皮は、削って直せる——ド・ブレイルズ・クラーナハ・ブガッティほか九点

細身の剣である。
全長97センチ、刀身は80センチある。
重さは396.9グラムしかない。
柄の頭に、丸い飾りがある。
飾りの中に、小さな絵がある。
柄は細長く、樽の形である。
柄にも、楕円の枠がある。
枠の中に、文字らしい形がある。
文字は組み合わされ、模様に近い。
持ち主の頭文字らしい。
館の記録は、それに触れていない。
鍔のところから、細い弓形の護りが出る。
護りは大きく曲がり、柄の頭に届く。
護りにも、楕円の飾りが並ぶ。
刀身は細く、断面が三角である。
三角の断面は、突くための形である。
斬るためには使えない。
刃は、付いていないらしい。
鞘の口の部分だけが、写っている。
全体が金色である。
光を返す面が多く、影が少ない。
写真では、白黒に写っている。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
材料は五つで、最後が犢皮紙である。
金と七宝が飾りで、鋼が刀身である。
木と皮は、鞘と柄のためのものである。
五つのうち二つが、見えない材料になる。
つまり皮は、鞘の中か柄の中にある。
外からは、見えない。
鞘の内側に張れば、刀身を傷めない。
柄に巻けば、手が滑らない。
どちらにせよ、使うための場所にある。
飾りではない。
九点の中で、皮が実用のためだけにあるのは、この一点である。
ほかの八点では、皮は見える面である。
九点のうち、皮が見えないのは、この一点である。
皮が、椅子の座になる
最後の一点で、皮は家具になる。

背の高い丸椅子である。
69.8×61×44センチある。
木は明るい赤褐色である。
左右に、大きな縦の枠が立つ。
枠は、上で二つに割れる。
割れた先は、外へ反る。
枠の中には、細長い楕円の穴がある。
穴の縁は、なめらかに削られている。
脚は、下へ向かって外へ開く。
脚の先には、金色の飾りが付く。
飾りは、獣の足の形である。
爪が三本、前へ出る。
床に接するのは、その爪だけである。
座は平らで、白い。
白い面には、文様がない。
面には、わずかな艶がある。
艶は、皮を磨いたときに出る。
書くための面も、同じように磨かれる。
館の記録では、この丸椅子には記録がない。
しかし、絡み合う卵形の意匠、鋳た金具、螺鈿の象嵌がある。
それが、館の持つある机ときわめて近い様式であるという。
だから、この作り手のある時期の作とし、年代を決められるという。
館の記録は、そう説明している。
材料の欄の二番目に、羊皮紙とある。
座の白い面が、それである。
張ってから、乾かして締める。
乾けば、太鼓の皮のように張る。
そのぶん、座り心地は硬い。
つまり書くための面が、座る面になっている。
書く面に求められるのは、滑らかさと丈夫さである。
座る面に求められるのも、同じ二つである。
求められる性質が重なるので、材料が移る。
九点のうち、皮が体を支えているのは、この一点である。
数えてみると
九点を並べ直す。
写本の葉と断片は、二点である。
版画が一点、素描が一点、細密画が三点。
道具の部品が一点、家具が一点である。
細密画の三点は、それぞれ地が違う。
板に貼った皮、銅板に張った皮、そして枠に嵌めた皮。
描き方より、支え方の差が大きい。
もう一つ数える。
九点のうち、皮に文字が書かれているのは二点である。
聖書の葉と、頭文字の断片。
残る七点では、皮は書くためではなく、描くか支えるために使われている。
描くための七点のうち、四点は手のひらほどの大きさしかない。
小さいものほど、皮が選ばれている。
大きな皮は、一頭から一枚しか取れない。
さらに数える。
九点のうち、皮が別のものに貼られたり張られたりしているのは三点である。
板、銅板、そして椅子の枠。
どれも、皮を平らに保つためである。
皮は、そのままでは丸まる。
枠に張って乾かした形を、覚えているからである。
言えることと、言えないこと
言えるのは、皮が「削って直せる面だ」ということである。
紙は、削れば穴が開く。
皮は、薄く削って書き直せる。
そして折っても割れず、湿気で破れにくい。
だから写本に使われた。
九点のうち二点で、皮は書くための面だった。
残る七点では、削り直す必要がない。
それでも皮が選ばれている。
理由は、丈夫さと滑らかさのほうにある。
言えないのは、紙が普及したら皮が終わったという話である。
版画は、紙が豊かになったあとも皮に刷られた。
細密画は、十七世紀にも十八世紀にも皮に描かれた。
そして二十世紀の椅子にも、皮が張られている。
用途が変わっただけで、材料は続いている。
途切れたのは、書くという役目だけである。
書くための材料が、七百年かけて座る面になった。
最後に、はじめの一葉へ戻る。
余白の下に、小さな姿が描かれている。
本文とは関係のない、遊びの図である。
それが描けるのは、余白があるからである。
余白は、皮を切り整えたときに残った部分である。
九点を数え終えて残るのは、その余白のほうである。
獣の皮には、決まった形がない。
切り整えれば、必ず端が余る。
その端に、本文と関係のない絵が入る。
材料の形が、絵の場所を決めている。
紙なら、四角に漉ける。
余りは、はじめから出ない。
余白の遊びは、皮の時代のものである。
形の定まらない材料が、余白を作った。
そして余白に、絵が入った。
無駄が、場所になっている。
九点の始まりは、その一点だった。









