囲いが見える庭は、四点だけ——アルトドルファー・華嵒・モネほか九点

農家の庭には、草木がない
十七世紀初めの素描がある。
紙は9.2×15.3センチ。
九点のなかで、いちばん小さい。
茶色のインクと淡彩で描かれている。
画面には、山羊が四頭いる。
左の一頭は立ち、角を後ろへ倒している。
中央の二頭は、地面に伏している。
右にも一頭が横たわる。
奥には、板を打ちつけた小屋の壁がある。
右上に、四角い開口が見える。
その奥に、人が立っているらしい。
手には長い棒がある。
地面には、桶や籠らしいものが転がる。
草木は、ほとんど描かれていない。
これは庭というより、作業のための土間である。
英語の題では、家畜のいる囲い地を指す語が使われている。
日本語にすると「農家の庭」になる。
日本語の庭には、もともと作業場の意味がある。
だから、この訳は的を外していない。

同じ種類の場所を撮った写真もある。
1845年の塩紙印画である。
画面は23.2×18.7センチ、台紙まで含めると50.8×40.6センチ。
画面のほぼ全体を、煉瓦のアーチが占める。
アーチの下は暗く、その奥に別の建物が見える。
奥の建物にも、崩れかけたアーチがある。
アーチの右の柱に、人が一人寄りかかっている。
小さく、輪郭だけである。
地面には草が生え、石が散らばる。
館の記述によれば、この写真家は建築を撮るとき、必ず人を入れた。
大きさを示し、人の気配を出すためだという。
館はさらに、手前の堅牢なアーチと奥の崩れたアーチの対比に触れている。
時の流れを示す意図があった、と書かれている。

庭に座る、庭のそばに建てる
十九世紀のアメリカの油彩がある。
26.3×34.8センチと小さい。
画面の右寄りに、女性が座っている。
青い上着に、濃い青のスカート。
木の椅子に腰かけ、横を向いている。
膝の上で手を組んでいる。
周りは、緑と紫と赤茶の色面である。
草か、花壇か、低木か、決めにくい。
奥のほうに、もう一人いるように見える。
こちらは影のような塊でしかない。
さらに奥は、暗い木立である。
塗りは粗く、輪郭は決まっていない。
館の記録に、制作年はない。
館の記録に、記述の欄もない。
分かるのは、題と技法と寸法だけである。
この画家の別の一点は、室内を扱った回でも取り上げた。
そちらも題は一語だけだった。

もう一点、庭の語を題に持つ油彩がある。
こちらは額なしで66.3×93センチある。
九点のなかで、いちばん大きい。
画面の中央に、低い建物がある。
屋根は赤く、壁は黄色い。
その前後に、細い木が何本も立つ。
木の枝には、緑と桃色の細かい絵具が置かれる。
館の記述によれば、それは春の芽吹きを示すという。
建物の向こうは、青い海である。
さらに奥に、白い山並みが見える。
空は明るい水色で、絵具が厚く盛られている。
館の記録の題は、庭師の家という。
つまり、庭を管理する人の住まいである。
画面に庭そのものは、はっきり描かれていない。
館の記述によれば、画家はこの土地に四か月滞在した。
その間に、三十五点を描いたという。
風で画架が倒れそうになった、とも書かれている。

庭が、地名になる
最後の一点は、語の外れである。
十九世紀のニューヨークを描いた油彩。
35.2×53.3センチ。
画面の下半分は、波立つ海である。
白い波頭が、いくつも立っている。
中央に、蒸気船らしい黒い影がある。
煙突から、煙が横へ流れる。
右のほうに、帆柱の並ぶ影が見える。
水平線の上に、低い町が横たわる。
丸い建物らしい形が一つある。
空は灰色で、雲が厚い。
題には、庭の語が入っている。
だがそれは、水際にあった施設の名である。
もとは砦で、のちに興行場になった建物だという。
その名に、庭の語が含まれている。
画面に草木は一本もない。
見えているのは、海と船と町だけである。
