美術史・技法

カーテンを引きたくなる絵——ファン・デル・スペルトとハーネットのだまし絵

だまされるための条件

だまし絵には、成立させるための条件がいくつかある。ひとつずつ確かめておきたい。

第一に、奥行きが浅いこと。深い空間を描くと、そこに入り込めないことが即座に分かってしまう。

第二に、実物大であること。寸法が違えば、脳は絵だと判断する。

第三に、面が平らなこと。壁、扉、板。日常でそこにあるはずの平面と、絵の表面を重ねる。

第四に、光の方向が展示場所と合っていること。窓が左にある部屋なら、絵の中の影も左からの光に従っているのがよい。

条件を並べると分かるが、これは絵画の常識と正面から衝突する。ふつうの絵は奥行きを作り、寸法は自由に決め、光は画面の中で完結させる。

だまし絵は、それらを全部捨てて「その場にあるもの」に化けようとする。だから静物が選ばれやすい。

人物なら動かないことが不自然だが、道具なら動かないのが自然である。壁に掛かった楽器は、いつまでもそこにある。

1888年、扉に掛かったヴァイオリン

二百三十年下って、アメリカの画家がこの遊びを引き継いでいる。

静物——ヴァイオリンと楽譜
緑がかった扉板、錆びた蝶番、掛け金。そこに釘で吊られたヴァイオリンと楽譜、馬蹄、ピッコロ。1888年。ウィリアム・マイケル・ハーネット《静物——ヴァイオリンと楽譜》メトロポリタン美術館蔵

ウィリアム・マイケル・ハーネットの《静物——ヴァイオリンと楽譜》。描かれているのは扉一枚である。

奥行きはほとんどない。ヴァイオリンの厚みと、楽譜の紙の反り。それだけが手前へせり出している。

釘は本物の釘に見えるように、影を伴って描かれている。楽譜の端は折れ、少し垂れ下がっている。

馬蹄は魔除けだろう。掛け金と錠前、小さな名刺。生活の道具が並んでいるだけで、意味を読み解く仕掛けは薄い。

ここでの主題は、意味ではなく皮膚である。木の木目、金属の錆、紙のけば立ち、弦の張り。

素材ごとの表面の違いを、絵具という一種類の材料で描き分ける。だまし絵とは、この翻訳の技術でもある。

錯覚は、どこで壊れるか

だまし絵の効き目には、はっきりした限界がある。動くと壊れる。

一歩横へずれると、絵の中の影の向きと、実際の見え方がずれる。厚みがないことも露見する。

つまりこの種の絵は、特定の一点から見たときにだけ働く。演劇の書き割りと同じ理屈である。

だから作り手は、見る位置を誘導しようとする。目の高さに合わせて掛け、正面から見るように仕向ける。

もうひとつの弱点が、額である。立派な額に入れた瞬間、これは絵ですと宣言してしまう。

そのため、この系統の絵には額を描き込んでしまうものが多い。ハーネットの一枚も、扉の枠がそのまま額の役をしている。

錯覚を守るには、絵であることを示す手掛かりを一つずつ潰していくしかない。だまし絵とは、消去法の技術でもある。

紙を描く、という執念

同じ系統に、もう一つの型がある。手紙や紙片を並べたものである。

板に紐を打ちつけ、そのあいだに手紙、封筒、切符、名刺、新聞の切り抜きを挟む。壁に留めた紙束を写した画面になる。

なぜ紙が好まれたのか。紙は薄いので、奥行きがほとんど出ない。折り目と影だけで存在を示せる。

しかも、書かれた文字がそのまま情報になる。宛名や日付を読ませることで、持ち主の人物像まで匂わせられる。

これは肖像画の代わりでもあった。顔を描かずに、持ち物と書類でその人を表す。

宮廷肖像が記号で身分を語っていたことを別のコラムで書いた。紙のだまし絵は、その庶民版とも言える。

そしてやはり、ここでも紙は古びている。端は折れ、色は褪せ、留め紐は緩んでいる。時間の合図が、必ずどこかに置かれる。

この絵は、どこに掛かっていたか

ハーネットの絵の置かれ方も見ておきたい。十九世紀アメリカのだまし絵は、美術館の作品ではなかった。

主な行き先は、酒場、クラブ、事務所、床屋。男たちが集まって長く座る場所である。

そういう場所では、絵は会話の種になる。「本物に見えるか」を客同士が言い合う。

主題も、その場に合わせて選ばれている。楽器、狩りの道具、パイプ、新聞、手紙。壁に掛かっていて不自然でないものばかりである。

つまりこの絵は、壁に掛かった扉のふりをしている。しかも、掛けられる場所も扉のある建物である。

いま美術館の壁で、額に入って照明を当てられているこの絵は、本来の環境から切り離されている。

芸術として認められることと引き換えに、仕掛けが働かなくなった。だまし絵にとっては、皮肉な出世である。

五ドル札の事件

ハーネットには、だまし絵の腕が招いた事件がある。

1877年、彼は五ドル紙幣を描いた小品を制作した。この絵はニューヨークの酒場に掛けられていた。

1886年、彼は贋金作りの容疑で逮捕される。絵は押収された。

当時のアメリカでは偽札が深刻な問題で、南北戦争のころには流通する紙幣の三分の一が偽物だったとも言われる。当局が神経を尖らせていた時期である。

裁判で判事は、これほど悪事に使える才能を助長すべきではない、という趣旨の訓戒を与えたと伝えられる。

以後、彼が紙幣を描くことはなかった。

この一件は、だまし絵という遊びの際どさをよく示している。だますことに同意していない相手が現れると、遊びは犯罪に近づく。

先ほど「作り手と見る側の契約」と書いた。契約が成立するのは、見る側が絵だと知っている場合だけである。