役者と女、二つの畑を耕す——歌川豊国
潮干狩の一日
八点目は、春の海である。

浅瀬が広がり、人々が散らばっている。
手前には、舟が一艘つながれている。
女性たちが裾をからげ、水に入っている。
子どもがしゃがみ、貝を拾う。
奥には松の生えた岸が見える。
さらに遠くに、帆をあげた舟が並ぶ。
空は薄く、雲は描かれない。
人物は二十人を超える。
一人ひとりの動作が違う。
拾う、覗く、話す、運ぶ。
群像を描き分ける腕が要る場面である。
群像を、どう散らすか
大人数を描くときの配置を見たい。
人物は、画面の下半分に集まっている。
上半分は、岸と海と空である。
つまり、人物の帯と風景の帯が上下に分かれる。
人物の帯の中では、密度に差がつけてある。
左が密、中央がやや疎、右がまた密。
この濃淡が、目を左右に動かす。
均等に散らすと、絵は退屈になる。
固まりと隙間を作る。
群像画の基本である。
二枚しか残っていない
九点目には、事情がある。

美術館の記録は、三枚続きのうち二枚と記している。
つまり、一枚が欠けている。
横幅は49.5センチで、他の続き絵より短い。
画面には、屋内の場面が描かれる。
右に立つ女性、左に座る人々。
桶や道具が置かれ、犬がいる。
奥には、赤い壁の一角が見える。
上部には、題を記した札のような区画がある。
十二か月の連作の一枚だと考えられる。
そのうちの四月にあたる。
欠けたまま、残る
続き絵は、ばらけやすい。
三枚が別々に売られ、別々に伝わる。
一枚だけが残ることも珍しくない。
この一点は、二枚が残った例である。
欠けた一枚が、どこかにある可能性はある。
別の館や個人の手元にあるかもしれない。
美術館は、欠けていることを記録に書いている。
書いてあるから、私たちも知ることができる。
完全な姿を想像しながら見る。
欠けていることも、作品の履歴の一部である。
十二か月という企画
月ごとの絵を十二枚そろえる。
こうした企画は、浮世絵によくある。
季節の行事と、装いの変化を並べられるからである。
正月、雛祭り、花見、端午、七夕、月見。
一年を通して、買い続けてもらえる。
版元にとっては、都合のよい仕組みである。
今回の九点にも、正月、春の潮干狩、雪の場面が含まれる。
季節が散らばっている。
もともと、そういう作りの商品だった。
役者絵と美人画の関係
九点を通して見ると、二つの畑の違いが分かる。
役者絵は、一人か二人を大きく描く。
背景は省き、顔と姿勢を見せる。
美人画の続き絵は、大勢を小さく描く。
背景を作り込み、季節と場所を見せる。
必要な技術も違う。
前者は似顔と衣の色、後者は群像と遠近である。
豊国は、その両方をこなした。
流派を大きくできたのは、この幅のおかげでもある。
弟子に教えられる型が多いほど、工房は続く。
歌川派が続いた理由
歌川派は、幕末まで続いた大きな流派である。
豊国の弟子から、国貞、国芳が出る。
国芳の武者絵については、当サイトの
武者絵という発明でも書いた。
流派が続くには、仕事の量が要る。
役者絵、美人画、風景、武者絵。
需要のある分野をひととおり押さえておく。
そうすれば、流行が変わっても仕事が途切れない。
豊国の二本立ては、その基礎になった。
九点は、その基礎の部分を見せている。
題の札という枠
続き絵の上部には、題を記した札が描かれることがある。
四角い枠の中に、連作名と題が入る。
これは絵の一部でありながら、説明でもある。
札の形や色も、意匠として整えられる。
短冊型、扇型、瓢型。
版元や連作ごとに、決まった形が使われた。
つまり、いまの表紙や見出しに近い。
札を見れば、どの連作の何枚目かが分かる。
散逸した続き絵を突き合わせるとき、この札が手がかりになる。
小さな枠だが、資料としては大きい。
摺りの状態を見る
九点の紙の状態にも触れておきたい。
色の残り方が、一点ごとに違う。
赤が鮮やかなもの、褪せて茶に寄ったもの。
紙の地が白いもの、黄ばんだもの。
折れ跡や虫食いが見えるものもある。
これは、保管の条件の差である。
続き絵は、折って保管されることが多かった。
だから、折れ目に沿って色が抜けやすい。
美術館の画像でも、その跡は見える。
きれいな一枚ばかりを見ていると、忘れがちな事実である。
落款と印を見る
九点には、いずれも絵師の署名が入る。
豊国画、と読める字である。
その下や横に、朱や墨の印が押される。
さらに、版元の印や改印が入ることもある。
改印は、出版の許可を示す印である。
年号や月を示す印が押される時期もあった。
だから、印を読むと年代が絞れる。
美術館の年代推定にも、この印が使われている。
小さな印一つが、資料としては重い。
九点の隅を、ぜひ確かめてみてほしい。
九点を、順に見る
最後に、見方を提案したい。
九点を、人物の数で並べてみてほしい。
一人、一人、一人、一人。
そして、十人、二十人、三十人。
前半と後半で、まったく違う絵になる。
同じ絵師が、同じ時期に、両方を描いている。
一人を大きく描く技術と、大勢を小さく描く技術。
その二つを持っていることが、この絵師の強みだった。
役者の顔から入って、群像の隅の子どもまで。
九点を続けて見ると、その幅が体で分かる。
一人の絵師の中に、二つの畑がある。
その畝の違いを、目で確かめてほしい。









