美術史・技法

番号が二つ、記録は一つ——鈴木其一、俵屋宗達ほか六曲一双の屏風

蘇軾と陶潜の山水図
長沢芦雪《蘇軾と陶潜の山水図》1795年から1799年。館の記録では、六曲一双の屏風、金箔を置いた紙に墨。各隻の画面は縦171.1センチ、横372.7センチ。番号は1975.268の75と76。メトロポリタン美術館蔵。長沢芦雪《蘇軾と陶潜の山水図》メトロポリタン美術館蔵

金地に、墨だけで描かれている。

彩色がない。

左に、木立と土坡。

右に、低い山と水。

上に、雁が数羽飛んでいる。

金の地に墨だけという組み合わせは、明るく、そして静かである。

金は光を返し、墨は光を吸う。

その対比だけで画面ができている。

六曲でないものもある

九点は、いずれも六曲一双である。

しかし、屏風には他の形もある。

二曲。四曲。八曲。

そして、一隻だけの屏風もある。

一双でそろっているものは、六曲一双が多い。

これは、部屋の作りに合っているからだろう。

一隻が三メートル半、一双で七メートル。

畳の部屋の一辺に、ちょうど収まる。

そして六面なら、折ったときの安定もよい。

面が少なすぎると倒れやすく、多すぎると重くなる。

六という数は、そのあたりの折り合いだろう。

もっとも、館の記録はそういう説明をしていない。

書かれているのは、六曲一双という事実だけである。

九点すべてが同じ形式であることも、記録からは説明されない。

当サイトの在庫のなかで、六曲一双がまとまって残っているというだけである。

次の回では、二曲の屏風や、屏風の一面だけが残った例を見ていきたい。

一件の中の、二つの番号

最後に、番号の書き方に戻りたい。

五四・六九の一、および二。

一九七五・二六八の六〇、および六一。

二九・一〇〇の四九一、および四九二。

いずれも、読点で二つの番号をつないでいる。

この書き方は、館が二隻を別々に受け入れたことを示している。

受け入れの手続きは、物ごとに行う。

だから、番号は物ごとに付く。

そのあとで、二つを一件としてまとめる。

順序としては、番号が先で、まとめが後である。

もし一件として受け入れていたら、番号は一つで済んだはずである。

枝番のaとbを使えばよい。

前の回に見た鄭燮の四幅は、その形だった。

一九九〇・三二二のaからdまで。

同じ「組をまとめる」でも、二つの書き方がある。

読点でつなぐ形と、枝番の範囲で示す形。

どちらになるかは、受け入れの手続きで決まる。

記号の形が、事務の順序を保存している。

部門の欄が、単数と複数で揺れる

九点の分類の欄を見ると、書き方がそろっていない。

「屏風」と単数で書かれているものが五点。

「屏風、複数」と複数形で書かれているものが四点。

同じ六曲一双なのに、欄の語が違う。

これは、記入した時期や担当者の違いだろう。

複数形で書けば、二隻あることが分かる。

単数で書けば、分からない。

もっとも、技法の欄には必ず「六曲一双」と書かれている。

だから、情報としては失われていない。

分類の欄の揺れは、読み取りにくさを生むだけである。

こういう揺れは、どの大きな目録にもある。

前の回にも、寸法の欄の書き方の揺れを見た。

「画面」と断るものと、断らないもの。

受け入れた年が半世紀以上にわたれば、方針も変わる。

九点の受入年は、一九二九年から一九九二年までである。

六十年以上の幅がある。

そのあいだに、記入の作法が何度か変わったのだろう。

金の地は、何のためにあるか

九点のうち、六点が金箔または金の紙を使っている。

残り三点は、紙の地に墨だけである。

金の地には、はっきりした役割がある。

一つは、明るさである。

日本の伝統的な建物は、室内が暗い。

障子ごしの光が、部屋の奥まで届かない。

金の地は、その少ない光を反射する。

だから、暗い部屋でも絵が見える。

もう一つは、奥行きを消すことである。

金の地には、遠近がない。

だから、その上に置かれた形は、平らに並ぶ。

鈴木其一の朝顔は、蔓と葉と花だけが金の上に広がっている。

空も地面もない。

奥行きを消すと、模様に近づく。

模様に近づくと、部屋の装飾として働く。

屏風は、絵であると同時に、部屋の設えである。

金の地は、その両方に応えている。

墨だけの三点は、逆の効果を狙っている。

余白を広く取り、遠近を作る。

見る人を、画面の奥へ引き込む。

同じ形式で、二つの方向がある。

一双の左右は、どちらが右か

一双の屏風には、右隻と左隻がある。

右隻を向かって右に、左隻を向かって左に置く。

そして、絵は右から左へ読む。

これは、巻子や本と同じ方向である。

だから、右隻の右端が物語の始まりになる。

狩野光信の一件では、館が左右を書き分けていた。

四人の老人の話が左、詩人の話が右。

つまり、詩人の話から始まる。

他の八点では、左右の別が書かれていない。

書かれていない場合、番号の順が手がかりになることがある。

五四・六九の一と二。

一が右で、二が左かもしれない。

しかし、記録に明示されていない以上、断定はできない。

三谷等宿の一件では、題が二つの主題を並べていた。

松と鷹が先、柳と小鳥が後。

この順が左右に対応しているかどうかも、書かれていない。

読める範囲と、読めない範囲がある。

一件のなかに、十二面ある

九点は、いずれも一件である。

そして一件のなかに、屏風が二隻、面が十二ある。

面ごとに数えれば、九点は百八件になる。

隻ごとに数えれば、十八件になる。

一双で数えれば、九件である。

館は、いちばん大きな単位を選んだ。

理由は、絵が一続きだからである。

面ごとに切れば、絵が分断される。

隻ごとに切れば、左右の対応が見えなくなる。

一双でまとめれば、絵としてのまとまりが保たれる。

そのかわり、番号は二つ必要になる。

物としては二つあるからである。

だから、読点でつないだ番号という形が生まれる。

五四・六九の一、および二。

一つの記録に、二つの番号。

この書き方そのものが、屏風という形式の性質を示している。

絵としては一つ、物としては二つ。

そのずれを、記号で埋めている。

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