作品を知る

鶏は、鳴く前に「もの」になる——ブラックモン・雪佳・デュシャン=ヴィヨンほか九点

雌鶏は、蓋になる

四点目は、器である。

雌鶏と雛の形の蓋付きスープ鉢と台
チェルシー磁器工場《雌鶏と雛の形の蓋付きスープ鉢と台》1755年ごろ。館の記録では、軟質磁器。全体は24.8×34.9×25.7センチ。番号は1984.58。クリーヴランド美術館蔵。チェルシー磁器工場《雌鶏と雛の形の蓋付きスープ鉢と台》クリーヴランド美術館蔵

白い磁器の鉢である。

上半分が、うずくまる雌鶏の形をしている。

首は短く縮められ、頭は前を向く。

とさかと肉垂れは赤く塗られている。

翼の羽は、一枚ずつ茶色の縁取りで描き分けられている。

その羽のあいだから、雛が顔を出している。

左に一羽、右に二羽。

雛は黄色く、目が黒い点で打たれている。

鉢の下には、緑の葉をかたどった皿が敷かれている。

葉の縁は波打ち、鶏の白と対になっている。

そして、この雌鶏の胴の途中に、水平の切れ目がある。

そこが蓋と身の境である。

館の記録では、これは十八世紀半ばのロンドンで焼かれた。

テムズ川沿いの工場は、当時の英国でもっとも知られた磁器の作り手だったという。

鶏や兎の形をした大きな蓋物は、裕福な人々に好まれた。

田舎の地所で家禽の品種を熱心に育てていた人々である、と記録は書く。

意匠のもとは、十七世紀の版画にある農家の庭の図だという。

そして館は、注意深い一行を添えている。

スープ鉢の形をしていても、実際に使われたかは疑わしい。

熱い液体を入れれば、割れやすかっただろうという。

つまりこの雌鶏は、食卓の道具の形を借りた飾りである。

意匠する人と作る人の関係については、意匠した人と、作った人で扱った。

寸法をもう一度見る。

全体は24.8×34.9×25.7センチ。

抱えるほどの大きさがある。

この大きさの雌鶏が、食卓の中央に置かれる。

蓋を取れば、鶏の胴の内側が現れる。

中身を出す器でありながら、中身を入れることを想定されていない。

館の記録は、そのねじれをはっきり書いている。

鶏は、荷物として運ばれる

五点目では、鶏は運ばれる側になる。

一家を移す許旌陽
崔子忠《一家を移す許旌陽》1644年。館の記録では、掛幅・絹本着色。画のみで165.3×64センチ。番号は1961.90。クリーヴランド美術館蔵。崔子忠《一家を移す許旌陽》クリーヴランド美術館蔵

縦に長い掛幅である。

上のほうに、青と緑に彩られた岩山が重なる。

岩の輪郭は震えるような線で引かれている。

山のあいだに、木々が丸い塊として茂る。

画面の中ほどに、小さな人の群れがいる。

赤い衣の人がひとり、上のほうにいる。

その下に、荷を担いだ人々が続く。

担がれているものの中に、鶏がいる。

犬もいる。

館の記録では、これは四世紀の役人の伝説を描いたものである。

その人は道教の仙人になったとされる。

仙人になったとき、家じゅうの者を連れて天へ上ったという。

鶏と犬まで一緒に連れて行った、と記録は書く。

赤い衣の人が本人で、下の従者たちが鶏や犬や荷を運んでいる。

館の記録は、そこまで具体的に書いている。

そして作風についても触れる。

青と緑を使い、輪郭を重んじるのは古い山水の伝統だという。

一方で、岩や木に光がちらつくのは、この画家の時代の特徴だと記録は読む。

つまりこの掛幅は、古さと新しさを意図的に混ぜている。

鶏は、その混ぜものの画面の中で、荷のひとつとして担がれている。

天に上る家族の一員でありながら、扱いは家財と変わらない。

掛幅の寸法も見ておく。

画のみで165.3×64センチ。

表装を含めれば268.2センチになる。

人の背丈をはるかに超える一本である。

その高い画面の上方に山があり、中ほどに人がいる。

鶏が担がれているのは、その人の列のさらに下である。

高さの順に、仙人、従者、家畜と並んでいる。

画面の上下が、そのまま位の順になっている。

木の上の鳥は、話の登場人物になる

六点目は、寓話の下絵である。

狐と七面鳥
ジャン=バティスト・ウードリー《狐と七面鳥》1733年。館の記録では、筆と黒インク、灰色の淡彩に白のグワッシュ。画面は24×18.8センチ。番号は1977.93。クリーヴランド美術館蔵。ジャン=バティスト・ウードリー《狐と七面鳥》クリーヴランド美術館蔵

青い紙に描かれている。

画面の右奥に、石造りの建物が立つ。

窓は暗く、屋根の輪郭だけが白く光る。

空には丸い月がひとつ浮かぶ。

左には大きな木が斜めに伸びる。

枝は細かく分かれ、葉が白い線で描かれている。

その枝の上に、鳥が数羽とまっている。

首を伸ばし、下を見ている。

木の根元には、狐が一匹立っている。

体をひねり、頭を上へ向けている。

尾は太く、後ろへ長く伸びる。

館の記録では、これは十七世紀の詩人がまとめた寓話の一場面である。

狐の餌食になることを恐れる七面鳥たちが、その不安のせいでかえって捕らわれる話だという。

作者は、この寓話集のために276点の下絵を作った。

18世紀の半ばに四巻本として出版され、当時もっとも野心的な出版計画の一つだったと記録は書く。

そして館は、乾いた一行を添える。

その本は、読まれるためというより、集められるための美術品だった。

つまりこの鳥たちは、話の登場人物であり、豪華本の商品でもある。

九点のうち、鶏の仲間が物語を演じているのは、この一点だけである。

この一枚の作り方も見ておきたい。

青い紙を地にして、白いグワッシュで明るいところを描く。

月の光が当たる面だけが白く浮かび、影は紙の青のまま残る。

黒いインクは、木の幹と狐の輪郭にだけ使われている。

三色しか使わずに、夜の場面が組み立てられている。

276点の下絵を同じやり方で作ったとすれば、それは工程の設計でもある。

羽をむしられる鶏と、吊るされた鶏

七点目と八点目で、鳥は死んでいる。