口は、穴の名である——祇園井特・ルドン・カイユボットほか九点
緑に光る紅と黒い歯、電気で動かされる上唇、口から出る両刃の剣。口の九点を数えると、人の口は五点で、出る・入る・くわえる・塗る・動かすに一点ずつ分かれた。残る四点は器と川の口だった。口は、穴の代表の名である。

唇を、緑に塗る
掛軸である。
絵の部分は56.3×43.1センチ。
女が一人、胸から上まで描かれる。
顔は、やや左を向く。
肌は、白く塗られる。
輪郭の線は、細い。
眉は、短く、薄い。
目は、切れ長である。
鼻は、小さい。
そして、口である。
下唇が、厚く塗られる。
その色が、赤ではない。
緑がかって、光る。
上唇は、細く赤い。
口はわずかに開く。
歯が、のぞく。
歯は、黒い。
右手が、顎の下にある。
指が、襟に触れる。
髪は、大きく張り出す。
櫛と簪が、何本も挿さる。
衣は、藍に白の文様である。

館の説明は、この口の色を書いている。
作者は、京の浮世絵師である。
祇園と島原の女たちを描くことを専門にした。
顔を細かく陰影で作り、現実味を高めることで知られた。
そして、こう書かれている。
一七〇〇年代から一八〇〇年代にかけて、ある化粧が流行した。
紅花から作る、玉虫色の緑がかった紅である。
厚く塗ると、緑に光る。
さらに、日本の女はほぼ一様に歯を黒く染めていた。
つまり、この口は二重に塗られている。
唇は緑に、歯は黒に。
九点の最初に、これを置く理由である。
口は、塗り替えられる部分である。
肌も塗るが、口ほどには色を変えない。
肌は白く、髪は黒く。
それは、もとの色を強めるだけである。
唇を緑にするのは、そうではない。
歯を黒くするのも、そうではない。
もとの色と、まったく違う色を置いている。
化粧については、身支度は、後ろから描かれるで扱った。
口の筋肉を、電気で動かす
写真である。
図の寸法は19.5×17センチ。
楕円の枠に入る。
老いた男の、胸から上がある。
頭は、禿げ上がる。
耳の上に、白い髪が残る。
顔は、正面を向く。
目は、大きく見開く。
そして、顔の左右が違う。
向かって右側では、上唇が引き上げられる。
鼻の脇に、深い皺が寄る。
歯が、見える。
向かって左側は、何も起きていない。
唇は、平らなままである。
右上から、黒い棒が二本のびる。
その先が、顔に触れている。
棒を持つ手が、画面の縁に見える。
背景は、暗い。

館の説明は、この写真の目的を書いている。
人の表情の生理を、体系的に調べた最初の試みである。
どの筋肉が、どの表情を作るのかを示したかった。
そのために、顔の片側だけを刺激した。
もう一方は、休ませたままにする。
館は、撮影者の職についても書く。
巴里の、貧しい人のための病院の神経科医だった。
表情の文法を記録するために、写真を使った。
題が、そのまま結果を述べている。
上唇を持ち上げる筋肉を部分的に縮めると、不満と不機嫌になる。
つまり、口の形と感情が、一対一で結ばれている。
前の一点では、口は塗られるものだった。
ここでは、口は動かされるものである。
どちらも、本人の意思とは関係がない。
流行に従うか、電極に従うかの違いである。
そして、どちらも口から始まっている。
顔の中で、口がいちばん動く。
動くから、いちばん先に手が加えられる。
口から、剣が出る
石版画である。
図の部分は29.2×20.9センチ。
画面は、ほとんど黒い。
中央に、白い人物が立つ。
長い衣に、全身が覆われる。
頭にも、布がかかる。
顔は、輪郭だけである。
目と口の位置が、かろうじてわかる。
その口から、細長いものが出る。
まっすぐ、下へ伸びる。
剣である。
両側に刃がある形に見える。
柄は、顔の前にある。
人物の右手が、下のほうへ差し出される。
その手のひらに、小さな光が七つある。
星である。
背景は、細かい線で埋まる。
上のほうに、四角い建物の影がある。

館の説明は、この連作の位置を書いている。
この作者の、十一組目にして最後の石版の組である。
主題は、聖書の黙示録である。
この主題は、美術の歴史で繰り返し扱われてきた。
だから作者は、過去の巨匠と自分を並べることができた。
ふだんは、本文をぼんやりと参照するだけである。
しかしこの組では、十二の節を直接に図解している。
太陽を着た女の節や、天から落ちる大きな星の節も含まれる。
館は、刷りの実験にも触れる。
石版と、黒一色の媒体を試した最後のころの作である。
晩年の作は、明るく眩しい色になる。
さて、口から剣が出るという図である。
これは、比喩を字義どおりに描いたものである。
言葉が鋭い、という意味の表現である。
それを、剣として描く。
口は、言葉の出口である。
出口から出るものを、物として描けば、こうなる。
この図では、剣の長さが顔より長い。
口から出たものが、顔より大きい。
言葉の重さを、大きさで示している。
言葉の絵については、書くは、人がいなくても残るで扱った。
口へ、果実を運ぶ
板に描かれた大きな絵である。
額を外すと181.5×88.6センチ。
縦に長い。
画面の上のほうに、女が座る。
地面に、直接座っている。
膝の上に、幼子がいる。
乳を与えている。
衣は、深い青である。
頭の後ろに、金の輪がある。
その輪のまわりに、星が並ぶ。
星の中に、小さな人物が見える。
下のほうに、二人が跪く。
さらに下に、別の場面がある。
女が一人、横たわる。
裸である。
そばに、木がある。
木に、蛇が巻きつく。
蛇の顔が、女に近い。
女は、腕を上げる。
その手に、果実がある。
果実を、口へ運ぼうとしている。