作品を知る

鶏は、鳴く前に「もの」になる——ブラックモン・雪佳・デュシャン=ヴィヨンほか九点

鶏の羽をむしる老女
レンブラント・ファン・レインの追随者《鶏の羽をむしる老女》1650年から1655年。館の記録では、油彩・カンヴァス。画面は133×104.7センチ。番号は1956.1.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。レンブラント・ファン・レインの追随者《鶏の羽をむしる老女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

暗い室内である。

背景は茶色く、壁と柱がかろうじて見分けられる。

画面の中央に、女がひとり座っている。

赤い頭巾をかぶり、顔をこちらへ向けている。

目は落ちくぼみ、口は結ばれている。

膝の上に、大きな鳥が横たわっている。

鳥の首は下へ垂れ、頭が女の膝から落ちかかる。

翼は広がり、赤茶色の羽が扇のように開く。

女の両手は、その羽のあいだにある。

指先が、羽を一本つまんでいる。

画面の大きさは133×104.7センチある。

等身に近い大きさで、この作業が描かれている。

館の記録では、作者はレンブラントの追随者である。

本人の作とは書かれていない。

そして題は「鶏の羽をむしる老女」。

主語は老女であり、鶏は目的語である。

山鶉(表)/キャンベルの墓(裏)
ベイリー大尉《山鶉(表)/キャンベルの墓(裏)》1861年ごろ。館の記録では、湿板ネガからの鶏卵紙プリント。画面は23.9×19.3センチ。番号は1987.21。クリーヴランド美術館蔵。ベイリー大尉《山鶉(表)/キャンベルの墓(裏)》クリーヴランド美術館蔵

板張りの壁の前に、鳥が二羽吊るされている。

細い紐が上から垂れ、二羽の脚を縛っている。

一羽は白い腹をこちらへ見せ、翼を半分開く。

もう一羽はその後ろで、頭を下にしている。

羽の一枚一枚に、細かい斑が写っている。

背景の板の木目まで、はっきり見える。

館の記録では、これは湿板ネガから作られた印画である。

作者は英国の素人写真家で、詳しいことは分かっていないという。

1850年代から60年代の写真家の多くと同じように、この人も細部を写す力に関心があった。

形と手触りの違いを一枚に記録できること。

それがこの静物の眼目だったと記録は読む。

そして館は、当時の素人写真家の背景にも触れる。

写真の団体に集まったのは、軍を退いた紳士たちが多かった。

狩りを趣味とする人々である。

だから獲物や家禽や魚の静物が好まれた、と記録は書く。

つまりこの二羽は、撮る人が自分で撃った可能性のある鳥である。

なお、この印画には裏側にも別の写真がある。

墓を写した一枚で、館の題はその両方を並べて記している。

一枚の紙が、二つの主題を持っている。

表と裏で二つの作品になる例については、別の回で扱った。

最後の鶏は、勝利のしるしになる

九点目で、鶏は国のしるしになる。

雄鶏(ガリアの雄鶏)
レイモン・デュシャン=ヴィヨン《雄鶏(ガリアの雄鶏)》1916年に石膏、1919年に鋳造。館の記録では、彩色されたブロンズ。全体は43.5×36×5.5センチ。番号は1972.227。クリーヴランド美術館蔵。レイモン・デュシャン=ヴィヨン《雄鶏(ガリアの雄鶏)》クリーヴランド美術館蔵

黒い円盤の中に、金色の形が組み合わされている。

円盤の地には、赤い放射状の帯が何本も走る。

昇る太陽の光を表しているように見える。

その手前に、金色の板が角ばって折り重なる。

板の一つは、上のほうで鋭く曲がる。

そこがくちばしになっている。

その下に、丸く出っ張った形がある。

胸である。

さらに下には、赤い球がひとつ置かれている。

鶏の姿は、直線と平面だけで組み立てられている。

羽も、脚も、とさかも、面の折れ方として表されている。

館の記録では、もとの石膏は1916年に作られた。

作者は戦時中、軍に従軍しながらこれを彫ったという。

前線の近くに建てられた仮設の劇場の入口のためだったと記録は書く。

そこに集まる兵士たちは、雄鶏と昇る太陽を勝利のしるしとして読んだ。

そして作者は、その戦争のあいだに世を去る。

1919年に、石膏から五つの鋳造が作られた。

記念のための鋳造だったと記録は書く。

館はさらに、言葉の由来にも触れている。

ラテン語のある語は、雄鶏と、ガリアの住人の両方を指した。

もとはフランス人をからかう言い方だったという。

それが逆に、勝利の象徴として引き受け直された、と記録は読む。

つまりこの鶏は、悪口から始まって国のしるしになった。

形の作り方も見ておく。

厚みは5.5センチしかない。

正面から見れば鶏だが、横から見ればほとんど板である。

浮き彫りという作り方が、そのまま選ばれている。

劇場の入口に掲げるなら、見る角度は正面に限られる。

置かれる場所が、形の厚みを決めている。

そして赤い球は、鶏のどの部分でもない。

昇る太陽そのものが、鶏の体の下に置かれている。

数えてみると

九点を並べ直す。

生きた鶏が自分の脚で立っているのは、三点である。

版画の老いた雄鶏、竹の柵の向こうのチャボ、そして寓話の木の上の鳥たち。

死んでいるのは二点である。

膝の上で羽をむしられる鶏と、紐で吊るされた二羽。

生きものではない形になっているのは三点である。

木彫と、磁器の蓋物と、ブロンズの円盤。

そして一点では、鶏は担がれる荷物になっている。

もう一つ数えておく。

九点のうち、鶏が鳴いている場面はない。

朝を告げる鳥として知られながら、九点のどこにも夜明けは描かれていない。

寓話の一点には月が出ているが、そこは夜であって朝ではない。

ブロンズの円盤には昇る太陽があるが、鶏は鳴いていない。

面が折れているだけである。

言えることと、言えないこと

言えるのは、鶏が「もの」になりやすい鳥だということである。

九点のうち五点で、鶏はすでに生きていないか、はじめから生きものではない。

これは猛禽の回とはっきり違う。

鷹と鷲は、腕にとまるにせよ、岩に立つにせよ、生きた姿で描かれていた。

言えないのは、これが鶏の絵の全体だという話である。

九点は、こちらが選んだ九点にすぎない。

たとえば、庭で餌をついばむ鶏の絵は、この九点に入っていない。

入れなかったのではなく、この選び方では上位に来なかった。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

ブラックモンの雄鶏は、老いた雄鶏という題を与えられていた。

老いという言葉が付くのは、その先に死があるからである。

太く立った脚は、まだ立っている脚である。

九点を数え終えて残るのは、その「まだ」の感じのほうである。

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