名画の楽しみ方

習作という語が指す五つのもの——マウルベルチュ・ジロデ・ベローズほか九点

手漕ぎ舟の習作:船尾を望む(スケッチブックより)
アルバート・ビアスタット《手漕ぎ舟の習作、船尾を望む(スケッチブックより)》1891年ごろ。館の記録では、小口を金で仕上げた網目紙に黒鉛、革の表紙で綴じる。12.1×19.7×1.1センチ。番号は1995.379.3n裏。メトロポリタン美術館蔵。アルバート・ビアスタット《手漕ぎ舟の習作:船尾を望む(スケッチブックより)》メトロポリタン美術館蔵

館の記録は、紙の仕上げまで書いている。

小口を金で仕上げた網目紙、とある。

小口というのは、紙の断面のことだ。

そこに金箔を押すと、閉じたとき縁が光る。

高価な帳面である。

外で使う道具としては、贅沢な部類に入る。

これは、冊子そのものである。

館の画像には、開かれた帳面が写る。

厚みは1.1センチ。

表紙は革で、縁が黒い。

紙の小口は、金で仕上げられている。

開いたページに、薄い線がある。

舟の内側が描かれている。

板を渡した座席と、縁の線が見える。

右側にも、何か描かれている。

線は非常に薄く、判読しにくい。

九点のうち、これだけが立体である。

寸法に厚みが書かれているのは、そのためだ。

館の記録は、番号に枝番と「裏」を付けている。

一冊の帳面の、何ページ目かの裏、という指定である。

第十七回で、一冊が何点に数えられるかを扱った。

ここでは、一冊が一点として数えられている。

そして、ページごとに枝番が付く。

数え方が二重になっている。

「習作」と題された、完成した絵

裸体習作、うつ伏せに横たわる女
ジョージ・ベローズ《裸体習作、うつ伏せに横たわる女》1924年。館の記録では、リトグラフ。番号は1936.616。クリーヴランド美術館蔵。ジョージ・ベローズ《裸体習作、うつ伏せに横たわる女》クリーヴランド美術館蔵

横長の版画である。

白い紙に、灰色の面で人物が作られる。

うつ伏せに横たわっている。

頭は左にあり、こちらへ向く。

顔は伏せられ、髪が短い。

両腕は前へ伸び、肘が曲がる。

背中の線が、左から右へ長く続く。

腰のあたりで、いちばん高くなる。

脚は右へ伸び、途中で消える。

体の下に、薄い影がある。

背景は白いままである。

画面の下に、鉛筆の書き込みが二つある。

左には題らしいもの、右には署名らしいものがある。

題に「習作」とある。

だが、これは版画である。

刷って、署名して、売るために作られている。

つまり、何かの準備ではない。

「習作」という語が、作品の名前になっている。

体を写した絵を、そう呼ぶ習慣があるからだ。

第十四回で、同じような一点を見た。

横たわる話で扱った油彩は、本当に未完成だった。

こちらは、完成品である。

同じ語が、逆の意味で使われている。

リリアの習作
カロリュス=デュラン《リリアの習作》1887年。館の記録では、布に油彩。55×46センチ。額を含めて77.2×67.3×10.8センチ。番号は1999.45.1。ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵。カロリュス=デュラン《リリアの習作》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

赤一色の背景である。

その前に、人物が後ろ向きに座る。

見えるのは、背中と、後頭部だけである。

髪は栗色で、頭の上でまとめられている。

首筋が白い。

耳が片方だけ見える。

衣も赤で、背景と同じ色調である。

背中に、細い線が一本走る。

留め具か、縫い目らしい。

顔は見えない。

これも題に「習作」とある。

そして、名前が付いている。

誰かを描いた絵だと分かる。

だが、その人の顔は描かれていない。

第三回で、後ろから見た胸像を見た。

切る位置の話で扱った素描も、顔がなかった。

背中だけでも、肖像として成立する。

館の記録は、この一点が何の準備かを書いていない。

つまり、これも独立した作品として扱われている。

習作が残るのは、偶然である

もう一つ、九点に共通することがある。

どれも、残る必要のないものだった。

下絵は、本番ができれば役目を終える。

部分を試した紙は、描き終われば捨てられる。

外で描いた小品も、記録として置かれるだけだ。

それでも、九点は残った。

理由は、いくつか考えられる。

一つは、作った人の手元に残ったことである。

工房や画室に、紙や板が溜まる。

そして、その人が亡くなったあと、まとめて処分される。

そのとき、価値が付くことがある。

有名な人の下絵なら、なおさらである。

もう一つは、集めた人がいたことである。

素描や下絵を専門に集める人は、昔からいる。

第十八回で、一人の関心が一分野を作る例を扱った。

九点の出所の行を見ると、個人の名が多い。

寄贈が四点、基金による購入が四点、匿名の寄贈が一点。

つまり、半分近くは誰かが持っていたものである。

そして、その誰かは、下絵を選んで買っていた。

完成作ではなく、準備の段階のものを。

その好みがなければ、九点は残らなかった。

館の記録は、そこまでは書かない。

書かれるのは、いつ誰から入ったかである。

なぜその人が買ったかは、記録の外にある。

場所を、記録するための習作

海景習作
フランクリン・ディー・ブリスコー《海景習作》1860年から1900年。館の記録では、厚紙に油彩。20.3×35.2センチ。スミソニアン・アメリカ美術館蔵。フランクリン・ディー・ブリスコー《海景習作》スミソニアン協会蔵

横長の小さな油彩である。

縦20.3センチ、横35.2センチ。

画面の中央よりやや上に、水平線が通る。

空は、黄色みを帯びた白である。

その中に、丸い光がある。

日が低い位置にある。

海は灰色で、光の下だけ明るい。

右に、帆を張った舟が二艘ある。

帆は褐色と白。

左手前に、小さな舟が一艘。

そこに、人が二人乗っている。

水面に、舟の影が映る。

支持体は厚紙である。

九点のうち、厚紙はこの一点だけだ。

厚紙は安く、持ち運びやすい。

外で描くための下地である。

制作年に、四十年の幅がある。

1860年から1900年、と記録は書く。

この作者の活動期間そのものだろう。

つまり、いつ描かれたか分かっていない。