画家を知る

役者と女、二つの畑を耕す——歌川豊国

一人を大きく描く役者絵と、大勢を小さく描く三枚続き。歌川派を江戸最大の流派にした絵師は、その両方を並行して手がけた。九点で、仕事の幅を確かめる。一人を大きく描く技術と、大勢を小さく描く技術。その両方が流派の基礎になった。

尾上松助の岩の亡霊、「東海道四谷怪談」より
歌川豊国《尾上松助の岩の亡霊、「東海道四谷怪談」より》メトロポリタン美術館蔵

髪が、下まで垂れている

一枚の役者絵から始めたい。

尾上松助の岩の亡霊、「東海道四谷怪談」より
歌川豊国《尾上松助の岩の亡霊、「東海道四谷怪談」より》1812年。木版多色摺。縦37.5センチ、横25.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルイ・V・ルドゥー寄贈、1927年。歌川豊国《尾上松助の岩の亡霊、「東海道四谷怪談」より》メトロポリタン美術館蔵

女が一人、宙に浮いている。

白い衣が肩から落ち、胸元がはだけている。

髪は解けて、足元まで垂れる。

その髪が、画面の右へ大きく流れる。

腰から下は、細くすぼまって尾のようになる。

足はない。

周囲には、赤い炎のような形が浮かぶ。

顔は青白く、目は落ちくぼむ。

口は半ば開き、歯が見える。

これは幽霊の姿である。

なお、画像の左端には撮影時の濃度見本が写り込んでいる。

作品の一部ではない。

幽霊を、版画で描く

幽霊の絵には、決まりごとがある。

足を描かない。

髪を解いて垂らす。

顔の色を変える。

体の輪郭を、下へ行くほど曖昧にする。

この四つが、江戸の幽霊画の型である。

版画では、この型が特に効く。

輪郭線がはっきりしているぶん、消える部分が目立つ。

腰から下がすぼまっていく描き方は、線の太さを変えるだけで作れる。

彫師の技が、そのまま怖さになる。

描いた人について

作者は歌川豊国である。

初代の豊国を指す。

一七六九年に生まれ、一八二五年に没したとされる。

師は歌川豊春である。

豊春は浮絵、つまり遠近法を取り入れた版画で知られる。

その仕事については当サイトの
遠近法を、浮世絵に入れるで書いた。

豊国は、その弟子として出発した。

そして、歌川派を江戸最大の流派に押し上げた人物である。

弟子には国貞、国芳らがいる。

二つの畑

今回の九点は、二種類に分かれる。

一つは役者絵である。

四点がこれにあたる。

もう一つは、女性や風俗を描いた続き絵である。

五点がこれにあたる。

豊国は、この二つを並行して手がけた。

役者絵で名を上げ、美人画でも数を出した。

どちらか一方の絵師ではない。

九点を並べると、その二本立てが見えてくる。

浮世絵師の仕事の幅を知るには、よい例である。

大首絵の役者

二点目は、顔が大きい。

二代目中村仲蔵の松王丸
歌川豊国《二代目中村仲蔵の松王丸》1796年。木版多色摺。縦38.1センチ、横25.7センチ。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・アイシャム遺産からの寄贈、1914年。歌川豊国《二代目中村仲蔵の松王丸》メトロポリタン美術館蔵

胸から上だけが描かれている。

顔は右を向き、目を大きく見開く。

眉の上と目の脇に、赤い線が引かれている。

隈取である。

歌舞伎の化粧で、荒々しい役に使われる。

髪は大きく張り出し、鬢が横へ突き出る。

衣は赤地に、緑の葉の文様が並ぶ。

胸元には白い衣が見える。

背景は無地で、何も描かれない。

顔と衣の色が、画面をほぼ埋めている。

写楽と同じ時期の仕事

この大首絵の年代に注目したい。

一七九六年とされている。

写楽が活動したのは一七九四年から九五年である。

つまり、その直後にあたる。

同じころ、豊国も大首絵を出していた。

役者の顔を大きく描く型は、当時の流行だった。

一人の絵師の発明ではない。

写楽については当サイトの
十か月で消えた絵師で書いた。

同じ型を、別の絵師がどう使ったか。

見比べると、違いがはっきりする。

崩さない、という選択

写楽と豊国の違いは、崩し方にある。

写楽は、顔の釣り合いを崩す。

目を寄せ、口を曲げ、手を大きくする。

豊国は、崩さない。

顔は端正で、線は整っている。

役者の顔を、美しく整えて見せる。

どちらがよいという話ではない。

売れ行きでいえば、豊国のほうが長く続いた。

崩しすぎない絵のほうが、買い手には受け入れやすい。

これは商品としての判断である。

雨の中に立つ

三点目は、背景が黒い。

大谷友右衛門の斧定九郎、「役者舞台之姿絵」より
歌川豊国《大谷友右衛門の斧定九郎、「役者舞台之姿絵」より》1795年ごろ。木版多色摺。縦37.8センチ、横24.8センチ。メトロポリタン美術館蔵。ヘンリー・L・フィリップス遺贈、1939年。歌川豊国《大谷友右衛門の斧定九郎、「役者舞台之姿絵」より》メトロポリタン美術館蔵

黒一色の背景に、白い斜めの線が無数に走る。

雨である。

その中に、男が一人立っている。

大きな笠をかぶり、蓑を着ている。

腰には刀を差す。

下半身は白く、脛が露わになっている。

右手に長い棒を持つ。

顔は笠の陰にあり、口元だけが見える。

黒地に白い線を引くだけで、雨になる。

版画の単純さが、そのまま効果になっている。

「役者舞台之姿絵」という企画

この一点には、連作の名が記されている。

美術館の記録では、舞台の役者を描いた連作とされる。

一七九〇年代半ばに出された、豊国の代表作である。

全身像で、背景を大胆に処理するのが特徴である。

黒地に雨、あるいは無地の背景。

役者を舞台の上の姿として見せる。

大首絵とは、方向が違う。

顔を大きくするのではなく、姿勢を見せる。

同じ絵師が、同じ時期に両方をやっている。

版元の求めに応じて、型を使い分けていた。

隈取という化粧

役者絵を見るとき、化粧は手がかりになる。

隈取は、役柄の性格を色と線で示す。

赤い線は、勇ましさや正義を示すとされる。

藍の線は、悪役や超自然の存在に使われる。

茶の線は、鬼や妖怪に当てられることがある。

つまり、顔を見れば役の立場が分かる。

版画では、この線がそのまま摺られる。

色版が一枚増えるが、効果は大きい。

観客も、絵の買い手も、その約束を知っていた。

顔の線は、飾りではなく情報である。

版元と絵師の関係

浮世絵は、版元の商品である。

企画を立て、絵師に依頼し、彫師と摺師を手配する。

売れ筋の型があれば、そちらへ寄せる。

絵師の側は、複数の版元と仕事をした。

九点の受け入れ記録を見ると、寄贈者も購入基金もばらばらである。

一九一一年、一四年、二七年、三九年。

四十年近くかけて、館に集まっている。

もとは別々の人の手元にあったものである。

浮世絵は数が多いぶん、散らばりやすい。

集めて並べると、絵師の仕事の幅が見えてくる。