暮らしと名画

口は、穴の名である——祇園井特・ルドン・カイユボットほか九点

緑に光る紅と黒い歯、電気で動かされる上唇、口から出る両刃の剣。口の九点を数えると、人の口は五点で、出る・入る・くわえる・塗る・動かすに一点ずつ分かれた。残る四点は器と川の口だった。口は、穴の代表の名である。

美人
祇園井特《美人》クリーヴランド美術館蔵

唇を、緑に塗る

掛軸である。

絵の部分は56.3×43.1センチ。

女が一人、胸から上まで描かれる。

顔は、やや左を向く。

肌は、白く塗られる。

輪郭の線は、細い。

眉は、短く、薄い。

目は、切れ長である。

鼻は、小さい。

そして、口である。

下唇が、厚く塗られる。

その色が、赤ではない。

緑がかって、光る。

上唇は、細く赤い。

口はわずかに開く。

歯が、のぞく。

歯は、黒い。

右手が、顎の下にある。

指が、襟に触れる。

髪は、大きく張り出す。

櫛と簪が、何本も挿さる。

衣は、藍に白の文様である。

美人
祇園井特《美人》一八〇〇年代のはじめ。館の記録では、掛軸・紙本着色。絵の部分は56.3×43.1センチ。番号は1985.271。クリーヴランド美術館蔵。祇園井特《美人》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この口の色を書いている。

作者は、京の浮世絵師である。

祇園と島原の女たちを描くことを専門にした。

顔を細かく陰影で作り、現実味を高めることで知られた。

そして、こう書かれている。

一七〇〇年代から一八〇〇年代にかけて、ある化粧が流行した。

紅花から作る、玉虫色の緑がかった紅である。

厚く塗ると、緑に光る。

さらに、日本の女はほぼ一様に歯を黒く染めていた。

つまり、この口は二重に塗られている。

唇は緑に、歯は黒に。

九点の最初に、これを置く理由である。

口は、塗り替えられる部分である。

肌も塗るが、口ほどには色を変えない。

肌は白く、髪は黒く。

それは、もとの色を強めるだけである。

唇を緑にするのは、そうではない。

歯を黒くするのも、そうではない。

もとの色と、まったく違う色を置いている。

化粧については、身支度は、後ろから描かれるで扱った。

口の筋肉を、電気で動かす

写真である。

図の寸法は19.5×17センチ。

楕円の枠に入る。

老いた男の、胸から上がある。

頭は、禿げ上がる。

耳の上に、白い髪が残る。

顔は、正面を向く。

目は、大きく見開く。

そして、顔の左右が違う。

向かって右側では、上唇が引き上げられる。

鼻の脇に、深い皺が寄る。

歯が、見える。

向かって左側は、何も起きていない。

唇は、平らなままである。

右上から、黒い棒が二本のびる。

その先が、顔に触れている。

棒を持つ手が、画面の縁に見える。

背景は、暗い。

図五十一 右は上唇鼻翼挙筋の部分収縮による不満と不機嫌、左は安静
ギヨーム・バンジャマン・アマン・デュシェンヌ《図五十一》1856年ごろの撮影、1862年の印画。館の記録では、ガラス乾板からの鶏卵紙印画。図の寸法は19.5×17センチ。番号は2018.10。クリーヴランド美術館蔵。ギヨーム・バンジャマン・アマン・デュシェンヌ《図五十一 右は上唇鼻翼挙筋の部分収縮による不満と不機嫌、左は安静》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この写真の目的を書いている。

人の表情の生理を、体系的に調べた最初の試みである。

どの筋肉が、どの表情を作るのかを示したかった。

そのために、顔の片側だけを刺激した。

もう一方は、休ませたままにする。

館は、撮影者の職についても書く。

巴里の、貧しい人のための病院の神経科医だった。

表情の文法を記録するために、写真を使った。

題が、そのまま結果を述べている。

上唇を持ち上げる筋肉を部分的に縮めると、不満と不機嫌になる。

つまり、口の形と感情が、一対一で結ばれている。

前の一点では、口は塗られるものだった。

ここでは、口は動かされるものである。

どちらも、本人の意思とは関係がない。

流行に従うか、電極に従うかの違いである。

そして、どちらも口から始まっている。

顔の中で、口がいちばん動く。

動くから、いちばん先に手が加えられる。

口から、剣が出る

石版画である。

図の部分は29.2×20.9センチ。

画面は、ほとんど黒い。

中央に、白い人物が立つ。

長い衣に、全身が覆われる。

頭にも、布がかかる。

顔は、輪郭だけである。

目と口の位置が、かろうじてわかる。

その口から、細長いものが出る。

まっすぐ、下へ伸びる。

剣である。

両側に刃がある形に見える。

柄は、顔の前にある。

人物の右手が、下のほうへ差し出される。

その手のひらに、小さな光が七つある。

星である。

背景は、細かい線で埋まる。

上のほうに、四角い建物の影がある。

その右の手に七つの星を持ち、口からは鋭いもろ刃の剣が出ていた
オディロン・ルドン《その右の手に七つの星を持ち、口からは鋭いもろ刃の剣が出ていた》1899年。館の記録では、支那紙の石版を織目紙に貼る。図の部分は29.2×20.9センチ。番号は1926.140.8。クリーヴランド美術館蔵。オディロン・ルドン《その右の手に七つの星を持ち、口からは鋭いもろ刃の剣が出ていた》クリーヴランド美術館蔵

館の説明は、この連作の位置を書いている。

この作者の、十一組目にして最後の石版の組である。

主題は、聖書の黙示録である。

この主題は、美術の歴史で繰り返し扱われてきた。

だから作者は、過去の巨匠と自分を並べることができた。

ふだんは、本文をぼんやりと参照するだけである。

しかしこの組では、十二の節を直接に図解している。

太陽を着た女の節や、天から落ちる大きな星の節も含まれる。

館は、刷りの実験にも触れる。

石版と、黒一色の媒体を試した最後のころの作である。

晩年の作は、明るく眩しい色になる。

さて、口から剣が出るという図である。

これは、比喩を字義どおりに描いたものである。

言葉が鋭い、という意味の表現である。

それを、剣として描く。

口は、言葉の出口である。

出口から出るものを、物として描けば、こうなる。

この図では、剣の長さが顔より長い。

口から出たものが、顔より大きい。

言葉の重さを、大きさで示している。

言葉の絵については、書くは、人がいなくても残るで扱った。

口へ、果実を運ぶ

板に描かれた大きな絵である。

額を外すと181.5×88.6センチ。

縦に長い。

画面の上のほうに、女が座る。

地面に、直接座っている。

膝の上に、幼子がいる。

乳を与えている。

衣は、深い青である。

頭の後ろに、金の輪がある。

その輪のまわりに、星が並ぶ。

星の中に、小さな人物が見える。

下のほうに、二人が跪く。

さらに下に、別の場面がある。

女が一人、横たわる。

裸である。

そばに、木がある。

木に、蛇が巻きつく。

蛇の顔が、女に近い。

女は、腕を上げる。

その手に、果実がある。

果実を、口へ運ぼうとしている。