作品を知る

空は、塗るか、残すか——ブーダン・池大雅・ルドンほか九点

名前の綴りで、二点が入った

今回の外れ二点は、これまでとは種類が違う。

これまでは、普通名詞のなかに別の語が入っていた。

広い、炭素、林檎、野菜。

今回は、人名と一族の名である。

どちらも、姓の終わりが空を意味する語と同じ綴りだった。

東ヨーロッパに多い姓の形である。

その形が、たまたま英語の空の語と一致する。

機械で語を探すと、こういうことが起きる。

これを防ぐには、語の前後を厳密に指定すればよい。

だが、それでも姓と普通名詞の区別はつかない。

区別するには、意味を見るしかない。

つまり、機械だけでは無理である。

そこで当社では、選んだ後に一点ずつ画像と記録を確かめている。

確かめて、外れだと分かったものも、そのまま並べる。

削らないのは、選定の基準を保つためである。

そして、外れも記録の性質を示す材料になる。

今回の二点は、姓の綴りという新しい種類を教えてくれた。

前の回までに、四種類の一致を数えてきた。

英語の普通名詞のなか、日本語の漢字のなか、書物や技法の名のなか。

そして今回、人名のなかである。

語で記録を引くかぎり、この種の一致は避けられない。

避けずに数えるほうが、実際の姿に近い。

数え直す

九点を並べ直したい。

空が画面の半分以上を占めるのは、四点。

雲が描かれているのは、五点。

青い空が描かれているのは、二点。

暗い空が描かれているのは、三点である。

そして、空が白い紙のまま残されているのが二点あった。

一点は屏風、一点は素描である。

雲の形を、数える

雲が描かれた五点で、雲の形を見たい。

丸く盛り上がる雲が、二点。

横に流れる薄い雲が、二点。

渦を巻く厚い雲が、二点である。

分類が重なる点もある。

丸い雲は、晴れた日に出る。

横に流れる雲は、風のある日である。

渦を巻く雲は、天気が崩れるときに描かれやすい。

つまり、雲の形が天気を示している。

そして、天気が画面の明るさを決める。

丸い雲の二点は、いずれも明るい。

渦を巻く二点は、いずれも暗い。

これは当たり前のようだが、絵の約束でもある。

実際には、厚い雲の日でも明るいことがある。

だが絵では、暗く描く。

暗いほうが、天気の崩れが伝わるからだろう。

そして、雲の色は白と灰色である。

九点のうち、色の付いた雲はほとんどない。

例外は、パステルの一点で、雲の底が淡い桃色だった。

夕方の光を受けているのだろう。

館の記録に、雲の色は書かれていない。

書かれているのは、使われた画材の名だけである。

空は、塗るか、残すか

数えた結果から、一つのことが言えそうである。

空の描き方は、大きく二つに分かれる。

塗るか、残すかである。

油彩とパステルの三点は、空を塗っている。

青、灰色、白、黄。

絵具を重ねて、雲の厚みを作る。

墨と黒鉛の二点は、空を残している。

紙の地が、そのまま空になる。

雲も、輪郭を描かずに白く残す。

版画の二点は、その中間である。

線を刻んだところが暗くなり、刻まないところが明るい。

つまり、空は線を引かないことで作られる。

三通りのやり方が、九点に並んでいる。

そして、どのやり方でも空は明るい。

暗い空を描いた三点でも、地面より明るい。

空が地面より暗い画面は、九点に一つもなかった。

これは、光が上から来るからである。

前に室内を扱った回でも、光の入り口を数えた。

屋外では、光源はほぼ必ず上にある。

だから空は明るい。

記録は、天気を書かない

最後に、記録の欄を確かめておきたい。

九点の記録に、天気を書く欄はない。

だが題には、天気が入ることがある。

嵐の空、晴れゆく空、広い空。

三点の題に、空の状態が書かれている。

これは、前に扱った八景の題と似ている。

東アジアの題には、天候や時刻が入りやすい。

今回は、ヨーロッパの題にも入っていた。

十九世紀には、空そのものが主題になったからだろう。

館の記述も、その事情に触れていた。

その場で描くために、持ち運べる画材が選ばれた。

そして、変わり続ける空を写した。

批評家は、それを気象の美と呼んだ。

つまり、空の絵は十九世紀の関心と結び付いている。

九点のうち五点が、その世紀の作である。

残る四点は、十八世紀と二十世紀に分かれる。

集めかたは無作為に近いが、時代には偏りが出た。

その偏り自体が、主題の歴史を映している。

空だけを描いた絵は、それほど古くからあるものではない。

長いあいだ、空は背景だった。

人や建物や物語の後ろに、ただ広がっていた。

その空が前へ出てきたのが、十九世紀である。

きっかけの一つは、屋外で描く習慣だった。

持ち運べる画材が普及し、その場で描けるようになった。

その場で描けば、空の変化に間に合う。

館の記述も、そのことに触れていた。

パステルを選んだ理由として、持ち運べることと直接描けることを挙げている。

つまり、画材の変化が主題の変化を連れてきた。

九点のうち五点が十九世紀に集まったのは、その結果である。

技法の欄を読むと、そういう歴史も見えてくる。

パステル、クリシェ・ヴェール、フォトグラヴュール、硬質磁器。

九点の技法欄には、それぞれ違う名が並んでいた。

同じ空の語で集まった九点が、九通りの作り方をしている。

そのうち二点は、そもそも空とは関係がなかった。

姓の綴りが一致しただけである。

残る七点で、空は塗られるか、残されるか、線で作られていた。

三通りのやり方で、同じ明るさが作られている。

塗る、残す、線を引かない。

どれを選ぶかは、材が決める。

材を選ぶのは、画家である。

そして画家が材を選べる範囲は、時代が決める。

パステルが普及していなければ、その場で空は描けない。

九点の技法欄は、その順序をそのまま示している。

そして、その順序は空以外の主題にも当てはまる。

材が変われば、描けるものが変わる。

描けるものが変われば、主題が変わる。

この連載では、これまで何度もその流れを見てきた。

写真が建物を記録するようになった話。

木版が色を重ねられるようになった話。

パステルが屋外へ持ち出された話。

いずれも、材の話が主題の話に変わっていく。

技法の欄は、そのいちばん手前にある記録である。

短い一行だが、そこから読めることは多い。

今回の九点でも、その一行が出発点になった。

読むのに、専門の知識はほとんど要らない。

要るのは、材の名を一つずつ調べる手間だけである。

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