美術史・技法

行列は、途中しか描けない——師宣・アンドレアーニ・グアルディほか九点

赤像式柱形クラテル(混酒器):戦車を伴うアポロンと女神たち、コモス(宴の行列)
クリーヴランドの画家《赤像式柱形クラテル、戦車のアポロンと宴の行列》紀元前470年から460年ごろ。館の記録では、陶器。全体56.5センチ。番号は1930.104。クリーヴランド美術館蔵。クリーヴランドの画家《赤像式柱形クラテル(混酒器):戦車を伴うアポロンと女神たち、コモス(宴の行列)》クリーヴランド美術館蔵

この器の名は、混ぜるための器という意味である。

酒と水を混ぜて使う。

口が広いのは、柄杓を入れるためである。

そして、両側に把手がある。

第十九回で、把手の数が正面を決めると書いた。

曲面の話で扱ったとおり、把手のあいだが面になる。

この器では、二つの面に別の場面が置かれている。

大きな器である。

高さ56.5センチ。

口が広く、両側に把手がある。

胴の面に、人物が描かれている。

橙色の地に、黒い線と面で作られる。

左に、戦車らしいものがある。

そこに人が乗る。

その右に、人物が並ぶ。

長い衣を着ている。

行列は、器の胴をぐるりと回る。

つまり、始まりも終わりもない。

一方の面と、もう一方の面で、別の場面になる。

館の記録は、両面の主題を題に書き分けている。

第十九回で、曲面に絵を置く方法を扱った。

曲面の話で見たとおり、一周させるのは五つの解き方の一つだった。

行列は、この形に向いている。

終わりのない列として、胴を回せる。

館の記録には、面白い記述がある。

作者の名が分からないため、この館の名で呼ばれているという。

同じ人の手による器が十二点あり、その中でこの一点が最も重要らしい。

だから、この器の所在地が呼び名になった。

これは館の記述である。

第十四回で、作者の欄の呼び名を扱った。

行列を、記録するために描く

ヴェネツィア、サン・マルコ広場の凱旋車の行列(表)、三つのアーチの素描(裏)
フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・マルコ広場の凱旋車の行列(表)、三つのアーチの素描(裏)》1782年。館の記録では、ペンと褐色のインク、筆と褐色の淡彩。紙全体25.9×36.8センチ。番号は1955.164。クリーヴランド美術館蔵。フランチェスコ・グアルディ《ヴェネツィア、サン・マルコ広場の凱旋車の行列(表)、三つのアーチの素描(裏)》クリーヴランド美術館蔵

紙は25.9×36.8センチ。

九点のなかでは、小さいほうである。

そして、裏にも描かれている。

館の記録は、裏の主題を題に書き加えている。

三つのアーチの素描、とある。

第十七回で、表裏の数え方を扱った。

ここでは、一つの番号で両面が数えられている。

薄い線と淡彩の素描である。

館の画像は、表と裏を並べて撮っている。

左が表である。

横長の画面の下のほうに、細い線が並ぶ。

広場と、そこに集まる人である。

一人の大きさは、一ミリほどしかない。

その上は、ほとんど空白である。

薄い淡彩が、空として置かれる。

右が裏である。

こちらは、ほぼ白い。

線がわずかに見えるだけである。

館の記録によれば、これはある年の祝典を記録した素描である。

外国の大公とその妻が訪れた際の催しだという。

そして、市の依頼で記録した可能性が書かれている。

これは館の見解である。

こちらで確かめられるのは、人物が極端に小さい、ということだ。

記録のための絵なのに、一人ずつは描かれていない。

必要なのは、どこに何があったかである。

広場の形と、車の位置と、人の分布。

それが分かればよい。

顔は要らない。

ヴェネツィア、サン・マルコ湾のゴンドラの行列
アントニオ・ヨリ《ヴェネツィア、サン・マルコ湾のゴンドラの行列》1742年またはそれ以後。館の記録では、布に油彩。160.7×221.6センチ。額を含めて181.6×239.7センチ。番号は1945.15.2。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アントニオ・ヨリ《ヴェネツィア、サン・マルコ湾のゴンドラの行列》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

九点でいちばん大きい絵である。

縦160.7センチ、横221.6センチ。

同じ都市の、同じ広場のあたりを描いている。

だが、こちらは水の上である。

画面の下半分に、水面が広がる。

そこに、細長い舟が何十艘も並ぶ。

舟は、左から右へ列を作る。

一艘ずつに、人が乗る。

赤や黄の布が、舟に掛かる。

奥に、建物が並ぶ。

高い塔が一本立つ。

その左に、白い建物と、丸屋根がある。

空は青く、雲が高い。

先の素描と、同じ都市の同じ行事に近い。

だが、扱いがまったく違う。

素描は、小さく、線だけで、記録のためだった。

こちらは、大きく、色があり、見せるためのものである。

同じ主題でも、目的が違えば大きさが変わる。

行列の絵は、記録として使われる

九点のうち三点は、実際にあった出来事を写している。

祝典の素描、ゴンドラの絵、そして軍の写真である。

いずれも、日付や場所が特定できる。

館の記録も、そこを詳しく書いている。

行列は、記録に向いた主題である。

理由は二つある。

一つは、日時が決まっていることだ。

祭も、儀式も、日が決まっている。

だから、いつのことか特定できる。

もう一つは、参加者が決まっていることである。

誰が出て、どの順で並ぶか。

それは、あらかじめ定められている。

だから、絵を見れば誰がいたか分かる。

第十九回で、記録そのものを主題にした回があった。

行列の絵は、絵でありながら記録でもある。

そして、この二つの性格は、しばしば対立する。

記録としては、正確であることが求められる。

絵としては、見栄えがすることが求められる。

九点を見ると、その折り合いのつけ方が違う。

素描の一点は、正確さに寄っている。

人物は一ミリで、顔もない。

大きな油彩は、見栄えに寄っている。

空は青く、舟は華やかで、建物は整っている。

同じ都市の同じ行事が、二通りに描かれている。

どちらが本当かは、決められない。

一人の行列

丁子屋の唐琴の道中
鳥文斎栄之《丁子屋の唐琴の道中》1790年ごろ。館の記録では、三枚続の版画のうち一枚。紙に墨と色。38.4×25.7センチ。番号はJP2423。メトロポリタン美術館蔵。鳥文斎栄之《丁子屋の唐琴の道中》メトロポリタン美術館蔵

縦長の版画である。

中央に、背の高い人物が立つ。

華やかな衣を重ね、帯を前で結ぶ。

髪に、多くの簪を挿す。

その周囲に、小さな人物が数人いる。

一人は、傘のようなものを持つ。

一人は、荷物を持つ。

上に、丸い灯りが三つ吊るされる。

灯りには、文字が書かれる。

上部に、文字が数行ある。

館の記録は、三枚続きの一枚と書く。

つまり、残る二枚に、行列の続きがある。

この一枚だけでは、列の全体が見えない。

第十七回で、続きものから離れた一枚を扱った。

行列を描くとき、この問題は必ず起きる。

長い列を、決まった大きさの紙に収めなければならない。

答えは二つしかない。

小さく描くか、分けるかである。

九点のうち、分けているものが二点あった。