岩は、輪郭でしか描けない——ウィード・八大山人・デュゲほか九点
数え直す
九点を並べ直したい。
岩が水のそばにあるのは、六点。
岩の上に植物が生えているのは、四点。
岩に人が近づいているのは、二点である。
岩が水に映っているのは、二点。
そして、岩に固有の名が付いているのは二点だった。
いずれも、海辺の岩である。
岩は、崩れる途中である
岩が動かないと最初に書いた。
だが、正確には少しずつ崩れている。
九点のうち、崩れた跡が読めるのは四点だった。
割れ目の走る岩が、二点。
足もとに小石が転がる岩が、二点である。
小石は、その岩から落ちたものだろう。
つまり画面には、崩れる前と後が同時に写っている。
大きな岩と、その破片である。
前に廃墟を扱った回で、崩れた建物を見た。
そこでは、崩れた原因が記録になかった。
岩の場合、原因は分かっている。
水と、凍結と、時間である。
だが、その速さは人には見えない。
百年で数センチという単位だからだ。
だから岩は、動かないものとして描かれる。
実際には動いているのに、そう見えない。
絵は、見えるものしか描けない。
見えない速さの変化は、画面に出ない。
そして記録も、そこには触れない。
書かれるのは、いつ描かれたかだけである。
岩そのものの年齢は、どこにも書かれていない。
岩は、輪郭で描かれる
九点を見て、共通する点があった。
岩は、必ず輪郭で示される。
内側の質感は、後から加えられる。
墨の二点では、輪郭線を引き、内側を薄く塗る。
版画の二点では、輪郭を彫り、内側に細かい線を刻む。
油彩の三点では、明暗の境目が輪郭になる。
写真の一点だけが、輪郭を意識せずに写している。
岩の形は不規則である。
だから、決まった描き方がない。
木なら幹と枝、家なら壁と屋根という骨組みがある。
岩には、それがない。
あるのは、輪郭と、その内側の陰影だけである。
そのため、岩の絵は画家の手が出やすい。
同じ岩でも、輪郭の取り方で別の形になる。
九点の岩は、いずれも違う形をしていた。
丸い岩、尖った岩、割れ目の走る岩、にじんだ岩。
材と技法の差が、そのまま形の差になっている。
岩は、絵の材にもなる
今回の九点は、いずれも岩を描いた作品だった。
だが、この連載ではこれまで、石でできた作品も扱ってきた。
柱頭の断片、墓碑の大理石、彫刻の雪花石膏。
いずれも、石そのものが作品である。
描かれた石と、石でできた作品。
その二つを並べると、記録の書き方の差が見える。
石でできた作品では、材の欄に石の名が入る。
石灰岩、大理石、雪花石膏、ケルハイム石。
かなり細かく書き分けられている。
描かれた石には、名がない。
技法の欄には、絵具と紙の名しか入らない。
これは、記録の目的が作品の保存にあるからだろう。
保存に必要なのは、作品の材の情報である。
描かれた対象が何であるかは、保存に関係がない。
だから欄がない。
その線引きは、はっきりしている。
そして今回、画面のなかの岩について書かれていたのは、記述の欄だけだった。
九点のうち、記述の欄があるのは五点。
そのうち、岩そのものに触れたものは一点もない。
書かれていたのは、画家の経歴、旅の経路、詩の内容である。
岩は、題のなかにあるだけである。
記録は、岩の種類を書かない
最後に、記録の欄を確かめておきたい。
九点の記録に、岩の種類を書く欄はない。
花崗岩か、砂岩か、石灰岩か。
どれも書かれていない。
書かれるのは、作品の材である。
紙、布、印画紙、絵具、インク。
描かれた岩の材と、描いた材は別である。
例外は、彫刻や器の場合だろう。
石でできた作品なら、石の名が記録に入る。
前に扱った柱頭の断片には、石灰岩と書かれていた。
墓碑には、大理石と書かれていた。
つまり、材として使われた石には名がある。
描かれた石には、名がない。
同じ石でも、扱いが逆になっている。
そして今回、岩に固有の名があったのは二点だけだった。
いずれも、海辺の目立つ岩である。
船が目印にしたのだろう。
名の付いた岩は、地図にも載る。
名のない岩は、風景のなかに残る。
前に山や川でも、同じ分かれ方を見た。
名が付くかどうかは、その岩の大きさではない。
人がそれを使ったかどうかで決まっている。
海辺の岩は、船が位置を測るのに使う。
山の中の岩は、道の目印になる。
使われれば名が付き、名が付けば記録に残る。
九点のうち、名の付いた二点はどちらも岸にあった。
残る七点の岩は、名がないまま画面に立っている。
名がなくても、形は残る。
形が残れば、後の人が同じ場所を探すこともできる。
写真の一点は、実際にそうやって知られるようになった。
館の記述によれば、この写真が後の訪問者に土地の姿を伝えたという。
絵や写真が、場所の名を広めることもある。
前に廃墟の回でも、同じ例があった。
版画が描かれた後、その場所が観光地になった。
岩の場合も、似たことが起きたのだろう。
いまその谷は、世界中から人が訪れる場所になっている。
最初に写した人の名は、館の記録に残っている。
そして、その人が使った板の大きさまで書かれている。
十七インチ掛ける二十二インチという数字である。
その板を担いで山へ入ったことになる。
前に高山の写真を扱ったときにも、同じ苦労が記録されていた。
重いガラスの板と、持ち運べる暗室。
十九世紀の風景写真は、この重さとの戦いでもあった。
その苦労が、画面の静けさからはまったく読めない。
読めるのは、記録の側からである。
館が技法と板の大きさを書いているおかげで、そこが分かる。
技法の欄は、作品の作られ方の記録でもある。
そして、その欄がいちばん詳しいのは版画と写真だった。
刷りの方法、板の材、陰画の種類。
油彩では、絵具と支持体しか書かれない。
材の種類が多い技法ほど、欄が長くなる。
九点でも、その傾向がはっきり出ていた。










