蔓は、相手の形をなぞる——オキーフ・バーン=ジョーンズ・カメロンほか九点
岸辺を、蔦が覆う
四点目は、油彩である。

横長の画面である。
50.8×61センチある。
画面の右手前に、岩の斜面がある。
岩は灰色と褐色で、面が大きく割れている。
その斜面を、緑が覆っている。
緑は厚く、絵の具が盛り上がっている。
葉の一枚ずつは描かれていない。
塊としての緑があるだけである。
左には海が広がる。
水は青灰色で、波が白く砕ける。
奥には、別の岬が霞んで見える。
空は明るく、雲が横に流れる。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
見えるのは、蔦が岩を覆っていることである。
つまり、ここで蔓が巻きついている相手は岩である。
木でも柱でもない。
先の一点では蔦が壁を覆い、こちらでは岩を覆っている。
どちらの場合も、蔦は面として現れる。
一本ずつの蔓は見えない。
絵の具の置き方も見ておきたい。
緑は厚く、筆の跡が畝のように残る。
その畝の向きが、斜面に沿って走っている。
つまり絵の具の並びが、そのまま斜面の傾きになっている。
海の波も同じで、白い絵の具が横に短く置かれる。
厚みのある絵の具は、離れて見ると質感になる。
蔦の茂みと、砕ける波が、同じ手つきで作られている。
皿の面に、蔦が浮き出る
五点目は、磁器である。

小さな皿が五枚ある。
どれも同じ形で、円い。
高さ3.5センチ、径11センチしかない。
釉は淡い緑で、全体にかかっている。
面には、ごく浅い浮き彫りがある。
蔓が曲がりながら走り、そこから葉が出る。
葉は三つに分かれ、先が尖る。
浮き彫りは低く、釉の溜まり方で形が見える。
上から見ると、蔦の蔓が皿の縁に沿って回っている。
館の記録では、作者は茶の道具と食器を主に作った。
二枚一組、五枚一組、十枚一組で作ることが多かったという。
そして館は、乾いた一行を添えている。
この五枚は、残念ながら箱を失っている。
ほかの皿よりわずかに大きいので、受皿ではなく食事のための小皿だったかもしれない。
館の記録は、そう推測している。
同じ作者の別の五枚一組は、貝の回で見た。
そちらは蛤の片方の形をしていた。
こちらは円いままで、面に蔓を這わせている。
器の形にするか、面に文様を置くか。
その二つの方法が、同じ作者の同じ組数で並んでいる。
浮き彫りの低さも、この皿の要点である。
深く彫れば影が濃くなり、模様がはっきりする。
浅く彫れば、釉の厚みの差でしか見えない。
緑釉は溝に溜まると濃くなる。
つまり模様は、釉の濃淡として現れる。
光の当たり方が変われば、見え方も変わる。
食事の途中、料理を載せれば、蔦はほとんど隠れる。
写本の縁を、金の蔦が走る
六点目は、写本の一葉である。

小さな一葉である。
19.7×14.3センチしかない。
中央には、文字が縦に並ぶ。
その周囲を、飾りの縁が取り巻いている。
縁には、青と金の葉が交互に並ぶ。
葉は大きく、渦を巻いて反り返る。
そのあいだを、細い金の線が走る。
線は蔓で、途中で分かれ、先に小さな丸い葉が付く。
さらに、花と実の房が散らされている。
そして縁の一か所に、丸い枠がある。
その中に、翼のある人物が槍を構えている。
追われているものが、その前にいる。
館の記録では、この縁の飾りは四つの要素からできている。
青と金の葉、金泥の蔦の蔓、花や実の房、そして異形のもの。
館の記録は、そう分けて書いている。
さらに、作り方についての一行が続く。
時間を節約するため、1450年代以降の装飾画家はしばしば紙の両面に同じ縁を描いた。
模様を片面に描き、紙を窓に当てて透かし、もう片面に写し取ったという。
つまりこの蔦の蔓は、光に透かして複写されている。
九点のうち、同じ蔓が紙の裏表にあるのは、この一点である。
そして館の記録は、この一葉のもとの本についても書いている。
その写本は、いまは一冊としてまとまっていない。
もとは、二人の聖人の生涯に関わる丸い絵が数多く入っていたという。
そして、その二人を守護とする夫婦のために作られたのかもしれない。
館の記録は、そう推測している。
つまり縁の蔓は、ある夫婦の本を飾っていたことになる。
金泥の線は、光を受けると角度によって輝く。
蝋燭の下で読めば、蔓は動いて見えただろう。
もっとも、それは記録に書かれていない。
葡萄の蔓は、酒に結び付く
七点目は、エッチングである。