作品を知る

遠いものは、七点で薄くなる——雪舟の周辺・王翬・レーンほか九点

遠くの山を、題に書く

ヨーロッパとアメリカの四点を見たい。

一点目は、水彩である。

37.5×52.8センチ。

横長の画面である。

画面の右に、切り立った岩壁がある。

岩には雪が積もり、白い縞になる。

その左に、道が奥へ延びる。

道は白く、雪で覆われている。

道の左は、川である。

川面は明るく、対岸に木立が並ぶ。

木は葉を落としている。

奥には、低い山が薄く見える。

館の記録の題は長い。

新しい有料道路の眺め、と書かれ、川の名が続く。

そして、遠くに山を望む、と付く。

つまり、遠景が題に明記されている。

館の記録によれば、掻き落としの技法も使われている。

白い部分を削り出して作ったのだろう。

ジュニアタ川沿いの新有料道路の眺め、遠くにウォリアー山を望む
ベンジャミン・ラトローブ《ジュニアタ川沿いの新道の眺め、遠くにウォリアー山を望む》1820年。館の記録では、オフホワイトの網目紙に水彩、黒鉛、茶インク、掻き落とし。37.5×52.8センチ。番号は1994.435。メトロポリタン美術館蔵。ベンジャミン・ラトローブ《ジュニアタ川沿いの新有料道路の眺め、遠くにウォリアー山を望む》メトロポリタン美術館蔵

二点目は、油彩である。

額なしで43.2×68.6センチ。

横長の画面である。

画面の下半分は、水面である。

水は淡い金色と青で、静かである。

その上に、帆船が数艘いる。

手前の一艘は、帆を半分下ろしている。

船体は暗く、水に映る。

左のほうに、煙を上げる舟がある。

館の記述によれば、それは蒸気船である。

二つの町を結んでいたという。

奥には、低い陸地が横に伸びる。

建物と塔が、小さく並ぶ。

館の記録の題によれば、それが市街である。

つまり、市街は遠景として題に入っている。

空は上のほうが青く、下は淡い黄である。

館の記述によれば、この画家は船大工の子だった。

そのため、船と索具の描写が正確だという。

遠くに市街を望むボストン港
フィッツ・ヘンリー・レーン《遠くに市街を望むボストン港》1846〜47年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで43.2×68.6センチ。番号は2004.35。クリーヴランド美術館蔵。フィッツ・ヘンリー・レーン《遠くに市街を望むボストン港》クリーヴランド美術館蔵

三点目は、銅版画である。

館の記録に、寸法の欄はない。

画面は暗い。

上と左右を、帆と帆桁が占める。

帆は大きく、細かい線で埋められている。

索具が、斜めに何本も走る。

その隙間から、明るい空が見える。

画面の中ほどに、遠くの帆と町が小さく見える。

手前の甲板には、人が数人いる。

いずれも、船に比べてごく小さい。

館の記述によれば、この対比が船の大きさを示す。

そして、館は撮影地ならぬ制作地について、特定が難しいと書いている。

この画家は各地を旅したためである。

だが、ある港町かもしれないとも書かれている。

館は「かもしれない」と断って書いている。

帆と遠景
オーヴィル・ホートン・ピーツ《帆と遠景》1924年頃。館の記録では、エッチング。番号は1925.611。クリーヴランド美術館蔵。オーヴィル・ホートン・ピーツ《帆と遠景》クリーヴランド美術館蔵

四点目は、写真である。

館の記録に、寸法の欄はない。

画面の手前に、岩の斜面がある。

斜面は明るく、細かい石が散らばる。

その向こうに、深い谷がある。

谷は暗く、底が見えない。

谷の対岸には、岩山が連なる。

さらに奥に、山並みが霞んで重なる。

空は白く飛んでいる。

谷の底のあたりに、白い点が並ぶ。

天幕らしい。

館の記述によれば、これはある戦争を記録した写真帖の一枚である。

同じ写真帖の別の一枚は、一望を扱った回でも取り上げた。

そちらも、広い範囲を写した眺めだった。

アリー・マスジッドからの遠望
ジョン・バーク《アリー・マスジッドからの遠望》1878〜80年。館の記録では、アルビュメン・プリント。番号は2024.6.k。クリーヴランド美術館蔵。ジョン・バーク《アリー・マスジッドからの遠望》クリーヴランド美術館蔵

帆は、遠さを測る目印になる

九点のうち三点で、遠くに帆が描かれていた。

いずれも、小さな白い形である。

帆は、遠景を示すのに向いている。

理由は、大きさが決まっているからだ。

船の帆は、だいたい同じ高さである。

だから、小さく見えれば遠いと分かる。

山や町では、そうはいかない。

大きな山が遠くにあるのか、小さな丘が近くにあるのか。

画面だけでは決められない。

帆なら、決められる。

三点の帆は、いずれも指の先ほどの大きさだった。

つまり、かなり遠い。

そして、帆は水面の上にある。

水面は平らなので、そこに置かれたものは距離が読みやすい。

前に港や海を扱った回でも、舟の大きさの話をした。

海の広さは、舟との比で決まる。

遠景の場合も、同じ理屈である。

そして三点とも、東アジアか、水辺の絵だった。

八景の題に帰る帆が入っているのも、偶然ではないだろう。

帆は、遠さを示す道具として選ばれてきた。

数え直す

九点を並べ直したい。

遠景に山があるのは、五点。

遠景に町や建物があるのは、三点。

遠景に岸と帆があるのは、二点。

分類が重なる点もある。

そして、遠景が薄い墨や淡い色で示されるのは、七点だった。

濃く描かれた遠景は、二点しかない。

手前には、何が置かれるか

遠景を成り立たせるには、手前が要る。

九点で、手前に何があるかを数えたい。

木や竹が置かれているのが、五点。

岩が置かれているのが、三点。

船や帆が大きく置かれているのが、一点。

道が手前から奥へ延びるのが、一点である。

分類が重なる点もある。

いちばん極端なのは、銅版画の一点だった。

手前の帆と索具が、画面の四分の三を占める。

遠景は、その隙間からわずかに見えるだけである。

つまり、手前が主役で、遠景は添え物である。

それでも題には、遠景の語が入っている。

逆に、掛幅の三点では手前が細い。

竹が数本、木が数本あるだけである。

その上に、広い余白があり、いちばん上に遠山がある。

手前と遠景の比が、画面ごとにまったく違う。

そして、その比が画面の性格を決めている。

手前が大きければ、近くの場面の絵になる。

手前が小さければ、距離そのものの絵になる。

九点は、その両端のあいだに散らばっていた。