作品を知る

魚は、光る面として描かれる——青木木米・カールセン・ヒルほか九点

卓の上で、魚は皿に載る

四点目と五点目は、静物である。

肉、魚、野菜、果物のある静物
ヤーコプ・ファン・フルスドンク《肉、魚、野菜、果物のある静物》1615年から20年ごろ。館の記録では、板に油彩、裏面は石膏地。画面は71.5×104センチ。番号は2018.258。クリーヴランド美術館蔵。ヤーコプ・ファン・フルスドンク《肉、魚、野菜、果物のある静物》クリーヴランド美術館蔵

横長の卓の絵である。

白い布が敷かれ、その上に器が並ぶ。

左には、籠に盛られた果物がある。

葡萄、桜桃、林檎らしいものが重なる。

その手前には、根菜が束ねて置かれている。

中央には、黒い皿に肉が載っている。

薄く切られ、赤い断面が見える。

右には、鳥の脚が皿に並ぶ。

そして手前の青い皿に、魚が横たわっている。

体は小さく、銀色に光る。

数匹が重なっている。

その隣には、切った檸檬が置かれる。

館の記録では、作者はさまざまな食べものと器を描いた。

器は素焼きの盆から、繊細な中国の磁器まで及ぶ。

磁器は、国際の交易によって手に入る高価な贅沢品だったという。

十七世紀の見る人にとって、この量と種類は、欠乏も飢えもない理想の世界を表しただろう。

館の記録は、そう読んでいる。

そして、食べかけの料理と倒れた杯は、客が去ったばかりであることを示す。

残されたものを、虫が探っているという。

さらに館は、細かい一行を添えている。

添えものが丁寧に描かれている。

バター、檸檬、脚の肉に添える香草、そしてハムに少しの芥子。

つまりこの魚は、食卓の一品目である。

主役ではない。

器に何を盛るかについては、器に入れられた花でも扱った。

板の裏についても、記録は書いている。

裏面には石膏の地が塗られているという。

板は湿気で反る。

両面に地を塗ると、反りが抑えられる。

つまり裏の地は、絵のためではなく板のためにある。

食べもののあふれる表と、何も描かれていない裏。

四百年のあいだ、その両方が一枚の板として保たれてきた。

魚のある静物
エミル・カールセン《魚のある静物》1882年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は75.2×101センチ。番号は1963.10.93。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。エミル・カールセン《魚のある静物》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは暗い画面である。

背景はほとんど黒く、奥行きが分からない。

左には、銅の水差しが立っている。

胴が丸く、蓋が付いている。

その右には、黒い筒形の器がある。

さらに右には、真鍮の丸い盆が斜めに立てかけられている。

盆の内側が金色に光る。

台の上には、白い布が広げられている。

その布の上に、大きな魚が二匹横たわっている。

腹を上に向け、白い面がこちらを向く。

体は開かれ、内側が見えている。

まわりには、小さな魚が数匹散らばる。

緑の葉が数枚、添えられている。

前の一匹の口は開いたままである。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

先の一点では、魚は卓の一品目だった。

こちらでは、魚が画面の主役である。

しかし、どちらの魚も死んでいる。

そして光の当て方が違う。

先の一点では、卓全体に明るい光が回っている。

こちらでは、光は魚の白い腹にだけ落ちている。

背景が黒いので、白い腹はいっそう白く見える。

つまり同じ死んだ魚でも、置き方によって見え方が変わる。

一方は豊かさの一部として、一方は光る面そのものとして描かれている。

真鍮の盆が斜めに立てかけられているのも、光を返すためである。

金色の面と、白い腹が、暗い画面の中で呼び合っている。

腕に抱えられた魚は、売り物になる

六点目は、写真である。

ニューヘイヴンの魚売りの女たち、ジーニー・ウィルソンとアニー・リントン
デイヴィッド・オクタヴィアス・ヒル《ニューヘイヴンの魚売りの女たち》1845年。館の記録では、カロタイプ・ネガからの塩紙プリント。画面は29.5×14.4センチ。番号は1987.18。クリーヴランド美術館蔵。デイヴィッド・オクタヴィアス・ヒル《ニューヘイヴンの魚売りの女たち、ジーニー・ウィルソンとアニー・リントン》クリーヴランド美術館蔵

縦長の一枚である。

背景は暗い壁で、粒が粗く現れている。

女が二人いる。

左の女は立っている。

頭に白い布をかぶり、縞の入った長い裾の服を着ている。

前掛けを締め、腰に手を当てている。

右の女は腰を下ろしている。

同じように頭に布をかぶる。

膝の上に、白い布を広げている。

その布の上に、魚が並んでいる。

細長い体が何匹も重なる。

女の手が、その一匹に触れている。

館の記録では、この二人には名前がある。

写真家たちは四年のあいだに三千点ほどを撮った。

中流と上流の人々の肖像に加え、働く人々も撮っている。

それは、最初の社会記録の試みかもしれないという。

そして館は、この女たちの仕事を書いている。

漁に出た夫の獲物をさばき、籠に入れて町へ運び、売った。

強い交渉をする人たちだったと伝えられている。

写真家たちは、姿だけでなく名前も敬意をもって記録した。

館の記録は、そう書いている。

つまりこの魚は、二人の名前とともに残っている。

写真の技法も見ておきたい。

紙のネガから、塩を塗った紙に焼き付けている。

粒が粗く、細部は溶ける。

魚の一匹ずつの形も、はっきりとは分からない。

分かるのは、白い塊が膝の上に積まれていることだけである。

それでも、これが魚であることは疑えない。

服の縞と、二人の姿勢が、仕事を語っているからである。

魚そのものより、魚を扱う人の姿が写っている。

人魚の下半身も、魚である

七点目では、魚が人と接ぐ。