作品を知る

海だけの画面は、一点もない——ボーム・ブーダン・光悦ほか九点

海景
アンソニー・ヴァンダイク・コプリー・フィールディング《海景》1807〜55年頃。館の記録では、水彩。紙は24.2×30.5センチ。番号は1940.556。クリーヴランド美術館蔵。アンソニー・ヴァンダイク・コプリー・フィールディング《海景》クリーヴランド美術館蔵

湖を海と呼ぶ

九点のうち一点は、湖である。

油彩で、全体118.1×146.7センチ。

九点のなかで、いちばん大きい。

画面の中央に、水面が広がる。

水は緑がかった灰色で、静かである。

その左右に、大きな木がある。

枝は細く、葉は乱れた筆で描かれる。

水の中に、人が二人いる。

一人は膝まで水に入っている。

もう一人は、その先で身をかがめる。

岸には、人が数人いる。

いずれも指ほどの大きさである。

空は明るく、雲が渦を巻く。

館の記録の題によれば、これは聖書の場面である。

そこに出てくる水は、記録の題では海と呼ばれている。

だが実際には、内陸の湖である。

古い呼び方が、そのまま題に残っている。

この画家の別の作品は、室内を扱った回でも取り上げた。

そちらは、大きな建物の内部を描いていた。

同じ画家が、湖畔の場面も描いている。

ガリラヤ湖畔のキリスト
アレッサンドロ・マニャスコ《ガリラヤ湖畔のキリスト》1740年頃。館の記録では、油彩・カンヴァス。全体118.1×146.7センチ。番号は1943.4.31。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アレッサンドロ・マニャスコ《ガリラヤ湖畔のキリスト》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

浜辺を、金と銀で描く

日本の一点は、まったく違う扱いである。

もとは色紙で、いまは掛幅に仕立てられている。

画面のみで20×17.4センチ。

全体では132.1×43.2センチになる。

画面の上のほうに、金の雲がある。

雲は輪郭のある塊で、地の紙が透ける。

その下に、黒い横の帯が幾筋も走る。

帯は太く、墨で引かれている。

浜の砂か、波か、決めにくい。

帯のあいだに、細い線で松が描かれる。

松は小さく、数本しかない。

右上には、仮名の文字が縦に流れる。

文字は絵の上に直接書かれている。

館の記録によれば、意匠を描いた人と、文字を書いた人は別である。

二人の名が、記録に併記されている。

館の記述によれば、この色紙は十六枚が伝わっている。

そのうちの一枚である。

そして館は、書かれた歌の訳も載せている。

眺めていても、その思いは寂しい。

高い空に、月の都が夜明けの空にまだ残っている。

そういう内容だという。

浜辺の松を描いた新古今和歌集色紙
本阿弥光悦《浜辺の松を描いた新古今和歌集色紙》1606年。館の記録では、色紙を掛幅に仕立てる。紙に金、銀、墨。画面のみ20×17.4センチ。全体132.1×43.2センチ。番号は1987.60。クリーヴランド美術館蔵。本阿弥光悦《浜辺の松を描いた新古今和歌集色紙》クリーヴランド美術館蔵

海の神を、白い磁器で作る

最後の一点には、水が描かれていない。

磁器の像である。

全体で28.3×20.7センチ。

白一色で、彩色がない。

台の上に、男の像が立つ。

髭が長く、頭に飾りがある。

左腕を大きな壺に載せている。

右手は腰に当てている。

衣は厚く、襞が渦を巻く。

足もとには、貝や波らしい形がある。

台の縁も、渦の形をしている。

館の記録の題は、海の神の名である。

館の記述によれば、この神は別の海神の前に海を治めていた。

ローマの神話では、また別の名で呼ばれる。

館の記録には、工房の名と、原型を作った人の名がある。

つまり、これも二人以上の手を経ている。

海そのものではなく、海を人の形にしたものである。

抱えた壺からは、水が流れ出すことになっている。

その水は、白い磁器では見えない。

オケアノス
フランケンタール磁器工房《オケアノス》1765年頃。館の記録では、磁器。全体で28.3×20.7センチ。番号は1947.281。クリーヴランド美術館蔵。フランケンタール磁器工房《オケアノス》クリーヴランド美術館蔵

港の絵が、一点混じった

もう一点、性格の違うものがある。

小さな銅版画で、紙は11.5×16.3センチ。

版の面は10.7×15.7センチ。

画面の中央に、大きな帆船が二艘いる。

帆柱と帆桁が、画面の上端まで伸びる。

帆は畳まれ、縄が複雑に張られている。

船の周りに、小舟が数艘いる。

手前の岸には、人が十数人いる。

荷を運ぶ人、座っている人がいる。

右奥には、低い建物と塔が見える。

空は細かい線で埋められている。

館の記録の題は、地中海の港という。

つまり、これは港の絵である。

前に港を扱った回とも重なる主題である。

館の記録には、紙の裏の書き込みが六つ写されている。

数字と、作者名と、記号である。

かつての持ち主が付けた整理の跡だろう。

地中海の港
アドリアン・ファン・デル・カベル《地中海の港》十七世紀後半。館の記録では、エッチング。紙は11.5×16.3センチ。版の面10.7×15.7センチ。番号は1943.559。クリーヴランド美術館蔵。アドリアン・ファン・デル・カベル《地中海の港》クリーヴランド美術館蔵

海辺で、人は何をしているか

人のいる七点で、その行為を数えたい。

水に入っているのが、二点。

浜に座るか立つかしているのが、三点。

舟に乗っているのが、二点。

荷を運んでいるのが、一点。

分類が重なる点もある。

注目したいのは、水に入る二点である。

前に川を扱った回では、水に入る人が一人もいなかった。

海では、二点で人が水に入っている。

しかも、そのうち一点は遊びである。

もう一点は、聖書の場面だった。

つまり、海のほうが人と水の距離が近い。

理由は、浅い部分が広いからだろう。

川は岸から急に深くなる。

海は、浜から少しずつ深くなる。

だから歩いて入れる。

その差が、絵にも出ている。

十九世紀から二十世紀にかけて、海辺での行楽が広まった。

九点のうち二点が、その時期の浜辺の絵である。

館の記述も、行楽客や水着に触れていた。

海が遊び場になったのは、そう古い話ではない。

それ以前の海は、働く場所か、渡る場所だった。

九点でも、古い五点はいずれも舟か荷の絵である。