作品を知る

猛禽は、捕る前と捕った後にしか描かれない——八大山人・湖龍斎・フロマンタンほか九点

鷲は、前兆になり、紋章になる

最後の二点で、鷲は力のしるしになる。

タルクィニウス・プリスクスのローマ入城
ヤコポ・デル・セライオ《タルクィニウス・プリスクスのローマ入城》1470年ごろ。館の記録では、板にテンペラ、のちカンヴァスに移す。額なしで41×165.4センチ。番号は1942.646。クリーヴランド美術館蔵。ヤコポ・デル・セライオ《タルクィニウス・プリスクスのローマ入城》クリーヴランド美術館蔵

横に極端に長い板絵である。

高さ41センチに対し、幅は165.4センチある。

左端に、女がひとり立っている。

その右へ、馬に乗った人々の行列が続く。

槍が林のように立ち、旗がひるがえる。

行列の上、空には小さな鳥影がいくつか浮かぶ。

右端には、城壁と塔が並ぶ町が描かれる。

館の記録では、これはもと婚礼の櫃の正面だった。

のちに外され、絵のように額装されたという。

左の女は、夫のローマ入城を予見する女預言者である。

道の途中で、鷲が夫の帽子をさらった。

そして町に近づくと、鷲は帽子を返した。

女はそれを吉兆と読んだ、と記録は書く。

古代の凱旋行列は、婚礼の櫃によく描かれた主題だったという。

ここでの鷲は、生きものというより、しるしを運ぶ使いである。

帽子を取り、返すという二つの動作だけで、物語を動かしている。

そして館は、同じ人物が画面の中に何度も現れると付け加える。

物語が左から右へ進むあいだ、鷲もまた二度現れることになる。

一度は帽子を奪う鳥として、もう一度は帽子を返す鳥として。

同じ鳥が、同じ画面の別の場所で、別の動作をしている。

婚礼の櫃という置き場所も、この絵の読み方を決めている。

館の記録では、女預言者は夫を支える妻の手本として描かれた。

嫁ぐ人の持ち物の正面に、この物語が貼り付けられていた。

鷲は、そこで縁起の役をふりあてられている。

ルイ十四世の親衛隊が用いたパルチザン槍
ジャン・ベラン《ルイ十四世の親衛隊が用いたパルチザン槍》1679年ごろ。館の記録では、鋼・金・木・織物。長さ220.2センチ、穂の長さ52.2センチ。番号は14.25.454。メトロポリタン美術館蔵。ジャン・ベラン《ルイ十四世の親衛隊が用いたパルチザン槍》メトロポリタン美術館蔵

長い柄の先に、幅の広い穂が付いている。

穂の刃は細く尖り、光っている。

その根元は金色の彫刻で覆われている。

彫刻は左右対称で、渦を巻く葉のあいだに人の顔がある。

柄との継ぎ目には、青い布が巻かれ、房が垂れている。

全体の長さは220.2センチ。

穂だけで52.2センチある。

館の記録では、これはルイ十四世の親衛隊が持った儀仗の槍である。

意匠を作ったのはジャン・ベランという。

館の札には「鷲」と「アポロン」と「太陽」が並ぶ。

金色の彫刻の中に、鷲が組み込まれているということになる。

この槍は、戦うためのものではない。

持って立つためのものである。

鷲は、その立ち姿に権威を足すために彫られている。

数えてみると

九点を並べ直す。

鷹か鷲が生きものとして画面にいるのは七点である。

そのうち、人の連れとして描かれているのは三点だった。

ムガルの狩り、馬上の鷹匠、そして帽子をさらう鷲である。

最後の一羽は連れというより、人の運命に介入している。

力のしるしとして使われているのは二点である。

儀仗の槍の彫刻と、行列を導く前兆の鳥。

そして二点には、鳥がいない。

道具だけの壁龕と、鷹の名を持つ人の肖像である。

もう一つ数えておく。

九点のうち、鷹や鷲が獲物を捕っている場面はない。

ムガルの一葉では、鴨を捕った直後の受け渡しが描かれる。

岩山の上のほうでは、別の一行がまだ獲物を追い立てている。

追い立てと受け渡し、その二つの場面が一枚に同居している。

小さな画面のなかで、狩りの時間が前後にずれている。

馬上の鷹匠では、放たれる直前である。

八大山人の掛幅では、二羽とも岩の上で止まっている。

捕る瞬間そのものは、九点のどこにも描かれていない。

鷲が何かを奪う場面すら、直接には描かれない。

セライオの板絵でも、帽子を奪う瞬間は行列の上の小さな影で示されるだけである。

猛禽の絵は、捕る前と捕った後に集まっている。

言えることと、言えないこと

言えるのは、猛禽が「使われる鳥」として描かれやすいことである。

腕にとまり、頭巾をかぶせられ、籠に入れられる。

九点のうち三点で、鷹は人の装備の一部になっている。

言えないのは、東西で扱いが違うという話である。

八大山人の鷲も、サリーの鷲も、鳥だけを大きく描いている。

湖龍斎の鷹も、幹の上で止まっているだけである。

東アジアの三点は、いずれも狩りを描いていない。

しかしそれは、三点がたまたまそうだったというだけかもしれない。

九点から言えるのは、そこまでである。

最後に、いない二点へ戻る。

道具の壁龕には、鷹をつなぐ紐があった。

肖像の題には、歩きながら狩る鷹という名があった。

どちらも、鷹がいた痕跡だけを見せている。

猛禽は、その姿より先に、道具と名前を人の側に残していく。

道具は使われ、名は呼ばれ、鳥は視界の外へ出ていく。

絵に残るのは、鳥が去ったあとの手袋であり、房であり、字である。

八大山人の二羽が岩の上で動かないのも、同じことの裏返しかもしれない。

飛ぶ前の鳥だけが、紙の上にとどまる。

九点を数え終えて残るのは、その残されたもののほうである。

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