暮らしと名画

婚礼の絵に、式はない——デクルティ・湖龍斎・サージェントほか九点

婚礼を扱った九点を数えると、式そのものを描いた絵は一点だけだった。残りは見合いであり、贈り物であり、衣装箱の板である。相手が両方描かれるのも二点だけで、花嫁だけの絵が三点、花婿だけの絵は一点もなかった。

村の婚礼
シャルル=メルシオール・デクルティ《村の婚礼》クリーヴランド美術館蔵

天幕の下で、村の婚礼がある

多色の版画である。

村の婚礼
シャルル=メルシオール・デクルティ《村の婚礼》1785年。館の記録では、ラヴィ手法の多色エングレーヴィングとエッチング。紙は36.7×27.6センチ。番号は1939.166。クリーヴランド美術館蔵。シャルル=メルシオール・デクルティ《村の婚礼》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は36.7×27.6センチある。

絵の部分は、その内側にある。

下には、文字が刷られる。

画面の上のほうに、木がある。

木は大きく、葉が茂る。

空は淡い青灰色である。

画面の中央に、天幕がある。

天幕は褐色の布である。

太い柱が、それを支える。

布は斜めに張られる。

その下に、人が集まる。

二十人以上いる。

服は青、赤、白である。

中央に、白い服の人がいる。

いちばん明るく描かれる。

その人が、花嫁だろう。

隣に、男が立つ。

二人の周りを、人が囲む。

座っている人もいる。

子どもは、地面で遊ぶ。

右のほうに、卓がある。

卓の上に、器が並ぶ。

左には、楽器を持つ人がいる。

館の記録では、この技法は道具の跡を残さない。

黄、赤、青、臙脂、黒を重ねる。

その重ねで、色の階調を作るという。

五色しか使っていないことになる。

それでも、天幕の褐色から空の青まで出る。

重ねる順序が、色を決める。

版は、色の数だけ必要になる。

同じ紙を、五回刷ることになる。

位置がずれれば、輪郭が二重になる。

この一枚では、ずれが見えない。

下の文字も見ておきたい。

館の記録では、題と、関わった人の名が入る。

版画は、注文して売るものだった。

村の婚礼という主題は、当時よく売れた。

都市の人が、田舎の祝いを見る絵である。

描かれた人と、買う人は別である。

婚礼は、九つの場所に現れる

このコラムでは、婚礼の絵を九点並べる。

九点は、館も年代も技法も違う。

版画があり、写真があり、油彩があり、磁器がある。

板絵があり、陶の破片もある。

共通するのは、館の記録に婚礼か結婚の語があることだけである。

数えるのは、式そのものが描かれているかどうかである。

四人が並んで、こちらを見る

二点目は、写真である。

花嫁と介添えの娘たち
ジョサイア・ジョンソン・ホーズ《花嫁と介添えの娘たち》1851年かそれ以降。館の記録では、全紙のダゲレオタイプ。画面は19.9×14.8センチ。番号は1999.171。クリーヴランド美術館蔵。ジョサイア・ジョンソン・ホーズ《花嫁と介添えの娘たち》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

画面は19.9×14.8センチある。

画面の角は、丸く落とされる。

全体は灰色である。

銀の板に写された像である。

背景に、暗い幕が下がる。

左のほうは、明るい灰色である。

画面に、四人の女が並ぶ。

四人とも、白い服を着る。

裾は大きく広がる。

布は光を返す。

中央より右の一人は、頭に薄い布をかぶる。

布は、肩まで垂れる。

この一人が、花嫁である。

ほかの三人は、髪に花を挿す。

四人とも、こちらを見ている。

顔は動かない。

口は結ばれる。

手は、体の前で重ねられる。

館の記録では、これは当時いちばん高価な撮り方である。

一枚の板に、覆いをずらして何度も写す。

その仕掛けは、特許にもなっていた。

館は、そう説明している。

二人の写真家が、組んで工房を営んだ。

一人は薬種商、一人は大工だったという。

街の裕福な人たちが、客だった。

館の記録では、天窓も自分たちで作った。

強く均一な光を得るためである。

さらに、銀の層を厚くする工夫もした。

像の輝きと、磨きを上げるためだという。

館は、そこまで書いている。

ダゲレオタイプは、一枚しかできない。

複製は作れない。

この四人の像も、世界に一枚である。

左右も、実際とは反転している。

白い衣が、光を返す

三点目は、油彩である。

花嫁
アボット・ハンダーソン・セイヤー《花嫁》1895年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。53.3×43.4センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。アボット・ハンダーソン・セイヤー《花嫁》スミソニアン協会蔵

縦長の画面である。

53.3×43.4センチある。

背景は、淡い褐色である。

塗り残しが多い。

下地の色が、そのまま見える。

画面の中央に、女が立つ。

体は、やや斜めを向く。

顔は横向きである。

髪は明るい褐色である。

頭に、薄い布をかぶる。

布は長く、背に垂れる。

衣は白い。

袖は膨らむ。

胸のあたりに、細かい襞がある。

裾は床まで広がる。

白は、何度も塗り重ねられる。

筆の跡が、そのまま残る。

腕は下がる。

右手は、前へ出る。

手には、何かを持っているらしい。

形ははっきりしない。

足元は、描かれていない。

輪郭が、途中で消える。

未完成のようにも見える。

館の記録には、制作年しかない。

誰の婚礼かは、書かれていない。

題は、ただ花嫁である。

固有の名を持たない。

つまり、これは誰かの肖像ではない。

花嫁という姿そのものを描いている。

白の塗り方を、もう一度見る。

白は、単色ではない。

影の部分に、青と灰が混じる。

光の部分には、黄が入る。

近くで見れば、白ではない。

離れて見ると、白い衣に見える。

背景を塗り残したのは、そのためだろう。

褐色の地が、白をいっそう白く見せる。

対比だけで、明るさが作られている。

婚礼の贈り物として描かれる

四点目は、大きな肖像である。

リサ・コルト・カーティスの肖像
ジョン・シンガー・サージェント《リサ・コルト・カーティスの肖像》1898年。館の記録では、油彩・カンヴァス。額なしで219.3×104.8センチ。番号は1998.168。クリーヴランド美術館蔵。ジョン・シンガー・サージェント《リサ・コルト・カーティスの肖像》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

額なしで219.3×104.8センチある。

人の背丈より高い。

背景は暗い。

左に、太い柱がある。

右にも、暗い緑の布がある。

上には、装飾の影が見える。

画面の中央に、女が立つ。

体は正面を向く。

顔は、こちらを見る。

髪は上でまとめられる。

衣は淡い灰白である。

繻子で、光沢がある。

肩は出ている。

袖は短い。

裾は長く、床に広がる。

腰は細く絞られる。

右手は、下がる。

左手は、体の前にある。

背後の卓に、器が置かれる。

館の記録では、この人は最近結婚したところだった。

そして、この絵は婚礼の贈り物だったという。

右上に、献辞が書かれている。

夫と本人に宛てた言葉である。

婚礼の場面は、描かれていない。

描かれるのは、その後の暮らしである。

館の記録では、この人はある都市の館に住んだ。

絵の中の姿は、客を迎える構えだという。

館は、そう説明している。

背景の柱も、その館のものだろう。

画面が縦に長いのは、そのためでもある。

人の背丈より高い絵は、壁に掛けて見る。

見上げる位置に、顔が来る。

衣の裾は、床のあたりに来る。

実物大に近い像になる。

館の記録では、この画家は当時最も求められた。

海の両側の社交界を描いたという。

この一点も、その仕事の一つである。

縁側で、見合いをする

五点目は、版画である。

見合い
磯田湖龍斎《見合い》1770年ごろ。館の記録では、木版・紙。25.4×22.5センチ。番号はJP886。メトロポリタン美術館蔵。磯田湖龍斎《見合い》メトロポリタン美術館蔵

縦長の紙である。

25.4×22.5センチある。

画面は、店の内と外である。

右に、赤い柱と欄干がある。

奥に、簾のようなものが下がる。

上のほうに、看板がある。

看板には、文字が書かれる。

画面の上に、三人が立つ。

女が二人、男が一人である。

女は肩を寄せる。

男は、その隣に立つ。

顔は、女のほうを向く。

画面の下に、三人が座る。

板の間に、直に座る。

一人は、こちらへ背を向ける。

一人は、横を向く。

一人は、下を向く。

床に、小さな器が置かれる。

湯呑らしい。

館の記録では、題は結婚を考えて会うことである。

つまり、これは婚礼の前である。

式でも、祝いでもない。

見て、確かめる場面である。

画面の作りを見ておきたい。

上と下で、人の集まりが分かれる。

上は立ち、下は座る。

立つ三人は、外に近い。

座る三人は、内側にいる。

見る側と、見られる側だろう。

どちらがどちらかは、絵からは決めにくい。

館の記録も、そこには触れていない。

書かれているのは、題だけである。

看板の文字も、記録には訳されない。

店の名かもしれない。

湯呑が置かれているので、茶が出ている。

改まった席ではあるが、式ではない。

幼子が、指に輪をはめる

六点目は、板に描かれた油彩である。

聖カタリナの神秘の結婚を伴う聖家族
トンマーゾ・マンズオーリ(マーゾ・ダ・サン・フリアーノ)《聖カタリナの神秘の結婚を伴う聖家族》1560年ごろ。館の記録では、油彩・板。画面は148×103センチ。番号は2019.168。クリーヴランド美術館蔵。トンマーゾ・マンズオーリ(マーゾ・ダ・サン・フリアーノ)《聖カタリナの神秘の結婚を伴う聖家族》クリーヴランド美術館蔵

縦長の画面である。

画面は148×103センチある。

背景は暗い。

奥に、緑の葉と柱が見える。

画面の中央に、女が座る。

女は赤い衣に、青い布を掛ける。

顔は下を向く。

その膝に、幼子がいる。

幼子は裸である。

体をひねる。

右腕を、前へ伸ばす。

その手が、別の女の手に触れる。

左の女は、若い。

袖は白く、膨らむ。

指を、幼子のほうへ差し出す。

館の記録では、指に輪がはめられる。

これが、神秘の結婚と呼ばれる場面である。

館は、それは象徴だと書く。

実際の婚礼ではない。

右の奥に、年配の男がいる。

顔には、深い皺がある。

館の記録では、この顔だけが写実的である。

画家の知る人の顔かもしれないという。

手前には、もう一人の子がいる。

その子は、床に座る。

背を向け、こちらへ顔を向ける。

手には、細い棒のようなものがある。

画面の中で、いちばん動きが大きい。

館の記録では、この聖女には印がある。

通例は、棘のある輪と一緒に描かれる。

この絵では、手の下にわずかに見えるという。

言われなければ、気づかない。

館は、そこまで書いている。

顔の描き分けも見ておきたい。

女と子の顔は、なめらかで整う。

年配の男の顔だけが、皺まで描かれる。

同じ画面に、二つの描き方がある。

磁器の像が、鳥籠を持つ

七点目は、燭台である。

自由と結婚の寓意像を表す燭台一対
ダービー磁器製作所《自由と結婚の寓意像を表す燭台一対》1775年ごろ。館の記録では、軟質磁器。一方は31.1×25.7×15.6センチ、他方は32.4×25.6×14.2センチ。番号は1917.627。クリーヴランド美術館蔵。ダービー磁器製作所《自由と結婚の寓意像を表す燭台一対》クリーヴランド美術館蔵

二つで一組の像である。

高さは、いずれも30センチを超える。

白い磁器である。

金と、赤と、緑が置かれる。

台は、渦を巻いた形である。

その上に、人が座る。

背後に、木の枝が立ち上がる。

枝には、細かい葉と花が付く。

葉は緑、花は白である。

枝の左右に、燭台の受けがある。

受けは二つずつある。

一方の像は、男である。

羊飼いの姿をする。

そばに、犬がいる。

伸ばした腕に、鳥がとまる。

鳥は、籠に入っていない。

館の記録では、これは自由を表すという。

もう一方の像は、女である。

手に、鳥籠を持つ。

籠の中に、鳥がいる。

足元に、羊が休む。

女の手は、その羊を指す。

館の記録では、これが結婚を表すという。

自由と結婚が、一対で並べられている。

鳥が、その対比を担う。

一方の鳥は、腕にとまる。

もう一方の鳥は、籠の中にいる。

同じ鳥が、二つの状態で置かれる。

館の記録は、それを寓意と呼ぶ。

羊も、その対比の一部だろう。

休む羊は、留まることを示す。

犬は、連れて歩くものである。

細部が、それぞれ意味を持つ。

館の記録では、背後の枝の形にも由来がある。

当時の舞台装置の東屋を思わせるという。

燭台なので、蝋燭が立つ。

火を灯せば、枝の影が壁に落ちる。

婚礼の箱に、競馬が描かれる

八点目は、家具の板である。

カッソーネの板絵、フィレンツェの街路のパリオ競馬
ジョヴァンニ・フランチェスコ・トスカーニ《カッソーネの板絵、フィレンツェの街路のパリオ競馬》1418年。館の記録では、テンペラと金・板。額なしで42.1×139.5センチ。クリーヴランド美術館蔵。番号は1916.801。ジョヴァンニ・フランチェスコ・トスカーニ《カッソーネの板絵、フィレンツェの街路のパリオ競馬》クリーヴランド美術館蔵

とても横に長い板である。

額なしで42.1×139.5センチある。

高さの三倍以上の幅がある。

地は、金と赤褐色である。

画面の上に、建物が並ぶ。

建物は白く、窓が規則正しい。

窓には、赤い布が下がる。

人が、そこから顔を出す。

画面の下は、街路である。

街路を、馬が走る。

馬は五、六頭いる。

背に、人が乗る。

人は前へ屈む。

左のほうに、群衆がいる。

服は赤と青である。

旗を持つ人もいる。

館の記録では、これは競馬の終わりの場面である。

ある祭の日に行われた競馬だという。

そして、この板は箱の一面だった。

箱は、衣類を入れる家具である。

婚礼のときに作られることが多かった。

館の記録では、二つの家の婚礼を記念している。

婚礼そのものは、描かれていない。

館の記録では、この箱には対の板があった。

もう一枚は、別の町の館にある。

そちらには、競馬の前の行列が描かれる。

二枚で、一日の前後が揃うことになる。

館は、そう説明している。

こうした箱は、対で作られることも多かった。

家に置く家具の中でも、重い部類である。

表面には、金の縁飾りが付く。

描かれるのは、婚礼の頃の出来事である。

覚えておくべき日を、家具に残す。

館の記録では、二つの家の名も分かっている。

年も、1418年と特定されている。

一センチの破片が、婚礼かもしれない

九点目は、陶の破片である。

パナテナイア型黒絵式頸部アンフォラ(貯蔵器)の断片 竪琴を持つアポロン
アンティメネスの画家《パナテナイア型黒絵式頸部アンフォラの断片 竪琴を持つアポロン》前520年ごろ。館の記録では、陶。全体は1.1×0.8センチ。番号は1915.533.f。クリーヴランド美術館蔵。アンティメネスの画家《パナテナイア型黒絵式頸部アンフォラ(貯蔵器)の断片 竪琴を持つアポロン》クリーヴランド美術館蔵

きわめて小さな破片である。

館の記録では、全体は1.1×0.8センチしかない。

爪ほどの大きさである。

館の写真は、大きく拡大されている。

地は、明るい赤褐色である。

その上に、黒で形が描かれる。

見えるのは、人の頭である。

横向きで、髪が細かい。

顎の線が、はっきりしている。

その手前に、線の束がある。

竪琴の弦である。

館の記録では、これはアポロンだという。

竪琴を弾いている。

破片の端には、別の形も残る。

馬の鬣らしい線がある。

手綱の一部も見える。

館の記録では、戦車の行列かもしれないという。

そして、こう続ける。

それは、ある神々の婚礼の行列かもしれない。

館は、そこまでしか書かない。

婚礼かどうかは、確かめられない。

九点のうち、いちばん小さい一点である。

館の記録では、この壺の破片は二つ残る。

どちらにも、同じ神が描かれているという。

残った部分が、たまたま重なった。

壺の全体は、失われている。

形も、高さも分からない。

分かるのは、種類だけである。

館の記録では、ある祭の壺の形だという。

主題については、こう書かれる。

これだけしか残らないので、確かではない。

館は、断定を避けている。

記録が「かもしれない」と書くのは、正直さである。

1センチの破片から、婚礼の行列を想像する。

その想像の幅が、そのまま記録に残っている。

数えてみると

九点を並べ直す。

婚礼の式が描かれているのは、一点だけである。

天幕の下の村の婚礼である。

花嫁の姿が描かれるのは、三点である。

村の花嫁、写真の花嫁、白い衣の花嫁である。

婚礼の前を描くのが、一点である。

見合いの場面である。

象徴としての結婚が、二点ある。

指輪をはめる場面と、鳥籠を持つ像である。

婚礼の品として作られたのが、二点である。

肖像の贈り物と、衣装箱の板である。

そして、婚礼かどうか分からないのが一点である。

もう一つ数える。

婚礼の相手が両方描かれるのは、二点である。

村の婚礼と、寓意の一対だけである。

残る七点では、片方しかいない。

さらに数える。

白い衣が描かれるのは、三点である。

いずれも十九世紀の作である。

それ以前の四点では、白い衣は出てこない。

村の婚礼の一点だけが、白に近い。

白を婚礼の色とするのは、新しい習慣である。

技法でも数える。

油彩が三点、版画が二点である。

写真が一点、磁器が一点、陶が一点、板絵が一点である。

年でも並べる。

紀元前が一点、十五世紀が一点である。

十六世紀が一点、十八世紀が三点、十九世紀が三点である。

肖像については、向かい合う二枚の肖像で扱った。

言えることと、言えないこと

言えるのは、婚礼の絵が式を描かないということである。

九点のうち、式は一点だけだった。

残りは、前か、後か、品物である。

見合いがあり、贈り物があり、箱があった。

婚礼は、絵の外で行われている。

絵に残るのは、その周りのものばかりである。

理由は、たぶん単純である。

式の日に、絵を描く人はいない。

言えないのは、婚礼の絵が二人の絵だという話である。

九点のうち、相手が両方いるのは二点だけだった。

七点では、片方しか描かれない。

花嫁だけの絵が、三点ある。

花婿だけの絵は、一点もない。

婚礼の絵は、多くが花嫁の絵である。

白い衣については、画面のなかの白で扱った。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

村の婚礼では、白い服の人がいちばん明るかった。

周りの二十人は、色の中に沈む。

明るさが、その日の主役を示している。

九点を数え終えて残るのは、その明るさである。

婚礼の絵は、一人を明るくするための絵でもある。

写真でも、白い布をかぶる一人が中心にいた。

油彩でも、白が塗り重ねられていた。

明るくする方法は、時代で変わらない。

変わったのは、その白の意味だけである。

九点は、それを並べて示していた。

式そのものを描かなくても、婚礼の絵にはなる。

必要なのは、明るい一人だけである。

残りは、囲む人と、置かれた品でよい。

九点のうち八点が、その形をとっていた。

描かれなかった式は、絵の外で続いている。

絵は、その前後だけを引き受けている。

引き受けた場所に、白い衣が置かれる。

置かれた白が、その日の代わりになる。

九点は、その代わりを並べたものである。

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