作品を知る

降っている雪は、一点もない——ボヌール・ピサロ・法若真ほか九点

数え直す

九点を並べ直したい。

雪が画面に見えるのは、五点。

そのうち、地面に積もっているのが三点。

山の頂にあるのが一点。

塗り残しで示されているのが一点である。

そして、雪が題にしかないのが四点だった。

芝居の名、壁画の題、人の姓、そして季節の組み合わせ。

人は、雪の中で小さい

雪の見える五点で、人を数えたい。

人が描かれているのは、三点である。

一点は、一人だけ。

一点は、数十人。

一点は、集落として遠くに見えるだけである。

そして三点とも、人は小さい。

いちばん大きい一人でも、画面の高さの十分の一ほどしかない。

顔は描かれていない。

雪の絵で人が小さくなるのは、理由がある。

雪は広い面を覆う。

その広さを見せるには、人を小さくするしかない。

大きく描けば、雪は背景になってしまう。

前に野や畑を扱った回でも、同じ話をした。

平らな面の広さは、人の小ささで示される。

雪の場合、その効果はさらに強い。

白い面には、目印になるものがないからである。

畑なら畝があり、野なら草の色の違いがある。

雪はすべてを覆う。

だから、人だけが目盛りになる。

三点のうち、いちばん人の多い一点では、点のような人影が数十並んでいた。

その数が、町の広さを示している。

雪は、白く残される

数えた結果から、一つのことが言えそうである。

雪の描き方も、空や雲と同じく二つに分かれる。

塗るか、残すかである。

油彩の二点では、白と青灰色の絵具が置かれる。

写真の一点では、露光の白飛びが雪になる。

木版の一点では、彫り残した部分が白く出る。

巻子の一点では、紙の地がそのまま雪になる。

つまり、五点のうち三点で雪は「置かれていない」。

彫らない、塗らない、写らない。

いちばん明るい部分をどう作るかは、材によって違う。

そして雪は、画面のなかでいちばん明るい。

九点のうち、雪より明るいものが描かれた画面はない。

空でさえ、雪より暗いことがある。

木版の一点では、屋根の雪が空より明るかった。

これは実際にも起きることである。

雪は光をよく反射するからだ。

雪は、輪郭だけを残す

もう一つ、雪の働きを書いておきたい。

雪が積もると、細部が消える。

畑の畝、草の色、道の凹凸。

それらが白い面に覆われる。

残るのは、大きな輪郭だけである。

屋根の形、木の枝、丘の稜線。

だから雪の絵は、単純な形の絵になる。

木版の一点が、その典型だった。

屋根が白く、壁が黒い。

その二色で、町の形が見える。

雪がなければ、屋根も壁も同じような灰色だろう。

雪は、形を読みやすくする道具でもある。

そして、季節も時刻も一目で伝える。

前に扱った天気の話とつながる。

雲は天気を示し、雪は季節を示す。

九点のうち五点で、季節は疑いようがなかった。

記録は、降った量を書かない

最後に、記録の欄を確かめておきたい。

九点の記録に、雪の量を書く欄はない。

積もった深さも、降った日も書かれない。

書かれるのは、制作年と、材と寸法である。

例外は、巻子の一点だった。

館の記述が、雪の日に描かれたと書いている。

画家自身の書き込みに、その事情が記されているという。

七十八歳の年に、雪の日の客を迎えるために描いた。

つまり、この一点だけは降雪の日と結び付いている。

残る四点では、いつ降った雪かは分からない。

そして、雪が題にしかない四点では、雪自体が存在しない。

芝居の名にある雪。

壁画の題にある雪。

姓にある雪。

季節の組み合わせにある雪。

いずれも、画面には一片も積もっていない。

語で引くとは、そういうことである。

そして今回は、九点のうち四点がその状態だった。

前の回までの平均より、少し多い。

理由は、雪という語の使われ方にあるだろう。

雪は、白さと清らかさの印として使われる。

だから人の名にも、芝居の名にも、壁画の題にも入る。

季節の組み合わせにも、必ず入る。

雪月花という並びは、その代表である。

つまり雪は、天気であると同時に、意味を担う語でもある。

意味を担う語は、実物から離れて使われやすい。

前に扱った雲も、似た性質を持っていた。

雲は、地上でない場所を示す道具になっていた。

雪は、白さを示す道具になる。

そして道具になった語は、画面から離れる。

九点のうち四点が、その状態だった。

残る五点では、雪は実際に積もっている。

積もった雪は、意味ではなく面である。

面としての雪と、意味としての雪。

九点は、その二つに分かれていた。

分かれ方は、ほぼ半々である。

そして、その半々という比率自体が、この語の性質を示している。

もし雪が天気の語でしかなければ、外れは出ない。

もし意味の語でしかなければ、画面に雪は現れない。

両方に使われるから、半々になる。

前に扱った語のなかでは、雲がこれに近かった。

逆に、階段や柱は、外れがほとんど出なかった。

建築の部材の名は、意味の語になりにくいからである。

語の性質は、集めた結果の比率に出る。

九点ずつ集めるだけでも、その差は見える。

今回の四点は、その差を測る材料になった。

そして、残る五点は雪そのものの絵だった。

猪のいる林、兎の飼育場、雪のパリ、雪の山、そして雪の巻子。

五点とも、雪が画面の面積の三分の一以上を占めている。

面としての雪は、それだけで画面を作れる。

白い面が広ければ、そこに何を置いても目立つ。

猪の黒い体、人の青い衣、屋根の黒い線。

雪の絵が読みやすいのは、その対比のおかげである。

そして、その対比は雪の日にしか起きない。

夏の林では、猪は背景に紛れる。

雪があるから、四頭の位置が一目で分かる。

雪は、画面を整理する道具でもある。

覆い隠すことで、残ったものを目立たせる。

九点のうち五点で、その働きが見えた。

残る四点では、雪は語のなかにしかない。

覆うものがないので、整理も起きない。

芝居の名も、姓も、壁画の題も、画面には何の影響も与えていない。

同じ語が、片方では面を作り、片方では音だけになる。

その落差を並べられるのが、語で集める方法の利点である。

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