厚紙に、描く——エドゥアール・ヴュイヤール

縦長の画面である。人物はいない。
中央に、黒い暖炉の上部が横に走る。
その上に、小さな花瓶が置かれる。桃色の花が数輪ある。
暖炉の上には、大きな鏡がある。金色の枠が見える。
鏡には、部屋の奥が映る。壁と額らしい形が並ぶ。
左には、白い扉の枠が縦に立つ。
右下には、白い布を掛けた家具がある。
床と壁は褐色と黄土でまとめられる。
映り込みと実物の区別がつきにくい。
鏡が、部屋を広げる
小さな画面に部屋を描くとき、鏡は便利である。
見えない方向を、鏡の中に映せる。
画面の奥行きが二重になる。狭い画面でも空間が広がる。
九点のうち、鏡が描かれるのはこの一点だけである。
ただし、映っているものの細部は描かれない。色の塊で示される。

九点で圧倒的に大きい一点である。縦は2メートルある。
ほかの八点は、大きくても縦95センチほどである。
画面の下三分の二に、砂浜が広がる。淡い緑と黄でまとめられる。
中央やや右に、赤と白の縞の天幕が立つ。
その手前に、人が二人座る。白い衣である。
左にも人がいる。座って、こちらへ背を向ける。
奥には、低い崖と建物が並ぶ。桃色と灰色である。
上部は空で、灰色と青が混ざる。
全体に色が薄い。絵具が乾いて粉を吹いたように見える。
色が、薄くなる
膠絵具は、乾くと色が薄くなる。
塗ったときより明るく、白っぽくなる。
だから、仕上がりを想像しながら塗らなければならない。
いま見た一点の淡い色は、その性質によるところが大きい。
油彩と同じ顔料でも、溶く材料が違えば見え方が変わる。
大きな装飾のための絵
膠で溶いた絵具は、大きな画面に向く。
乾きが早く、広い面を短時間で塗れる。
軽いので、大きくしても扱いやすい。
こうした絵は、家の壁を飾るために注文されることがあった。
九点の一点だけが、その系統に属している。
二メートルの理由
なぜこの一点だけが大きいのか。
壁の一面を覆う装飾として作られたからだと考えられる。
飾る場所が決まっていれば、寸法もそれに合わせる。
小さな厚紙の絵は、どこにでも掛けられる。大きな装飾はそうはいかない。
用途が、寸法と絵具の両方を決めている。

九点で最も遅い年の一点である。
年配の男が机に向かう。上半身が入る。
髪と髭は白く、頭頂は薄い。眼鏡はかけていない。
上着は褐色で、襟が高い。
膝の上に、白い猫がいる。男の手が猫の背に触れる。
机の上には、大きな本や紙が積み重なる。
右奥の壁は赤く、額に入った絵が何枚も掛かる。
左には白い扉と窓の枠がある。
九点のなかで、顔が最も細かく描かれた一点である。
顔が、描かれる一点
九点のうち、顔の造作がはっきり分かるのはこの一点である。
年齢、表情、視線まで読み取れる。
肖像として注文された絵だと考えられる。
顔を描かない室内画と、顔を描く肖像。同じ画家が両方を作っている。
支持体は同じ厚紙だが、扱いはまったく違う。
厚紙を、板に貼る
この一点の技法の欄には、もう一段の処理が書かれる。
厚紙に描いたものを、板に貼る、とある。
厚紙のままでは、大きな画面は反る。裏から支える必要がある。
貼るのは制作時とは限らない。あとから保存のために行うこともある。
館の記録は、どちらかを書いていない。
部屋の中の絵
この一点の背景には、額に入った絵が何枚も掛かる。
赤い壁に、大小の額が重なるように並ぶ。
絵の中に絵がある。しかも、掛け方まで描かれている。
十九世紀から二十世紀の初めには、こうした掛け方がふつうだった。
いまの美術館の掛け方とは、密度がまったく違う。
額の寸法が、そろわない
九点のうち八点には、額の寸法が記録されている。
奥行きは4.1センチから10.8センチまで幅がある。
最も厚い額は、最も小さい一点に付いている。
小さな絵ほど、額で見せる必要があるのかもしれない。
もっとも、額はあとから付け替えられる。制作当時の姿とは限らない。
家具と、人
九点の室内画を見ると、家具の面積が大きい。
卓、暖炉、扉、椅子。いずれも直線でできている。
人の輪郭は曲線である。直線の中に曲線が置かれる。
その対比が、画面の骨格になっている。
家具を減らせば、人物画になる。増やせば、室内画になる。
二十年の幅
九点の年を並べると、1891年から1912年になる。
初期の四点は、いずれも1891年ごろである。小さく、暗く、人の顔がない。
中期の三点は、1894年から1900年ごろ。屋外と室内が混ざる。
後期の二点は、1907年ごろと1912年である。画面が大きくなる。
小さな厚紙から始まり、壁の装飾と肖像に至る。
一つの館に、九点
九点はすべて、同じ館に所蔵されている。
そのため、記録の書き方がそろっている。額の寸法も、同じ形式で書かれる。
比べるには都合がよい。書式の差を気にしなくてよい。
一方で、この画家の作品の全体像を示しているわけではない。
一つの館が集めた範囲、という条件は忘れないでおきたい。
支持体から読む
この記事では、技法の欄から入った。
厚紙、カンヴァス、膠、板。四つの語の組み合わせが、九点を分けている。
画面の見え方は、その組み合わせで決まる部分が大きい。
つやの有無、色の沈み方、筆の跡の残り方。
技法の欄は、短いが、絵の表面のことを直接に語っている。








