美術史・技法

囲いが見える庭は、四点だけ——アルトドルファー・華嵒・モネほか九点

庭で針仕事をする二人の女(古詩を描いた山水画帖より)
華嵒《庭で針仕事をする二人の女(古詩を描いた山水画帖より)》1745年。館の記録では、画帖の一葉。紙に墨と淡彩。画帖を閉じた状態で15.4×18.5×3.1センチ。各図は11.2×13.1センチ。番号は1982.68.6。クリーヴランド美術館蔵。華嵒《庭で針仕事をする二人の女(古詩を描いた山水画帖より)》クリーヴランド美術館蔵

農家の庭には、草木がない

十七世紀初めの素描がある。

紙は9.2×15.3センチ。

九点のなかで、いちばん小さい。

茶色のインクと淡彩で描かれている。

画面には、山羊が四頭いる。

左の一頭は立ち、角を後ろへ倒している。

中央の二頭は、地面に伏している。

右にも一頭が横たわる。

奥には、板を打ちつけた小屋の壁がある。

右上に、四角い開口が見える。

その奥に、人が立っているらしい。

手には長い棒がある。

地面には、桶や籠らしいものが転がる。

草木は、ほとんど描かれていない。

これは庭というより、作業のための土間である。

英語の題では、家畜のいる囲い地を指す語が使われている。

日本語にすると「農家の庭」になる。

日本語の庭には、もともと作業場の意味がある。

だから、この訳は的を外していない。

山羊と山羊飼いのいる農家の庭
アブラハム・ブルーマールト《山羊と山羊飼いのいる農家の庭》1610〜15年頃。館の記録では、黒チョークの上にペンと茶インク、筆と茶の淡彩、白のグワッシュ。紙は9.2×15.3センチ。番号は1980.49。クリーヴランド美術館蔵。アブラハム・ブルーマールト《山羊と山羊飼いのいる農家の庭》クリーヴランド美術館蔵

同じ種類の場所を撮った写真もある。

1845年の塩紙印画である。

画面は23.2×18.7センチ、台紙まで含めると50.8×40.6センチ。

画面のほぼ全体を、煉瓦のアーチが占める。

アーチの下は暗く、その奥に別の建物が見える。

奥の建物にも、崩れかけたアーチがある。

アーチの右の柱に、人が一人寄りかかっている。

小さく、輪郭だけである。

地面には草が生え、石が散らばる。

館の記述によれば、この写真家は建築を撮るとき、必ず人を入れた。

大きさを示し、人の気配を出すためだという。

館はさらに、手前の堅牢なアーチと奥の崩れたアーチの対比に触れている。

時の流れを示す意図があった、と書かれている。

スウォンジーの農場の中庭のアーチ
カルヴァート・リチャード・ジョーンズ《スウォンジーの農場の中庭のアーチ》1845年。館の記録では、カロタイプの陰画から作った塩紙印画、金調色。画面23.2×18.7センチ。台紙を含めて50.8×40.6センチ。番号は1991.40。クリーヴランド美術館蔵。カルヴァート・リチャード・ジョーンズ《スウォンジーの農場の中庭のアーチ》クリーヴランド美術館蔵

庭に座る、庭のそばに建てる

十九世紀のアメリカの油彩がある。

26.3×34.8センチと小さい。

画面の右寄りに、女性が座っている。

青い上着に、濃い青のスカート。

木の椅子に腰かけ、横を向いている。

膝の上で手を組んでいる。

周りは、緑と紫と赤茶の色面である。

草か、花壇か、低木か、決めにくい。

奥のほうに、もう一人いるように見える。

こちらは影のような塊でしかない。

さらに奥は、暗い木立である。

塗りは粗く、輪郭は決まっていない。

館の記録に、制作年はない。

館の記録に、記述の欄もない。

分かるのは、題と技法と寸法だけである。

この画家の別の一点は、室内を扱った回でも取り上げた。

そちらも題は一語だけだった。

庭に座る女
エリファレット・フレイザー・アンドリューズ《庭に座る女》制作年不詳。館の記録では、油彩・カンヴァス。26.3×34.8センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。エリファレット・フレイザー・アンドリューズ《庭に座る女》スミソニアン協会蔵

もう一点、庭の語を題に持つ油彩がある。

こちらは額なしで66.3×93センチある。

九点のなかで、いちばん大きい。

画面の中央に、低い建物がある。

屋根は赤く、壁は黄色い。

その前後に、細い木が何本も立つ。

木の枝には、緑と桃色の細かい絵具が置かれる。

館の記述によれば、それは春の芽吹きを示すという。

建物の向こうは、青い海である。

さらに奥に、白い山並みが見える。

空は明るい水色で、絵具が厚く盛られている。

館の記録の題は、庭師の家という。

つまり、庭を管理する人の住まいである。

画面に庭そのものは、はっきり描かれていない。

館の記述によれば、画家はこの土地に四か月滞在した。

その間に、三十五点を描いたという。

風で画架が倒れそうになった、とも書かれている。

アンティーブの庭師の家
クロード・モネ《アンティーブの庭師の家》1888年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで66.3×93センチ。番号は1916.1044。クリーヴランド美術館蔵。クロード・モネ《アンティーブの庭師の家》クリーヴランド美術館蔵

庭が、地名になる

最後の一点は、語の外れである。

十九世紀のニューヨークを描いた油彩。

35.2×53.3センチ。

画面の下半分は、波立つ海である。

白い波頭が、いくつも立っている。

中央に、蒸気船らしい黒い影がある。

煙突から、煙が横へ流れる。

右のほうに、帆柱の並ぶ影が見える。

水平線の上に、低い町が横たわる。

丸い建物らしい形が一つある。

空は灰色で、雲が厚い。

題には、庭の語が入っている。

だがそれは、水際にあった施設の名である。

もとは砦で、のちに興行場になった建物だという。

その名に、庭の語が含まれている。

画面に草木は一本もない。

見えているのは、海と船と町だけである。

港から見たニューヨーク、バッテリーとキャッスル・ガーデン
アルフレッド・コープスティック《港から見たニューヨーク、バッテリーとキャッスル・ガーデン》1858年。館の記録では、油彩・カンヴァス。35.2×53.3センチ。番号は54.90.89。メトロポリタン美術館蔵。アルフレッド・コープスティック《港から見たニューヨーク、バッテリーとキャッスル・ガーデン》メトロポリタン美術館蔵