に空けてある。

その空白があるから、人が集まれる。

市が立ち、行列が通り、人が待ち合わせる。

つまり広場は、用途が固定されていない場所である。

九点を並べて、その空白の描かれ方を数えたい。

同じ広場が、三点あった

集めかたは、館の記録の題によっている。

市場、広場、縁日にあたる語が入るものを拾った。

驚いたことに、九点のうち三点が同じ広場を扱っていた。

ヴェネツィアのサン・マルコ広場である。

一点は、いま見た大きな油彩。

一点は、小さな素描。

一点は、二十世紀の水彩である。

制作年は、1740年頃、1773年から78年頃、そして1912年。

およそ百七十年の幅がある。

同じ場所を、三つの時代の三人が描いている。

これは偶然だが、比べるには好都合である。

三つの時代の、一つの広場

素描から見たい。

紙は12.7×13.1センチしかない。

九点のなかで、いちばん小さい。

ほぼ正方形である。

館の記録によれば、これは二枚組の素描の一方である。

もう一方は、別荘の迷路の素描だという。

画面には、太い柱と、その上のアーチが描かれる。

線は速く、震えている。

柱の下のほうに、小さな人影が点のように置かれる。

奥のほうに、建物の輪郭が薄く見える。

淡彩は茶色一色で、影の部分だけに置かれる。

広場そのものは、はっきり描かれていない。

見えるのは、広場に面した建物の柱廊である。

つまり、広場の縁から広場を見ている。

館の記録では、制作年に疑問符が付く。

1773年から1778年か、と書かれている。

二枚組の素描:ヴィッラ・ピサーニの迷路の素描と、ドゥカーレ宮殿のあるサン・マルコ広場
フランチェスコ・グアルディ《二枚組の素描:ヴィッラ・ピサーニの迷路と、サン・マルコ広場》1773〜78年か。館の記録では、ペンと茶インク、筆と茶の淡彩。紙は12.7×13.1センチ。番号は1939.665。クリーヴランド美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《二枚組の素描:ヴィッラ・ピサーニの迷路の素描と、ドゥカーレ宮殿のあるサン・マルコ広場》クリーヴランド美術館蔵

二十世紀の水彩は、まったく違う。

紙は50.8×27センチ。

縦に細長い。

画面の中央に、鐘楼が立つ。

煉瓦色の四角い塔で、上に尖った屋根が載る。

塔は画面の高さのほとんどを占める。

空は濃い紫で、塗りが厚い。

塔の左には、聖堂の白い正面が小さく見える。

右には、低い建物の列がある。

画面の下、三分の一のあたりに、人の群れがある。

人は黒い点と、白い点で描かれる。

一人ずつの形は分からない。

数えることもできない。

館の記録によれば、この作者は建築家である。

前に回廊を扱った回でも、同じ人の水彩を見た。

建築家が広場を描くと、建物が主になる。

人は、その足もとの模様になっている。

ヴェネツィア、サン・マルコ広場の鐘楼
キャス・ギルバート《ヴェネツィア、サン・マルコ広場の鐘楼》1912年。館の記録では、紙に水彩と鉛筆。紙は50.8×27センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。キャス・ギルバート《ヴェネツィア、サン・マルコ広場の鐘楼》スミソニアン協会蔵

三点を並べると、広場の扱いが違う。

油彩は、広場の空白を大きく取る。

素描は、広場の縁だけを描く。

水彩は、広場を人の群れとして描く。

同じ場所でも、何を主題にするかで画面が変わる。

そして、三点とも鐘楼を入れている。

鐘楼は、この広場の目印である。

前に塔を扱った回で、塔は目印だと書いた。

ここでも、その役目を果たしている。

市場は、人で埋まる

市場を描いた四点に移りたい。

一点目は、十六世紀末から十七世紀初めの板絵である。

全体で63.8×82.2センチ。

画面の左右に、切妻の家が並ぶ。

家は高く、屋根が階段状になっている。

奥には、教会の塔が二本立つ。

その手前の広場に、人が集まっている。

数えると、四十人以上いる。

黒や赤や白の衣で、はっきり描き分けられる。

手前では、二人が向かい合って何かをしている。

荷車を引く人がいる。

犬もいる。

館の記録の年の欄が、変わっている。

おそらく1590年と1597年、と書かれている。

二つの年が並んでいる。

一枚の板に、二度の制作時期があるという意味だろう。

館は、その理由までは書いていない。

ベルヘン・オプ・ゾームの市場
アベル・グリメルに帰属《ベルヘン・オプ・ゾームの市場》おそらく1590年と1597年。館の記録では、油彩・板。全体63.8×82.2センチ。番号は1979.50.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アベル・グリメルに帰属《ベルヘン・オプ・ゾームの市場》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

二点目は、銅版画である。

館の記録に、寸法の欄はない。

画面には、二人しかいない。

左に、年配の女性が立つ。

頭に布を巻き、片手に鶏を二羽提げている。

肩には荷物を負う。

足もとに、卵の入った籠と、銭入れがある。

右には、若い男が立つ。

大きな籠を腰の前に抱えている。

籠には卵が山盛りになっている。

男は口を開き、女性のほうを向いている。

女性は、目を細めて聞いている。

背景には、板の壁があるだけだ。

市場の広がりは描かれていない。

館の記述によれば、これは取引の場面である。

そして館は、力を持っているのは若い男ではなく年配の女性のほうだと書く。

その根拠として、足もとの銭入れと、手の鶏と、肩の荷を挙げている。

つまり、彼女は売り手であり、買い手でもある。