作品を知る

羊毛と麻は、裏に回る——ウィルキー・グロ・ヴュイヤールほか九点

羊毛が、騎士団の名になる

八点目では、羊毛は名前である。

金羊毛騎士団の騎士
ジャン・ペレアルに帰せられる《金羊毛騎士団の騎士》1495年ごろ。館の記録では、胡桃材に油彩。全体は68×53.7センチ。番号は1964.16.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。金羊毛騎士団の騎士》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

縦長の板絵である。

全体は68×53.7センチある。

背景は、暗い黄褐色である。

中央に、男が横向きで立つ。

顔は右を向き、輪郭がはっきりする。

鼻は高く、顎が細い。

頭には、黒い帽子をかぶる。

髪は褐色で、耳を覆い、肩まで届く。

肩には、赤い衣が掛かる。

赤は、画面で最も強い色である。

その内側に、黒い襟がある。

首には、鎖が二重に掛かる。

鎖は黒く、小さな輪が連なる。

輪の一つずつは、小さい。

先には、何も下がっていない。

下がっていれば、騎士団の徽章が見えたはずである。

胸の前で、手が杖を握る。

杖は細く、下へ伸びる。

指は長く、節が描き分けられる。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

題にある騎士団の名は、羊の毛皮に由来する。

古い物語で、遠い国から持ち帰られる宝である。

つまり羊毛は、名誉の名である。

画面に、羊毛はない。

衣は赤く、厚い。

毛織物かもしれないが、記録は書いていない。

首の鎖は、金属である。

九点のうち、羊毛が名前なのは、この一点である。

そして館の記録は、作者を断定していない。

ある画家に帰せられる、と書いている。

名も題も、確かではない。

確かなのは、材料と寸法だけである。

羊毛が、人の姓になる

最後の一点でも、羊毛は名前である。

ジョン・ウール少将に贈られた議会名誉の剣と鞘
サミュエル・ジャクソン《ジョン・ウール少将に贈られた議会名誉の剣と鞘》1854年から55年。館の記録では、鋼、金、真鍮、ダイヤモンド、ルビー。鞘を含めて99.6センチ、刀身79.9センチ。メトロポリタン美術館蔵。サミュエル・ジャクソン《ジョン・ウール少将に贈られた議会名誉の剣と鞘》メトロポリタン美術館蔵

長い剣である。

鞘を含めて99.6センチ、刀身は79.9センチある。

柄の頭に、鳥がとまる。

鳥は翼をたたみ、頭を横へ向ける。

嘴は鋭く、下へ曲がる。

羽は一枚ずつ彫られている。

館の札にある鷲は、これである。

その下は、細い柱の形である。

柱には、縦の溝が刻まれる。

鍔のところに、獣の頭が二つある。

頭は左右に張り出す。

鞘は白く、細長い。

鞘の中ほどに、金の帯がある。

帯には、文字が刻まれている。

その上下に、環が付く。

環は吊り下げるためのものである。

二つの環の間隔は、二十センチほどに見える。

帯で腰に下げる形である。

鞘の先にも、金の飾りがある。

飾りは細長く、先が尖る。

表面には、細かい彫りがある。

鞘の白い部分は、象牙らしい。

館の記録は、材料の欄に象牙を書いていない。

館の札には「鷲」「蛇」「とうもろこし」がある。

つまり装飾の中に、その三つがある。

館の記録は、題と材料と寸法しか書いていない。

材料は五つで、宝石が二種類ある。

鋼と金と真鍮が金属で、残る二つが石である。

布は、一つも使われていない。

題にある姓は、羊毛を意味する語と同じ綴りである。

しかし、この人の名である。

材料にも装飾にも、羊毛はない。

剣は、贈られるための品である。

使うためではなく、名を残すために作られる。

だから宝石が付く。

ダイヤモンドとルビーは、切るためには要らない。

刀身も、使われた跡がない。

館の記録は、そのことに触れていない。

数えてみると

九点を並べ直す。

麻が使われているのは、三点である。

麻の卓掛け、絵の下の麻布、そして洗濯物。

守られる対象としての麻を加えれば、四点になる。

羊毛が使われているのは、一点である。

綴織の暗い部分だけである。

羊毛の道具が描かれているのが、一点。

羊毛が名前なのが、二点である。

麻のもとになる草が、一点。

数え方によっては、草も麻に入る。

しかし布にはなっていない。

植物のままである。

もう一つ数える。

九点のうち、館の記録の材料の欄に麻という語があるのは三点である。

羊毛という語があるのは、一点だけである。

綴織の一点だけで、そこにも絹が併記されている。

羊毛だけでできた作品は、九点の中にない。

言えることと、言えないこと

言えるのは、羊毛と麻が「絵の下や裏に回りやすい材料だ」ということである。

麻布は、油絵の支持体である。

しかし完成した絵から、麻は見えない。

羊毛は、綴織の暗い部分にある。

明るい部分には、絹が使われる。

九点のうち二点で、二つは表に出ていなかった。

洗濯物の布も、白い面としてしか描かれない。

織り目も、繊維も見えない。

三点目として数えてもよい。

布は、描かれるとき面になる。

面になれば、材料の区別は消える。

麻か綿かは、絵からは分からない。

分かるのは、題と記録の言葉からだけである。

描かれた布は、いつも材料を失う。

残るのは、白さと厚みだけである。

織り目までは、たいてい描かれない。

描けば、布が硬く見えてしまう。

言えないのは、安い材料だから記録が薄いという話である。

麻の卓掛けは、きわめて高価だった。

だから、それを守るために銀の道具が作られた。

安いのは羊毛のほうで、麻は高い。

細く漂白した麻布は、とくに高い。

卓掛けや下着に使われたのは、そのためである。

同じ布でも、値段の順序が違う。

絹、麻、綿、羊毛の順である。

その順序は、繊維の長さとほぼ一致する。

長い繊維ほど、細く強い糸になる。

最後に、はじめの一枚へ戻る。

野に咲く草の花は、青紫である。

その茎から、白い糸が取れる。

花の色と、布の色は関係がない。

材料は、もとの姿を残さない。

羊毛も、羊の姿を残さない。

梳いて紡げば、獣であったことは消える。

消えたあとに残るのが、糸である。

九点を数え終えて残るのは、草から布までの隔たりのほうである。

隔たりの途中を描いた絵は、一点しかなかった。

梳き板と糸車のある、小屋の隅である。

そこだけが、材料が布になる手前を写している。

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