織るは、交差させること——歌麿・モリス・アルマ=タデマほか九点

四角い布である。
全体は87×90.5センチある。
ほぼ正方形である。
地は見えない。
文様が、面をすべて覆う。
中央に、大きな花がある。
花は桃色で、幾重にも重なる。
そのまわりに、細長い花が伸びる。
花は五つに割れ、先が反り返る。
すいかずらの花である。
葉は青灰色で、縁が波打つ。
葉は互いに重なり、隙間を埋める。
背後には、暗い赤の茎が絡む。
茎は渦を巻き、上下へ伸びる。
文様は左右対称である。
中央の線を挟んで、鏡のように向き合う。
館の記録では、この作者の娘は、この文様を作者の文様作りのうち最も作者らしいと呼んだ。
最も謎めいて詩的で、庭の茂みそのものだという。
そして館は、寸法について書いている。
この時代のこの作者の布の多くと同じく、この文様は鏡像である。
繰り返しの単位は高さ約75センチ、幅約88センチある。
この繰り返しは異例に広く、機の幅のほとんどを占めていたという。
作者は、大きな文様のほうが目に休まると考えていた。
小さな部屋を飾るときでも、そうだという。
館の記録は、そう説明している。
つまり文様の大きさは、機の幅で決まる。
織る道具が、描く図の寸法を決めている。
機の幅より広い文様は、作れない。
作れば、継ぎ目が入る。
だから繰り返しの単位に、上限がある。
九点のうち、機の幅が記録に書かれているのは、この一点である。
花を編む手
五点目では、編む対象が変わる。

小さな板絵である。
全体は26.7×20.3センチしかない。
画面の右に、若い女性が座る。
体は左を向く。
顔はやや下を向き、手元を見る。
頭には、つばの広い帽子をかぶる。
帽子は灰青で、平たい。
髪は後ろでまとめられる。
上着は明るい黄褐色である。
袖は膨らみ、肘で絞られる。
胸元には、赤い布が掛かる。
膝の上には、橙の布が広がる。
布は厚く、大きな襞を作る。
両手は膝の上にある。
右手に、細い輪を持つ。
輪には、小さな花が付いている。
花は白と赤と青である。
左手は、その輪に添えられる。
背後には、石の柱がある。
柱の上に、小さな像が載る。
その上には、葉の茂る枝が垂れる。
背景は暗く、右下だけが明るい。
館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。
つまり、この人が誰かは分からない。
題にある編むという語は、布の織りと同じ語である。
花を輪にすることも、糸を交差させることも、同じ動詞で言う。
九点のうち、編む対象が花なのは、この一点で二点のうちの一点目である。
花の輪は、糸の布より早くできる。
しかし、早く枯れる。
作る時間と、残る時間が逆になっている。
花輪を編みながら、話さない
六点目も、花を編んでいる。

横長の板絵である。
額なしで39×64.3センチある。
画面の右に、寝台がある。
寝台の上に、若い男が横たわる。
体は左を向き、肘をつく。
顔は正面を向く。
髪は赤みのある褐色である。
衣は白く、肩から胸へ流れる。
寝台には、黄土色の布が掛かる。
その手前の床に、女が座る。
女は灰紫の衣を着る。
顔は下を向き、目は開いていない。
膝の上に、赤い花がある。
両手は花に触れる。
輪を作っているところである。
床は板で、横に線が走る。
背景の壁には、大きな板がある。
板には、装飾の文様がある。
左の隅には、白い石の像がある。
館の記録では、これは大衆的な歴史小説の場面である。
盲目の召使いが、慕う主人への贈り物として薔薇の花輪を編んでいる。
そして、その思いを口にすることを拒んでいるという。
さらに館は、この時代の好みについて書いている。
古代への関心に応えて、この画家は歴史の場面を古代の壁画や彫像で埋めた。
館の記録は、そう説明している。
つまり編むことは、話さないことと対になっている。
手は動き、口は動かない。
九点のうち、編むことが沈黙と結びつくのは、この一点である。
花輪は、まだ完成していない。
輪の一部が、まだ開いている。
閉じれば、渡すことになる。
渡さないために、編み続けているようにも見える。
織る者が、星の川にいる
七点目では、織る者は神話の名である。

銀の器である。
全体は16センチしかない。
形は、中の空いた木の幹である。
幹は横たわり、片端が上へ跳ね上がる。
跳ね上がった先は、細く裂ける。
裂けた部分は、枝のようである。
表面には、木の皮の筋が刻まれる。
筋は縦に走り、うねる。
幹の中ほどに、くぼみがある。
くぼみは椀になっている。
そこに、人が座る。
人は上を向く。
片手を上げ、額に当てる。
もう一方の手に、平たい板を持つ。
衣は袖が広く、風になびく。
髪は頭の上でまとめられる。
館の記録では、星を見ているこの人物は、ある使者だと考えられている。
伝説では、その人は天の川で道を失った。
そこで織る女に出会い、機の石をもらったという。
そして、この人物が持つ板には、機の石と刻まれている。
館の記録は、そう説明している。
さらに館は、この銀細工師について書いている。
名の分かる数少ない銀細工師の一人である。
その銀器は好まれ、競争相手や追随者が商標のように名を使ったという。
つまり織る者は、画面に描かれていない。
描かれているのは、その人からもらった石だけである。
石は平たく、手のひらに収まる。
そこに二字が刻まれている。
機の石という意味である。
つまり織ることの証拠が、物として残っている。
銀という金属については、銀は、量られるで扱った。