作品を知る

水鳥は、水の上にいない——蒋廷錫・狩野山楽・馬麟ほか九点

鴨も雁も白鳥も鷺も水の鳥である。ところが九点を数えると、泳いでいるのは二点だけだった。三点では器そのものの輪郭になり、一点では台の上に横たわり、一点では遠い山を越える数ミリの点になっている。首の曲線だけが、どの点でも欠かさず描かれていた。

芙蓉と白鷺
蒋廷錫《芙蓉と白鷺》メトロポリタン美術館蔵

芙蓉の下に、白い鳥が一羽立つ

縦に長い絹の画面である。

地の色は、時を経て茶色く沈んでいる。

画面の上半分を、一本の木が占めている。

枝は右から左へ、大きく弧を描いて伸びる。

その枝に、白い花が十いくつ咲いている。

花びらは薄く、中心に淡い紅がさす。

葉は青みを帯びた緑で、掌のように五つに分かれている。

葉脈は一本ずつ、細い線で引かれている。

枝の根元は画面の右下から立ち上がり、細い幹になる。

そして幹の左、画面の下のほうに、鳥が一羽立っている。

白い。

首は短く縮められ、頭が肩に埋まっている。

くちばしは細長く、まっすぐ前を向く。

脚は一本しか見えない。

もう一本は、体の羽の下に隠れている。

背景には何も描かれていない。

水も、岸も、草もない。

鳥は、絹の地の上にそのまま立っている。

芙蓉と白鷺
蒋廷錫《芙蓉と白鷺》1724年。館の記録では、額装の軸・絹本着色。画面は113×60.3センチ。番号は22.92。メトロポリタン美術館蔵。蒋廷錫《芙蓉と白鷺》メトロポリタン美術館蔵

館の記録では、この一幅は1724年の年記を持つ。

清の宮廷で活動した画家の作である。

館の札は「鳥」と「花」の二つ。

つまりこの画面は、花鳥画として登録されている。

白鷺は水鳥である。

しかしここに水はない。

水辺の鳥が、水のない場所に立っている。

画面の高さは113センチ、幅は60.3センチある。

縦に長い絹の上半分を花が占め、下半分に鳥が一羽だけ置かれている。

花と鳥の距離は、実際の庭の距離ではない。

木の枝は画面の上を横切り、鳥はその真下に離れて立つ。

二つのあいだにあるのは、描かれていない絹の面だけである。

この空白が、水にも空気にも読めるように残されている。

館の記録は、この空白について何も書いていない。

書かれているのは、額装された軸であること、絹に墨と彩色であることだけである。

水鳥は、水にいるとは限らない

この一幅を出発点に、水鳥の絵を九点数えていく。

鴨、雁、白鳥、鷺、鵞鳥。

いずれも水の上か、水のそばにいる鳥である。

ところが絵の中では、水から離れたところに現れることが多い。

先に言ってしまうと、九点のうち、水鳥が水の上にいるのは三点である。

三点では、水鳥は器そのものの形になっている。

一点では、獲物として台の上に横たわる。

一点では、空を飛ぶ小さな点になる。

そして一点では、太鼓の音で呼び集められている。

前の回で鶏が鳴く前にものになることを見た。

水鳥の場合は、ものになる前に、遠ざかる。

屏風いっぱいの葦原に、雁が降りる

二点目は、大きな屏風である。

雁
狩野山楽《雁》1500年代末から1600年代初め。館の記録では、六曲一双の屏風・紙本墨画。全体は170.2×371.8センチ。番号は1987.9。クリーヴランド美術館蔵。狩野山楽《》クリーヴランド美術館蔵

墨だけで描かれた屏風が二隻ある。

一隻の幅は371.8センチ、高さは170.2センチある。

画面の下のほうに、水辺の岸が横に長く続く。

岸には葦が生え、細い線で穂が描かれている。

その岸に、雁が何羽もいる。

首を伸ばして立つもの。

体を丸めてうずくまるもの。

くちばしを水に付けているもの。

一羽ずつ姿勢が違う。

空には、飛んでいる数羽がいる。

翼を広げ、斜めに降りてくるところである。

上のほうには、木の枝が垂れ下がる。

枝は薄い墨でぼかされ、奥行きを作っている。

館の記録では、日本で雁の絵は1200年代から水墨画として現れる。

のちには彩色された絵巻の風景にも出てくるという。

そして館は、この二隻について重要なことを書いている。

ここでは水鳥が、古典的な主題にも宗教的な主題にも結び付けられていない。

ただ田園の風景の中に置かれている、と記録は読む。

作者は、当時の京都でもっとも重要な工房を率いた人である。

館の記録は、そう書いている。

つまりこの雁は、何かの意味を負っていない。

葦原にいる鳥として、ただ数多く並べられている。

屏風という形については、屏風の面と面でも扱った。

一隻あたり六つの面に折られているので、雁は面をまたいで並ぶことになる。

折り目のところで、鳥の並びはいったん途切れる。

屏風を立てれば、面ごとに向きが変わり、光の当たり方も変わる。

同じ一群の雁でも、正面から見える面と、斜めに逃げる面ができる。

平らに広げた写真では、その効果は分からない。

分かるのは、371.8センチの幅いっぱいに鳥が散らされていることである。

一羽ずつの大きさは、掌ほどしかない。

その掌ほどの鳥が、二隻に分けて何十羽も置かれている。

数の多さそのものが、この屏風の主題になっている。

遠くの山の上を、雁が渡る

三点目では、雁はさらに小さくなる。

雁の飛ぶ山水
馬麟《雁の飛ぶ山水》1200年代半ば。館の記録では、絹本淡彩の画帖の一葉。画面は25.5×26.5センチ。番号は1952.285。クリーヴランド美術館蔵。馬麟《雁の飛ぶ山水》クリーヴランド美術館蔵

ほぼ正方形の小さな画面である。

一辺は25センチ余りしかない。

画面の左半分は、ほとんど何も描かれていない。

薄い墨がわずかに刷かれているだけである。

右下に、湿った岸が描かれる。

低い草が点々と生え、細い道が折れ曲がって続く。

その道を、人がひとり歩いている。

杖を持ち、体を左へ向けている。

背丈は数ミリしかない。

遠くには、山の稜線が霞んで横たわる。

その山の上に、小さな点がいくつか並んでいる。

雁の列である。

館の記録では、この一葉は要素を右下の前景に集めている。

そして歩く人の杖が、視線の道しるべになるという。

杖の指す先へ目を動かすと、遠い山を越える雁に行き当たる。

記録は、そう読んでいる。

湿った地面に草が点々と生える情景は、江南の春を思わせるとも書く。

そして飛ぶ雁と合わせて、二行の詩が引かれている。

春の郊外では雁が帰ろうとし、冷たい水の下では魚が沈む。

館の記録は、その詩を添えている。

雁は、季節が動いていることを示す点として置かれている。

九点のうち、水鳥がもっとも小さく描かれているのはこの一葉である。

そしてこの一葉には、作者の署名が残っている。

館の記録では、臣馬麟と記されている。

臣という字を頭に置く署名は、宮廷に仕える者の書き方である。

記録はさらに、三つの半印が押されていることも書いている。

元の官印が一つ、明の宮廷の収蔵印が一つ、明の官印が一つ。

いずれも半分だけが紙に残る押し方である。

つまりこの小さな一葉は、雁が渡るあいだに、何度も持ち主を変えている。

画面に描かれた渡りと、紙そのものが渡った道のりが、二重になっている。

ただし、それは記録の行から言えることであって、絵から見えることではない。