美術史・技法

書くは、人がいなくても残る——ベローズ・ドガ・青木木米ほか九点

若いイタリア女性の頭部の四つの習作
エドガー・ドガ《若いイタリア女性の頭部の四つの習作》1856年。館の記録では、黒鉛。紙は46×30.5センチ。番号は2008.388。クリーヴランド美術館蔵。エドガー・ドガ《若いイタリア女性の頭部の四つの習作》クリーヴランド美術館蔵

縦長の紙である。

紙は46×30.5センチある。

紙は褐色に変わっている。

線は細く、黒鉛である。

画面の上のほうに、頭部が二つある。

左の頭部は、上を向く。

顔は苦しげで、口が開く。

右の頭部は、横を向く。

そちらは、輪郭だけである。

画面の中ほどには、もう一つの頭部がある。

その頭部は、横たわる。

目は閉じ、口が開く。

髪は乱れ、下へ流れる。

いちばん下にも、小さな頭部がある。

四つとも、同じ人物らしい。

顔の作りが似ている。

紙の右上に、文字が書かれている。

文字は二行で、小さい。

右下にも、別の文字がある。

館の記録では、この一枚はこの画家の三つの特徴を結びつけている。

完成した素描の力、捉えられた動きと表情、そして女性の姿勢への執着である。

最初の旅のあいだに描かれ、模特児を続けざまの姿勢と苦しみの表情で示すという。

そして館は、右上の文字について書いている。

そこに記された名は、模特児の名に違いない。

模特児の名と住所を習作に書いておくことは、画家たちのあいだで普通のことだった。

後で連絡を取りたいときの手控えになるからだという。

館の記録は、そう説明している。

つまり書かれたのは、絵の説明ではない。

仕事のための覚え書きである。

九点のうち、書かれた文字が実務のものなのは、この一点である。

石の上に、逆さまに描く

五点目では、書く面が石である。

自画像
ジョージ・ベローズ《自画像》1921年。館の記録では、リトグラフ。紙は29.7×22.6センチ。番号は1935.279。クリーヴランド美術館蔵。ジョージ・ベローズ《自画像》クリーヴランド美術館蔵

縦長の版画である。

紙は29.7×22.6センチある。

画面の中央に、男が座る。

体は正面を向く。

頭は禿げ上がり、額が広い。

目は、まっすぐこちらを見る。

首には、蝶ネクタイを結ぶ。

上着は暗く、ボタンが並ぶ。

両手は、卓の上にある。

卓の上には、厚い板がある。

板は白く、四角い。

右手が、その板の上を動く。

左手は、板の縁に添えられる。

左手の指のあいだに、細いものがある。

煙草である。

先から、細い煙が上がる。

背後には、大きな枠がある。

枠は貝の形の飾りが付く。

鏡である。

鏡の中に、部屋が映る。

奥には、棚と瓶が並ぶ。

画面の下には、文字が刷り込まれている。

館の記録では、この自画像は自らを、まさにそれを作っている最中の姿として示している。

貝の形の枠の鏡に映った姿を、画家は熱心に見つめる。

そして、それを厚い石版の上に記録しているという。

その石版が、刷るために準備されて、この版画になる。

館の記録は、そう説明している。

さらに館は、この画家が書いた手紙を引いている。

冬のあいだずっと煙草を避ける身振りをしてきた。

たいてい左手でそうして、右手で火を点けていたという。

つまり画面の左手には、煙草がある。

そして館は、書かれた言葉を絵の説明に使っている。

九点のうち、書く面が石なのは、この一点である。

この画家の描いた都市については、都市で扱った。

器の底に、名を書く

六点目では、書く面が焼き物である。

梅花文の茶入
青木木米《梅花文の茶入》十九世紀初め。館の記録では、染付の磁器。全体は7.7×4.8センチ。番号は1989.265.1.a。クリーヴランド美術館蔵。青木木米《梅花文の茶入》クリーヴランド美術館蔵

きわめて小さい容器である。

全体は7.7×4.8センチしかない。

親指ほどの高さである。

形は、角の丸い四角柱である。

上に、白い口がある。

口は円く、外へ開く。

胴の四面には、文様がある。

地は白い。

その上に、青で枝が描かれる。

枝は細く、斜めに走る。

枝には、白い花が付く。

花は五弁で、丸い。

梅である。

花の中心には、小さな点がある。

地の青は、濃いところと薄いところがある。

底には、小さな脚が四つある。

底の面には、文字がある。

文字は青で、三字ほどである。

館の記録では、この作り手は料理屋の家に生まれた。

陶工であり、書家であり、画家であり、学者でもあったという。

そして館は、書かれた場所を細かく書いている。

作り手は、これらの器の底に署名した。

外側の木箱の蓋の表には、作り手が箱に書き、絵を描いたと記されている。

蓋の内側には、以前の持ち主の署名と印がある。

内側の箱の蓋にも、作り手が署名しているという。

さらに、その三面には墨と淡い色の絵があるという。

館の記録は、そう説明している。

つまり文字は、器と箱の四か所以上にある。

書かれた場所が、持ち主の順序を示している。

書くための箱が、四つに仕切られる

七点目から、道具だけになる。

書き物用小箱
セヴェロ・ダ・ラヴェンナ《書き物用小箱》1525年ごろ。館の記録では、ブロンズ。全体は16×21.3×14センチ。番号は1941.63.a。クリーヴランド美術館蔵。セヴェロ・ダ・ラヴェンナ《書き物用小箱》クリーヴランド美術館蔵

金属の小箱である。

全体は16×21.3×14センチある。

色は、暗い緑がかった褐色である。

形は、横長の直方体である。

上の縁は、二重の輪で囲まれる。

側面には、細かい文様が並ぶ。

文様は、渦と葉の繰り返しである。

浮き彫りは浅い。

四隅に、支えがある。

支えは、人の姿である。

腕を上げ、箱の縁を持つ。

腰から下は、獣の脚である。

脚は下へ伸び、床に着く。

箱の下にも、細い脚がある。

蓋は、開いていない。

蓋の面にも、細かい彫りがある。

中央には、小さな環がある。

持ち上げるための環である。

中は、見えない。

館の記録は、内部について一行だけ書いている。

内部は四つの仕切りに分かれている。

書く道具と、乾かすための砂を入れるためだという。

館の記録は、そう説明している。

つまり中身は、いま入っていない。

書く道具は、失われている。

残っているのは、それを入れる形だけである。

四つの仕切りの寸法から、道具の大きさが分かる。

砂を入れる場所も、そこにあった。

砂は、乾かないインクの上に振りかける。

書いたあとに、必ず要る道具である。

九点のうち、中身のない容器は、この一点である。