暮らしと名画

身支度は、後ろから描かれる——歌麿・ドガ・ホイッスラーほか九点

立ったまま、鏡を見ない

五点目も、版画である。

化粧
ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《化粧》1878年。館の記録では、リトグラフ。番号は1924.39。クリーヴランド美術館蔵。ジェームズ・マクニール・ホイッスラー《化粧》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

線は黒く、細い。

画面の中央に、女が立つ。

体は右を向く。

顔は横を向き、下を見る。

髪は頭の上でまとめられる。

首は細く、うなじが出る。

衣は床まで届く長い裾である。

裾には、細かい縞がある。

縞は縦に走り、体の線に沿う。

袖は肘までで、腕が出る。

両手は胸の前にある。

手には、白い布らしいものがある。

背景には、家具の形がある。

形は輪郭だけで、内側が空である。

床には、影がない。

余白が広い。

画面の下三分の一には、何も描かれていない。

館の記録は、題と材料しか書いていない。

寸法の欄も空である。

つまり分かるのは、題と、これが石版画だということだけである。

題は「化粧」とだけある。

先の一枚と、同じ題である。

しかし画面はまるで違う。

あちらは裸で、こちらは着ている。

あちらはかがみ、こちらは立つ。

九点のうち、同じ題を持つ作は三点ある。

三点とも、別の国の別の作者である。

同じ語が、別の場面に付けられている。

化粧台に向かって、腕を上げる

六点目は、油彩である。

化粧台に座る裸婦
フレデリック・カール・フリージキー《化粧台に座る裸婦》1909年。館の記録では、油彩・カンヴァス。162.2×131.1センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。フレデリック・カール・フリージキー《化粧台に座る裸婦》スミソニアン協会蔵

大きな画面である。

162.2×131.1センチある。

九点のうち、最も大きい。

画面の右に、化粧台がある。

台は白く、脚が細い。

台の上には、鏡が立つ。

鏡は縦長で、枠が金色である。

その前に、女が座る。

体は右を向く。

両腕は上がり、手は髪にある。

髪は赤褐色で、長い。

顔はやや伏せられる。

鏡には、上半身が映る。

映った姿は、こちらを向かない。

台の上には、小さな器が並ぶ。

器は白と桃色である。

手前には、椅子がある。

椅子には、白と紫の布が掛かる。

布は床まで垂れる。

床には、赤と褐色の敷物がある。

色は全体に淡く、輪郭がぼける。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

つまり誰かは書かれていない。

九点のうち、鏡に姿が映っているのは、この一点である。

映っているのは、背中と腕である。

顔は、鏡の中でも伏せられている。

つまり鏡があっても、顔は見えない。

大きな画面に、見えない顔が二つある。

人がいない、化粧台の鏡

七点目から、人が消える。

化粧台の鏡
ティファニー・グラス・アンド・デコレイティング社《化粧台の鏡》1900年から1902年ごろ。館の記録では、青銅とファブリル硝子のモザイク。全体は32.1×33×18.6センチ。番号は1977.168。クリーヴランド美術館蔵。ティファニー・グラス・アンド・デコレイティング社《化粧台の鏡》クリーヴランド美術館蔵

卓の上に置く鏡である。

全体は32.1×33×18.6センチしかない。

鏡の面は円い。

面は灰色で、何も映っていない。

枠は青銅で、緑がかっている。

枠は円の外側を細く囲む。

枠の上部には、細かいモザイクの帯がある。

帯は青と緑と金の粒でできる。

粒は小さく、光を返す。

孔雀の羽根の目に似た形がある。

枠の下は、二つの脚に分かれる。

脚は外へ大きく反る。

脚の先は、床に着く。

後ろには、支えの棒があるらしい。

装飾は、帯の部分だけである。

館の記録では、この会社は千九百年ごろに小物の生産を増やした。

インク台、燭台、時計、小箱、机の道具などである。

この化粧台の鏡も、その一つだという。

そして館は、こう書いている。

こうした小ぶりで手の届く贅沢品も、大きな硝子窓や灯火と同じだけの工夫をもって意匠されたという。

館の記録は、そう説明している。

つまり鏡は、身支度のための道具である。

しかし人がいなければ、映るものがない。

いま映っているのは、置かれた部屋の壁だけである。

図版では、灰色の面としてしか見えない。

鏡は、使われていないときは何も示さない。

枠と脚だけが、道具であることを伝えている。

この工房の硝子については、硝子と自然で扱った。

化粧箪笥と、夜具だけ

八点目にも、人がいない。

化粧箪笥と夜具
柳々居辰斎《化粧箪笥と夜具》十九世紀。館の記録では、摺物の画帖の一部、紙に墨と色。19.7×16.7センチ。番号はJP2265。メトロポリタン美術館蔵。柳々居辰斎《化粧箪笥と夜具》メトロポリタン美術館蔵

小さな版画である。

19.7×16.7センチしかない。

画面の右に、箪笥がある。

箪笥は赤褐色で、段になっている。

上には、小さな鏡が立つ。

鏡は円く、白い。

箪笥の前面には、黒い板がある。

板には、金の文様が散る。

引き出しの取っ手が、小さく見える。

箪笥の左には、白い花の枝がある。

枝は細く、上へ伸びる。

画面の下には、布が広がる。

布は赤い。

その上に、緑の文様がある。

文様は葉の形をしている。

布の端は、波打っている。

夜具らしい。

左の隅には、丸い白いものがある。

画面の上には、文字が並ぶ。

文字は縦書きで、五行ある。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

摺物は、私的に配られる版画である。

つまり贈り物として作られている。

描かれているのは、道具だけである。

使う人は、画面の外にいる。

箪笥の上の鏡も、こちらを向いていない。

映る面は、画面の奥を向く。

夜具は畳まれず、広げられたままである。

使う直前か、使った直後らしい。

どちらかは、決められない。

九点のうち、道具だけが描かれるのは、この一点で二点目になる。