猛禽は、捕る前と捕った後にしか描かれない——八大山人・湖龍斎・フロマンタンほか九点
鷹と鷲を九点数えると、獲物を捕らえる瞬間は一点もなかった。腕から放たれる直前か、鴨を渡す直後か、岩の上で止まっているか。二点にいたっては鳥がおらず、鷹狩りの道具と、鷹を意味する名前だけが残されていた。

岩の上に、鷲が二羽
縦に長い掛幅である。
上から下まで、墨だけで描かれている。
画面の中ほどに、崩れかけた岩が積み重なっている。
岩の輪郭は太い筆で一気に引かれ、内側は薄い墨でぼかしてある。
その岩の頂に、鳥が一羽立っている。
体はずんぐりと丸く、羽はたたまれ、首を左へ回している。
くちばしは短く曲がり、目は白く抜かれている。
黒い点がひとつ、白目の中に置かれている。
その視線は、画面の外の左上へ向かっている。
岩の下、少し左に、もう一羽が立っている。
こちらは首を縮め、体を低くしている。
二羽は互いを見ていない。
岩の右からは、細い枝が斜めに伸びる。
枝の先には小さな葉が数枚、点のように付いている。
背景は塗られていない。
紙の色が、そのまま空である。

館の記録では、この掛幅は1702年の年記を持つ。
作者は八大山人。
清の初めに活動した画家である。
画面の高さは187.3センチある。
人の背丈より高い紙に、鳥が二羽だけ描かれている。
館は、この一点に「鷲」という札を付けている。
記録には、表装まで含めた寸法も載っている。
軸を含めると、全体の高さは311.8センチになる。
紙に描かれた部分の倍近くを、表装の裂が占めていることになる。
つまりこの二羽は、天井近くまで届く一本の軸の、中ほどにいる。
墨は薄い層と濃い層に分かれ、岩の陰では紙が透けて見える。
濃い墨は、鳥の翼と、岩のいちばん暗い縁にだけ使われている。
数えられる線は少ない。
少ない線で、羽の重さだけが伝わってくる。
鷹と鷲は、誰の連れか
この掛幅を出発点に、鷹と鷲の絵を九点数えていく。
鷹と鷲は、猛禽と呼ばれる鳥である。
くちばしが曲がり、爪が鋭く、ほかの生きものを捕る。
そのため、絵の中では二つの役をもらいやすい。
ひとつは、人が使う道具としての役である。
もうひとつは、力のしるしとしての役である。
先に言ってしまうと、九点のうち、人の連れとして描かれているのは三点である。
力のしるしとして使われているのは二点。
そして残る二点には、鷹も鷲も一羽もいない。
いないのに、記録の題には鷹の語が入っている。
数えていくと、猛禽が画面から抜け落ちても、絵が成立してしまう仕組みが見えてくる。
前の回で鶴と亀が名前になって消えることを見た。
鷹と鷲でも、似た抜け方が起きる。
ただし抜け方の理由が違う。
黒い地に、白い線で彫られた鷹
まず、東アジアの一点をもう一つ見る。

縦に細長い版画である。
地の色が黒い。
その黒い地の上に、白い線で形が浮かんでいる。
画面の左上から、柳の枝が何本も垂れ下がっている。
枝は細く、白い線で一本ずつ引かれている。
葉は付いておらず、細い糸のように下がるだけである。
中ほどには、太い幹が斜めに立ち上がる。
幹の表面には、うろこ状の白い線が刻まれている。
その幹の途中に、鷹が一羽とまっている。
体は白く抜かれ、羽の模様が細い線で表されている。
頭を右へ向け、くちばしを閉じている。
足の下には、赤と青の小さな花が咲いている。
館の記録では、この白い線は石摺の技法によるものである。
湿らせた紙を彫った版木に押し当て、彫り込んだ溝へ紙を沈み込ませる。
そのあと手で色を差すと、沈んだところだけが白く残る。
中国で碑を写し取る拓本の効果を、版画で真似たものだという。
記録は、そう説明している。
つまりこの鷹は、彫り残されて白くなっているのではない。
紙が溝に沈んだ結果として白い。
技法の側から見れば、鷹は「地から掘り出された形」である。
この作者が判型ごとに別の商品を作っていたことは、判型ごとに別の商品で扱った。
七十七センチを超える細長い一枚も、その品ぞろえの一つにあたる。
館の記録には、もう一つ短い行がある。
この一枚には、収集家の印が押されているという。
十九世紀のパリで浮世絵を集めた人の印である。
黒い地に白い鷹という珍しい作りは、そうした収集家の目を引いた。
作られた土地から遠く離れて、この鷹は選ばれ、買われ、渡ってきた。
一枚の紙の上で、鷲は動きを止める
三点目は、鳥だけを描いた紙である。

灰色がかった紙に、鳥が一羽描かれている。
体は横向きで、頭だけがこちらへ向く。
くちばしは強く曲がり、先が下を向いている。
胸から腹にかけては白く残され、翼と尾は濃い墨で塗られている。
翼は体の後ろで折りたたまれ、先が尾より長く伸びる。
脚は細く、二本とも地面に付いている。
地面は描かれていない。
鳥の下に、薄い線が数本引かれているだけである。
画面の左下には、小さな走り書きのような形が二つある。
館の記録では、これはスケッチブックの一葉である。
作者はトマス・サリー。
アメリカで肖像画を大量に描いた画家である。
記録の題は「鷲(スケッチブックより)」で、館の札も「鷲」である。
肖像画家が、鳥を一羽だけ写している。
背景も、物語も、寓意も付いていない。
紙の大きさは22.9×29.2センチしかない。
手帳ほどの紙に、鳥の形だけが残された。
スケッチブックの中身については別の回で扱った。
こうした一葉は、完成作の準備であることもあれば、そうでないこともある。
館の記録は、この鷲が何に使われたかを書いていない。
分かるのは、紙の裏表のうち表にこれが描かれていること。
そして、この紙が帳面の七十番目あたりから外されたことである。
番号だけが、もとの束の順番を覚えている。