画家を知る

反対の色を、隣に置く——ファン・ゴッホの補色

青と橙の自画像

自画像
フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》1889年。油彩・画布。縦57.8センチ、横44.5センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《自画像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

自画像である。

背景は青紫で、細い筆が渦を巻いている。

上着も青で、襞に沿って筆が走る。

髪と髭は橙に近い黄で、顔は黄土色と緑灰色である。

つまり青と橙の対比が、画面の骨格になっている。

目は正面を向き、瞳は緑青である。

左手前にパレットの縁と筆が見える。

画家であることを示す道具である。

パレットを持つ自画像の型については
別のコラムで扱った。

模写という学び方

模写についても書いておきたい。

この画家は、他人の作品を写すことを学習の方法として使った。

農民を描いた画家の版画、日本の版画、宗教画。

いずれも構図と線を借り、色は自分で決めている。

つまり写しではなく、置き換えである。

模写は伝統的な訓練の方法だが、色を変える点が独特である。

形を借りて色を実験する。理屈を試す場として使っている。

他人の絵を写す仕事は、洋の東西を問わず広く行われてきた。

版画の世界でも、同じ図が繰り返し写されている。

他人の絵から作った一点

酒を飲む人々
フィンセント・ファン・ゴッホ《酒を飲む人々》1890年。油彩・画布。縦59.4センチ、横73.4センチ。シカゴ美術館蔵。フィンセント・ファン・ゴッホ《酒を飲む人々》シカゴ美術館蔵

四人の人物が、卓を囲んで酒を飲んでいる。

左の二人は黒い山高帽をかぶり、緑と青の外套を着ている。

中央の男は青い服で、杯を口に運ぶ。

右には赤い帽子の若者と、白い帽子の子ども。

背景は淡い青と白の空で、遠くに工場の煙突が見える。

卓は緑で、水差しが置かれている。

この構図は、この画家の考案ではない。

同時代の版画家の作品にもとづく再制作である。

つまり他人の図像を、自分の色で描き直している。

線と構図は借り、色は自分のものにする。

模写ではなく、色による翻訳と言える。

筆の束が、色を分ける

もう一つ、この画家の色の扱いには特徴がある。

色を混ぜずに、隣り合わせて置くことである。

緑の中に青の筆、黄の中に橙の筆。

離れて見ると混ざって見え、近づくと別々の線に見える。

つまり絵具の上では混ぜず、目の中で混ぜている。

この方法だと、色が濁らない。

混色は必ず明度と彩度を落とす。並置ならそれを避けられる。

補色を隣り合わせるとき、この技術がとくに効いてくる。

橙と青を混ぜれば灰色になるが、並べれば互いを強める。

理屈と技術が、ここで結びついている。

見立て——理屈は、道具である

まとめておきたい。

補色の対比は、この画家の絵で繰り返し使われている。

橙と青、黄と紫、赤と緑。

その組み合わせは、理屈として説明できる。

しかし理屈だけでは足りない。

空を黄緑にするか、緑と青でまとめるか。

その判断は、画面ごとに違う。

つまり理屈は選択肢を示すだけで、決めるのは目である。

そして時間が経てば、顔料が褪せて対比が崩れる。

理屈で組んだ絵も、物としての条件から自由ではない。

手紙が残っていることの意味

この画家について、色の意図を語れるのは手紙が残っているからである。

多くの画家は、制作の考えを文章に残していない。

だから作品から推測するしかない。

手紙がある場合、意図と結果を突き合わせられる。

ただし手紙は、その時点の考えを書いたものである。

完成作と食い違うこともある。

言葉と絵の両方を持つ画家では、二つを別に扱う必要がある。

本稿でも、絵から読めることを主に書き、言葉は補助として扱った。

公開分の構成

最後に数を確かめておきたい。

23点のうち、静物と風景が大半を占める。

肖像は自画像と数点にとどまる。

素描は含まれていない。

つまり公開分は油彩に偏っている。

実際にはこの画家は大量の素描を残している。

公開画像だけで仕事の全体を語れない例として、覚えておきたい。

暮らしへ——反対の色を、一つだけ置く

最後に、日常に持ち帰れる話をひとつ。

写真を撮るとき、画面に一つだけ反対の色を入れてみてほしい。

緑の中に赤い一点。青の中に橙の一点。

それだけで、画面が締まる。

橙の果実の前に青い手袋を置いた画家がやっていたのは、これである。

そして、置きすぎないことが重要である。

反対の色が二つ三つ増えると、画面は騒がしくなる。

一つに絞ると、その一点が主役になる。

もう一つ。同じ場面を、色を変えて二度撮ってみるのも面白い。

白熱灯と昼光で、同じ部屋の色が変わる。

色は物の性質ではなく、光との関係で決まる。

補色の理屈も、その関係の上に成り立っている。

そして、画面の中の色を三つに絞ってみてほしい。

三色で組むと、対比の関係がはっきりする。

色数を減らすことは、色を強くする方法でもある。

群として見ると、土地が見える

最後に、見方をまとめておきたい。

23点を制作年で並べると、居場所の移動が色に現れる。

パリの灰色、南フランスの黄と青、北の緑。

理屈としての補色と、土地の光の両方が働いている。

年代順に並べる作業が、その二つを分けて見せてくれる。

公開画像は、そのための道具である。

離れた館の作品を、年代順に並べられる。

実際には各地の美術館に分散している。

移動を追う作業は、公開記録があってはじめて可能になる。

そして、色の印象は書き留めておきたい。

見た色の記憶は、思ったより早く薄れる。

短い言葉でも、次に見るときの比較の基準になる。

記録は、あとから読む自分のために残すものである。

細かく書く必要はない。色の名前を二つ、並べておくだけでよい。

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