書くは、人がいなくても残る——ベローズ・ドガ・青木木米ほか九点

縦長の紙である。
紙は46×30.5センチある。
紙は褐色に変わっている。
線は細く、黒鉛である。
画面の上のほうに、頭部が二つある。
左の頭部は、上を向く。
顔は苦しげで、口が開く。
右の頭部は、横を向く。
そちらは、輪郭だけである。
画面の中ほどには、もう一つの頭部がある。
その頭部は、横たわる。
目は閉じ、口が開く。
髪は乱れ、下へ流れる。
いちばん下にも、小さな頭部がある。
四つとも、同じ人物らしい。
顔の作りが似ている。
紙の右上に、文字が書かれている。
文字は二行で、小さい。
右下にも、別の文字がある。
館の記録では、この一枚はこの画家の三つの特徴を結びつけている。
完成した素描の力、捉えられた動きと表情、そして女性の姿勢への執着である。
最初の旅のあいだに描かれ、模特児を続けざまの姿勢と苦しみの表情で示すという。
そして館は、右上の文字について書いている。
そこに記された名は、模特児の名に違いない。
模特児の名と住所を習作に書いておくことは、画家たちのあいだで普通のことだった。
後で連絡を取りたいときの手控えになるからだという。
館の記録は、そう説明している。
つまり書かれたのは、絵の説明ではない。
仕事のための覚え書きである。
九点のうち、書かれた文字が実務のものなのは、この一点である。
石の上に、逆さまに描く
五点目では、書く面が石である。

縦長の版画である。
紙は29.7×22.6センチある。
画面の中央に、男が座る。
体は正面を向く。
頭は禿げ上がり、額が広い。
目は、まっすぐこちらを見る。
首には、蝶ネクタイを結ぶ。
上着は暗く、ボタンが並ぶ。
両手は、卓の上にある。
卓の上には、厚い板がある。
板は白く、四角い。
右手が、その板の上を動く。
左手は、板の縁に添えられる。
左手の指のあいだに、細いものがある。
煙草である。
先から、細い煙が上がる。
背後には、大きな枠がある。
枠は貝の形の飾りが付く。
鏡である。
鏡の中に、部屋が映る。
奥には、棚と瓶が並ぶ。
画面の下には、文字が刷り込まれている。
館の記録では、この自画像は自らを、まさにそれを作っている最中の姿として示している。
貝の形の枠の鏡に映った姿を、画家は熱心に見つめる。
そして、それを厚い石版の上に記録しているという。
その石版が、刷るために準備されて、この版画になる。
館の記録は、そう説明している。
さらに館は、この画家が書いた手紙を引いている。
冬のあいだずっと煙草を避ける身振りをしてきた。
たいてい左手でそうして、右手で火を点けていたという。
つまり画面の左手には、煙草がある。
そして館は、書かれた言葉を絵の説明に使っている。
九点のうち、書く面が石なのは、この一点である。
この画家の描いた都市については、都市で扱った。
器の底に、名を書く
六点目では、書く面が焼き物である。

きわめて小さい容器である。
全体は7.7×4.8センチしかない。
親指ほどの高さである。
形は、角の丸い四角柱である。
上に、白い口がある。
口は円く、外へ開く。
胴の四面には、文様がある。
地は白い。
その上に、青で枝が描かれる。
枝は細く、斜めに走る。
枝には、白い花が付く。
花は五弁で、丸い。
梅である。
花の中心には、小さな点がある。
地の青は、濃いところと薄いところがある。
底には、小さな脚が四つある。
底の面には、文字がある。
文字は青で、三字ほどである。
館の記録では、この作り手は料理屋の家に生まれた。
陶工であり、書家であり、画家であり、学者でもあったという。
そして館は、書かれた場所を細かく書いている。
作り手は、これらの器の底に署名した。
外側の木箱の蓋の表には、作り手が箱に書き、絵を描いたと記されている。
蓋の内側には、以前の持ち主の署名と印がある。
内側の箱の蓋にも、作り手が署名しているという。
さらに、その三面には墨と淡い色の絵があるという。
館の記録は、そう説明している。
つまり文字は、器と箱の四か所以上にある。
書かれた場所が、持ち主の順序を示している。
書くための箱が、四つに仕切られる
七点目から、道具だけになる。

金属の小箱である。
全体は16×21.3×14センチある。
色は、暗い緑がかった褐色である。
形は、横長の直方体である。
上の縁は、二重の輪で囲まれる。
側面には、細かい文様が並ぶ。
文様は、渦と葉の繰り返しである。
浮き彫りは浅い。
四隅に、支えがある。
支えは、人の姿である。
腕を上げ、箱の縁を持つ。
腰から下は、獣の脚である。
脚は下へ伸び、床に着く。
箱の下にも、細い脚がある。
蓋は、開いていない。
蓋の面にも、細かい彫りがある。
中央には、小さな環がある。
持ち上げるための環である。
中は、見えない。
館の記録は、内部について一行だけ書いている。
内部は四つの仕切りに分かれている。
書く道具と、乾かすための砂を入れるためだという。
館の記録は、そう説明している。
つまり中身は、いま入っていない。
書く道具は、失われている。
残っているのは、それを入れる形だけである。
四つの仕切りの寸法から、道具の大きさが分かる。
砂を入れる場所も、そこにあった。
砂は、乾かないインクの上に振りかける。
書いたあとに、必ず要る道具である。
九点のうち、中身のない容器は、この一点である。