作品を知る

水鳥は、水の上にいない——蒋廷錫・狩野山楽・馬麟ほか九点

月の世界で、ガチョウは太鼓で呼ばれる

四点目は、まったく違う場所から来る。

水上の家と、太鼓の音でガチョウを呼び集める新しい方法
フィリッポ・モルゲン《水上の家と、太鼓の音でガチョウを呼び集める新しい方法》1769年ごろ。館の記録では、エッチング。番号は2023.19.10。クリーヴランド美術館蔵。フィリッポ・モルゲン《水上の家と、太鼓の音でガチョウを呼び集める新しい方法》クリーヴランド美術館蔵

水の上に、平たい家が浮かんでいる。

家の屋根は低く、煙突から煙が横になびく。

家の側面には階段が付き、人が立っている。

家の上には、細い柱が何本も立ち、旗のようなものが揺れる。

手前の水面には、鳥が何羽も浮かんでいる。

首を伸ばし、家のほうへ向かっている。

岸には杭が並び、網のような柵が張られている。

左手には、葦のような植物が高く伸びる。

館の記録では、これは月世界への想像上の旅を描いた十枚の連作の一枚である。

18世紀のヨーロッパの人々は、この種の物語に強い関心を持っていたという。

扉と九枚の図で、月に住む人々の暮らしと経済が描かれる。

大きな鳥に乗る移動手段。

巨大なふいごで進む帆船。

野獣を捕らえるための巨大な鋏。

漁船にも住居にもなる巨大なかぼちゃ。

館の記録は、そう列挙している。

この一枚では、太鼓を打ってガチョウを呼び集める方法が示される。

題そのものが、その方法の名になっている。

そして館は、注意すべき一行を添えている。

月の住人の描き方は、アジアやオスマンや南北アメリカの文化への、正確でない想像に基づいている。

当時の装飾美術に広まっていた作り方だという。

つまりこの水鳥は、遠い土地の想像と一緒に描かれている。

そして館は、この連作のもとになった本にも触れている。

月への旅を扱った三冊の本があり、その一つは1640年に出た主教の著作だという。

つまりこの図は、絵の中で発明されたものではない。

書かれた空想を、版画に移した図である。

太鼓の音でガチョウが集まるという発想は、地上の家禽の飼い方から来ているのだろう。

しかし記録はそこまで書いていない。

書いてあるのは、これが月の住人の経済を描いた一枚だということである。

水鳥は、その経済の中で、呼べば集まる資源として扱われている。

水鳥は、器の形になる

ここから、水鳥が生きものでなくなる三点に入る。

鷺形の壺(油容器)
ロバートソン群《鷺形の壺(油容器)》紀元前580年ごろ。館の記録では、陶器。全体は13×5.8センチ。番号は1988.65。クリーヴランド美術館蔵。ロバートソン群《鷺形の壺(油容器)》クリーヴランド美術館蔵

素焼きの小さな壺である。

形が鳥になっている。

胴は丸くふくらみ、そこに翼が浅い彫りで示される。

首は胴から立ち上がり、大きく前へ曲がる。

そして下へ回り込み、くちばしの先が地面に触れそうになる。

首の曲がりは、二度向きを変えている。

上へ、そして前へ。

その曲線が、この壺の輪郭のほとんどを作っている。

体の表面には、細かい刻みが縦横に入る。

刻みの上から、黒い泥が塗られている。

館の記録では、これは香りのついた油を入れる容器である。

紀元前6世紀に、コリントやロドスや小アジアの西岸で作られた。

多くは動物の形をしており、素焼きの上に彩色したものだという。

この一点は、ミレトスの陶工が鷺の形に作った。

首が優雅に曲がり、また逆に曲がって地面に触れそうになっている。

羽は刻みと黒い泥で表されている。

館の記録は、そう書いている。

全体で13センチしかない。

握れる大きさの中に、水鳥の姿勢が一つだけ選ばれて固定されている。

ギリシアの壺の形と用途については、形と用途で扱った。

スワン・サービスの皿
マイセン磁器工房《スワン・サービスの皿》1737年から1741年ごろ。館の記録では、磁器。径42センチ。番号は1951.103。クリーヴランド美術館蔵。マイセン磁器工房《スワン・サービスの皿》クリーヴランド美術館蔵

白い大皿である。

径は42センチある。

縁は波打ち、細かい溝が中心へ向かって放射状に走る。

その溝は、貝殻の筋のようにも、水面の波のようにも見える。

皿の中央には、浮き彫りがある。

白鳥が二羽、首を交差させている。

そのそばに、細い葦と、小さな鳥が一羽。

いずれも白い釉の下に沈み、色が付いていない。

見る角度を変えないと、形が浮かび上がってこない。

縁のいくつかの場所には、小さな花が彩色されている。

上部には、紋章が描かれている。

館の記録では、この一組はマイセンの工場を統括した伯爵のために作られた。

その人が工場を率いたのは1737年から1741年のあいだだったという。

館の記録は、それだけを書いている。

白鳥は、皿の底に沈められた模様である。

料理を盛れば、見えなくなる。

径42センチは、大皿として最大に近い大きさである。

その全面に、色ではなく凹凸だけで水鳥が刻まれている。

白い釉は、光の当たり方によって溝の影を濃くも薄くもする。

つまりこの白鳥は、部屋の明るさによって見え方が変わる。

食卓の蝋燭の下では、首の交差が影として浮かんだはずである。

これは器の構造から言えることで、記録に書かれていることではない。

花瓶
ファイアンス製陶会社《花瓶》1886年から90年。館の記録では、施釉した陶器に上絵の多彩な釉と盛り上げた装飾。高さ44.5センチ。番号は2002.443。メトロポリタン美術館蔵。ファイアンス製陶会社《花瓶》メトロポリタン美術館蔵

白い花瓶である。

胴は下がふくらみ、上へ向かって細くなる。

口の両側に、金色の耳が付いている。

耳は葉が巻いたような形で、内側に細かい模様がある。

胴の中央には、絵が描かれている。

水辺の草のあいだを、鳥が二羽飛んでいる。

一羽は翼を大きく開き、上へ向かう。

もう一羽は、その下で首を伸ばす。

羽の色は茶と金で、盛り上げた装飾によって厚みが出ている。

背後には、細い草と枝が金で描かれる。

館の札は「鴨」の一語である。

高さは44.5センチある。

つまりこの鴨は、人の腕ほどの高さの器の腹に貼り付いている。

飛んでいるのに、どこへも行かない。

技法の欄は長い。

施釉した陶器に、上絵の多彩な釉を焼き付け、さらに盛り上げた装飾を加える。

三つの工程が一つの器に重なっている。

盛り上げた装飾は、指で触れば段差が分かる程度の厚みを持つ。

鴨の羽だけが、器の表面から浮き上がっていることになる。

絵として描かれた鳥が、わずかに立体へ戻りかけている。