作品を知る

冬の絵は、よく動いている——グリフィア・タサール・バーチフィールドほか九点

冬の絵を九点数えると、じっとしている人は薪にもたれた母子だけだった。氷の上を滑り、鶏に餌をやり、枝を拾い、雪の街を行き交う。暖炉も炬燵も一点も描かれず、寒さをしのぐ場面はほとんど画面の外に置かれている。

冬の風景
ヤン・グリフィア《冬の風景》クリーヴランド美術館蔵

凍った水の上に、人が出ている

小さな絵である。

画面の下半分に、白い氷が広がっている。

その上に、小さな人影が点々と散らばっている。

滑る人、身をかがめる人、こちらへ歩いてくる人。

右手には、塔のある建物と、赤い屋根の家々。

左には、雪をかぶった土手と、細い木が数本。

木の枝は、葉を落として黒い線になっている。

空は灰色で、雲の切れ間だけがわずかに明るい。

遠くの地平は、白くかすんでいる。

冬の風景
ヤン・グリフィア《冬の風景》1680年から1718年ごろ。館の記録では、銅板に油彩、板に貼る。額なしで19.6×29センチ。番号は2008.287。クリーヴランド美術館蔵。ヤン・グリフィア《冬の風景》クリーヴランド美術館蔵

支持体は、銅の板である。

木でも布でもない。

金属の平らな面に描くと、絵の具の粒が沈まず、細部が鋭く出る。

だから小さな画面でも、豆粒の人の動きまで描き分けられる。

館の記録は、この絵について正直に迷いを書いている。

作者をグリフィアとする帰属を、疑う研究者が何人もいるという。

理由は二つある。

この画家は、ふつう銅板には描かなかった。

そして、主に狩りの場面を描く人だった。

もとになった版画があるのかもしれないが、その版はまだ見つかっていないとある。

つまり、誰が描いたのかも、何を写したのかも、はっきりしない。

はっきりしているのは、氷の上に人が出ていることだけである。

来歴の欄は、そのぶん詳しい。

1967年に収集家が画商から買い、その遺贈で2008年に館へ入った。

作者の名は揺れているのに、持ち主の名は確かに残っている。

絵の身元より、売り買いの記録のほうが正確に残る。

これは、九点のいくつかにも共通していた。

さて、冬は寒い。

だが絵の中の冬は、閉じこもってばかりではない。

滑り、歩き、餌をやり、薪を集める。

雪をどう白く作るかは、降っている雪は一点もないと数えた回で確かめた。

ここで数えたいのは、その先である。

絵の中の人は、冬をどう過ごしているのか。

九点を並べて、冬の暮らしを数えてみたい。

雪の農場で、鶏に餌をやる

二点目は、雪の農場である。

冬のニューイングランドの農場
アメリカ、19世紀(作者不詳)《冬のニューイングランドの農場》1850年かそれ以後。館の記録では、油彩・カンヴァス。59.7×97.8センチ。番号は1953.5.87。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。アメリカ、19世紀(作者不詳)《冬のニューイングランドの農場》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横に広い画面である。

左に納屋、右に母屋が並んでいる。

屋根には、雪が厚く積もっている。

真ん中には、雪をかぶった大きな干し草の塚がある。

前庭には、鶏が十数羽、地面をつついている。

その中に、赤い上着の人が立っている。

籠を手にして、腰をかがめている。

餌をまいているところらしい。

犬が一匹、家の角から出てくる。

裸の木が二本、灰色の空へ枝を広げている。

雪は、青みを帯びた白で塗られている。

館の記録は、作者と題と年と寸法だけの短いものである。

作者の欄には、アメリカ、19世紀、とだけある。

名前が残らなかった画家が、農場の一日を写した。

この絵で分かるのは、冬でも仕事が止まらないことである。

家畜には毎日餌が要る。

雪が降ろうが、鶏は腹を空かせる。

畑の仕事は止まっても、生き物の世話は止まらない。

だから冬の農場の絵には、たいてい餌をやる人が描かれる。

そして、干し草の塚がある。

夏のうちに刈っておいたものを、冬に少しずつ崩して使う。

冬の暮らしは、前の季節の蓄えの上に成り立っている。

塚の上にも、雪が丸く積もっている。

刈った草に雪がのり、その下で草はまだ乾いている。

雪は屋根の役もしている。

寸法は59.7×97.8センチ。

農場の絵としては、ゆったりした横幅である。

この絵も、収集家夫妻の寄贈で館へ入った。

名前の残らない画家の絵を集めた人たちの、その名前は残っている。

冬は、薪を集める季節でもある

三点目は、小さくて重い絵である。

冬の貧しい母子
オクターヴ・タサール《冬の貧しい母子》1850年ごろ。館の記録では、油彩・カンヴァス。額を含めて33×25センチ。番号は2013.257。クリーヴランド美術館蔵。オクターヴ・タサール《冬の貧しい母子》クリーヴランド美術館蔵

石の壁の前に、女が座り込んでいる。

背をあずけているのは、積み上げた細い枝の束である。

膝の上には、白い布に包まれた赤子がいる。

女は顔を上に向け、目を細く開けている。

足元にも枝が散らばり、地面は白い。

服は厚いが、擦り切れている。

背景の壁は暗く、上のほうだけが雪で白い。

館の記録では、タサールは19世紀半ばのフランスの代表的な画家の一人だった。

打ちひしがれた働き手、困窮した母親、身よりのない子どもを描いたという。

社会の不公正に目を向けたことが、見る人の共感を呼んだと記録は書く。

そして記録は、この場面の中身を説明する。

雪の中で、母が赤子とともに屋外で休んでいる。

背をあずけているのは、集めた枝の山である。

貧しい人々は小さな木片を拾い集め、それを売った。

暖炉や竈で燃やすための薪である。

つまりこの絵の冬は、暖を取るための仕事の冬である。

寒さそのものが、生活の手段になっている。

豆知識の欄には、この画家が作家たちにも敬われたとある。

高名な小説家の本のために、挿絵も描いたという。

額を含めて33×25センチ。

手のひらより少し大きい程度の、小さな絵である。

小さな画面が、いちばん重い主題を持っている。

寒さは、絵の中で二通りに働く。

一つは、風景を美しくする白として。

もう一つは、人を追い詰めるものとして。

九点のうち、後者はこの一点だけである。

同じ雪が、絵によって役目を替える。