猛禽は、捕る前と捕った後にしか描かれない——八大山人・湖龍斎・フロマンタンほか九点
鷹は、手袋の上で運ばれる
ここから、人の連れとしての鷹に入る。

淡い桃色の岩山が、画面いっぱいに盛り上がっている。
岩は丸みを帯び、雲のように重なり合う。
その岩のあいだを、馬に乗った人々が進む。
人の背丈は指の先ほどしかない。
画面の下のほうで、二人の男が向かい合っている。
一人は白い頭巾をかぶり、黒い羽根を挿している。
もう一人は髭を生やしている。
二人のあいだで、鳥が受け渡されている。
館の記録では、この鳥は鷹である。
鴨を捕らえたところで頭巾をかぶせられ、渡されているという。
記録によれば、ムガルの人々は馬に乗り、鷹を連れて狩りをした。
狩りの一行が野へ出て、獲物を追い立てる。
そして鷹の目隠しを取ると、鷹が獲物を追って落とす。
館の記録は、その手順をそう書いている。
白い頭巾に黒い羽根を挿した若者は、若き日のアクバル帝かもしれないという。
記録は「かもしれない」という言い方をしている。
断定はしていない。
そして館は、細かいところを一つ拾っている。
男が鷹を鴨から引き離すあいだ、狩人の手袋が地面に落ちている。
手袋は、鷹を腕にとまらせるための道具である。
その道具が地に落ちている一瞬が、この小さな画面に描かれている。
馬の上で、鷹は空に向かう
同じ狩りを、三百年後のヨーロッパの画家が描いた一点がある。

縦長の画面である。
下三分の一が乾いた土地、上三分の二が曇り空である。
その境に、黒い馬が一頭立ち上がっている。
前脚を上げ、首を大きくのけぞらせている。
馬上の男は、白い布を巻いた頭を右へ向ける。
上体をひねり、右腕を高く突き上げている。
その腕の先に、鳥がいる。
翼を半分開き、腕から離れようとしている。
男の白い外衣が、風で後ろへ大きく流れる。
画面の上のほう、雲のあいだにも小さな鳥影が一つある。
先に放たれた一羽なのか、獲物なのかは分からない。
館の記録は、この点について何も書いていない。
記録が書いているのは、題と、油彩とカンヴァスという材料だけである。
館の札には「鷹」と「男性」と「馬」が並ぶ。
つまり館は、この画面を鷹と人と馬の絵として登録している。
鷹は腕から離れる瞬間にいて、まだ狩りをしていない。
画面の大きさも見ておく。
高さ108.6センチ、幅72.4センチ。
人の上半身ほどの大きさがある。
その面積のうち、鷹が占めるのは掌ほどにすぎない。
残りは、馬と人と、厚い雲である。
題は「鷹匠」であって「鷹」ではない。
館の題も札も、主役を人の側に置いている。
鷹は、その人が何者であるかを示す持ちものになっている。
鷹狩りの絵に、鷹がいない
ここから、鳥のいない二点に入る。

石でできた半円形のくぼみが描かれている。
くぼみの奥は、白く塗られた壁である。
その壁の前に、道具がいくつも吊り下げられている。
左上には、革の袋が二つ掛かる。
その下に、赤い房の付いた紐が垂れる。
中央には、細い骨組みの籠が置かれている。
籠は半円形で、上に赤い玉が付いている。
右側には、細長い木の棒が二本立てかけてある。
棒の先には、革の帯が巻かれている。
下のほうには、緑の草が一束差し込まれている。
館の記録では、これは鷹狩りの道具を集めた壁龕である。
籠も、袋も、紐も、鷹を運び、つなぐための道具である。
しかしこの画面に、鷹はいない。
道具だけが、主人のいない場所で吊るされている。
こうした壁のくぼみを描く絵は、だまし絵の静物画の系列に属する。
見る人は、壁に近づいて手を伸ばしたくなる。
伸ばしても、そこにあるのは絵の具の面である。
鷹は、その面の向こう側にすら描かれていない。
九点のうち、鷹狩りを主題としながら鳥がいないのは、この一点だけである。
籠の形も見ておきたい。
半円の骨組みは細く、隙間だらけである。
閉じ込めるためというより、運ぶための籠に見える。
その上に載る赤い玉は、目印なのか、飾りなのか。
館の記録は書いていない。
書かれていないものを、道具の形だけから決めることはできない。
鷹は、人の名の中にいる
もう一点、鳥のいない画面がある。

胸から上を描いた肖像である。
背景は暗い茶色で、何も描かれていない。
男は正面を向き、目をこちらへ向けている。
頭には赤い布の帯を巻き、その上に羽根が数本立っている。
耳からは金色の輪が二つ下がる。
首には、白と青の玉をつないだ首飾りが幾重にも掛かる。
肩には赤褐色の衣がかかっている。
右手には、白い羽根を束ねた扇のようなものを持つ。
左手には、柄の長い道具を握っている。
館の記録では、題はこの人の名である。
その名は、歩きながら狩る鷹という意味だと記録は添えている。
つまり画面に鷹はいないが、題には鷹がいる。
前の回の遊女の名と、事情はよく似ている。
ただし違いもある。
遊女の名は、めでたい字を選んで付けられた見世の名だった。
こちらは、その人が実際にどう狩るかを言い表した名である。
鷹という語が、人の動き方を説明している。
館の記録はそれ以上を書いていない。
だから、この名がどう与えられたのかは分からない。
分かるのは、題の中に鷹の語があり、画面に鳥がいないことだけである。