厚紙に、描く——エドゥアール・ヴュイヤール
境目を、なくす
この画家の絵では、人と背景の境目が曖昧になる。
同じ色調でまとめ、輪郭線を引かない。
離れて見ると、模様の中に人が沈んでいるように見える。
その効果については、模様に沈む人物——エドゥアール・ヴュイヤールで扱った。
厚紙のつや消しの表面は、その効果をいっそう強める。

九点のうち、初期でカンヴァスに描かれた唯一の一点である。
横長の小さな画面である。
左に、黒い衣の人物が立つ。腰に手を当てる。
その手前に、木の椅子がある。背もたれの線が見える。
中央に、明るい黄色の卓がある。上に赤い器が置かれる。
右には、白い上衣の人物が座る。赤い裾が広がる。
背後の壁は淡い褐色で、平らである。
左上には、格子のような模様が見える。窓か壁紙だと思われる。
二人は向き合わない。それぞれ別の方を見る。
二人の距離
この一点では、二人が同じ卓を囲んでいる。
しかし、視線は合わない。会話をしている様子でもない。
題には、会話、と書かれる。館が付けた題かもしれない。
画面から読めるのは、二人が同じ部屋にいるという事実だけである。
その静けさが、この画家の室内画の特徴である。
布と厚紙の差
同じ年に、布と厚紙の両方を使っている。
布は目が粗い。絵具が織り目に引っかかる。
厚紙は平らである。筆の跡がそのまま残る。
九点を見比べると、厚紙の作のほうが筆の跡が細かい。
支持体の性質が、画面の見え方に出ている。

縦長の小さな画面である。
左寄りに、黒い衣の人物が立つ。上体をわずかに前へ倒す。
顔は横を向く。目鼻はほとんど描かれない。
頭には小さな飾りが載る。
手前に、褐色の卓が大きく広がる。画面の下半分を占める。
卓の上に、白い皿がある。黄色い果物が三つほど載る。
その右に、褐色の塊がある。パンか布かは判別できない。
背景の壁は淡い黄土色である。
右上に、丸い形が見える。時計か鏡だと思われる。
卓が、画面を占める
この一点では、卓が画面の下半分を占める。
人物より、家具のほうが面積が大きい。
室内画では、こうした配分がよく起きる。
見えているものを、そのまま画面に入れれば、家具は大きくなる。
人を中心に据えないことが、この画家の選択である。
褐色でまとめる
この一点は、色数が非常に少ない。
黒、褐色、黄土色。それだけである。
明るいのは、皿の白と果物の黄だけである。
その二か所に目が行く。ほかは沈む。
少ない色でまとめる作りは、九点の多くに共通する。

九点で最も小さい一点である。
九点のなかで唯一、人物が描かれない。
画面の下三分の二に、畑が広がる。緑と黄土の帯が斜めに並ぶ。
帯の境目に、細い木が点々と立つ。
左手前には、褐色の壁のような塊がある。
右手前にも、四角い形がある。屋根か塀だと思われる。
上部には、白い雲が大きく盛り上がる。
空は明るい青で、雲の上に見える。
九点のなかで、最も明るい色が使われている。
人のいない画面
九点のうち二点には、人物がいない。
風景の一点と、暖炉の上の花瓶の一点である。
人がいなくても、画面の作り方は変わらない。
色を絞り、境目をぼかし、模様で面を埋める。
人物画と静物画のあいだに、描き方の差がない。
室内と、屋外
九点のうち、屋外の場面は三点である。
風景が一点、庭が一点、浜辺が一点である。
残る六点は、室内か、室内らしい場所である。
この画家は、室内の画家として知られている。九点の比率も、それに合う。
屋外を描くときも、色の作り方は変わらない。

ほぼ正方形の画面である。
上半分は、暗い緑の茂みが覆う。葉が細かく重なる。
その茂みの中に、赤い壁と白い窓枠が見える。
中央には、白い柱のようなものが二本立つ。
下半分は、明るい地面である。白い点が一面に散る。
その地面に、人が三人いる。左の二人は座り、右に子どもが立つ。
中央の人物は灰色の上着で、背中を見せる。
左の人物は帽子をかぶる。
人の輪郭は溶け、地面の模様と混ざる。
正方形に近い画面
九点の縦横の比を見ると、正方形に近いものが二点ある。
一点は縦22.5センチ、横20.9センチ。もう一点は縦54.3センチ、横53.1センチである。
正方形は、上下も左右も強調しない。中心が定まる。
そのぶん、動きは生まれにくい。静かな画面になる。
九点の静けさは、判型の選び方にも支えられている。
光の点
いま見た一点では、地面が白い点で埋まる。
木漏れ日を、点の集まりで表している。
一つずつの点に形はない。密度だけで明るさを作る。
同じ手は、衣の模様にも使われる。
模様と光が、同じ描き方で処理されている。