作者不詳という記録——19世紀アメリカの絵
ディステルフィンクとは何か
題名の語にも触れておきたい。ディステルフィンクは、ドイツ語圏に由来する鳥の意匠である。
ペンシルヴェニア一帯のドイツ系移民の装飾に、繰り返し現れる。
つまりこの一点は、移民が持ち込んだ図案の系統に属する。
家具や文書の装飾にも同じ鳥が使われた。
図案は、人とともに移動する。
平らに描くという選択
描き方も見ておきたい。この画面には、奥行きがほとんどない。
木も人も果物も、同じ平面に並ぶ。影は最小限で、重なりも少ない。
つまり遠近を作る意図がない。図案として構成されている。
暖炉を塞ぐ板は、部屋の中で正面から見られる。壁の模様に近い役目を持つ。
用途が、描き方を決めている。
看板は、両面に描かれる
もう一つ、絵が道具である例を見たい。

縦長の板である。縦136.4センチ、横57.8センチ。
人物が一人、横向きに立つ。羽根の冠をかぶり、赤い上衣を着る。
肩に細長い棒を担ぎ、右手に束のようなものを持つ。
背景は淡い黄色で、何も描かれていない。
裏にも、同じ人物がいる
同じ作品の、もう一面を見たい。

寸法はまったく同じである。当然で、同じ板の裏面だからである。
そして人物は、逆の方向を向いている。表が左向き、裏が右向きである。
つまり、この板は通りに面して吊るされていた。どちらから来ても、人物がこちらを向く。
看板は、両面から見られる。だから両面に描く必要がある。
表象の問題を、書いておく
この看板の主題については、はっきり書いておきたい。
描かれているのは、北アメリカ先住民を表す図像である。
19世紀のアメリカでは、煙草屋の目印として、この種の像が広く使われた。
しかしそれは、実在する人々の姿ではない。商業のために作られた記号である。
羽根の冠、褐色の肌、簡略化された衣装。いずれも型として繰り返された。
立体の像も作られた
看板の形式にも補足したい。同じ主題は、木を彫った立体の像としても作られた。
店頭に立てる等身大の像である。板に描いた看板は、その簡略な形にあたる。
つまり、平面と立体の両方で同じ図像が流通していた。
図像が広く共有されるほど、型は固定されていく。
記号が、人を置き換える
この構造は、看板に限らない。特定の集団を、単純な図像に還元する。
その図像が繰り返されるほど、実在の人々は見えなくなる。
同じ問題は、別のコラムでも扱った。
美術館がこの看板を収蔵し、公開していることは、
その歴史を検証の対象にすることを意味する。
見る側も、装飾として消費しないようにしたい。
名前のある肖像もある
主題に戻りたい。

こちらは大きい。縦132.5センチ、横102.6センチ。
女性が椅子の脇に立つ。水色のドレスで、袖が膨らむ。
胸元に白いレースの襟が広がり、腰に黄色の帯を結ぶ。
右手を椅子の背に置く。椅子は緑色で、背に金の細い装飾がある。
床には幾何学模様が広がる。四角と十字の形が繰り返される。
つまり、敷物か床板の模様である。
描かれた人の名は、残っている
ここで注目したい。作者の名は分からない。しかし描かれた人の名は記録されている。
題名がそのまま、その人の名である。
つまり、家に伝わった肖像だと考えられる。
所蔵館の記録によれば、この一点は子孫からの寄贈である。
家族が名を伝え、絵とともに館へ渡した。だから名が残っている。
額の記録
寸法の記載も見ておきたい。この一点には、額を含む寸法が併記されている。
画面132.5×102.6センチに対し、額込みで141.6×111.3センチ。
つまり額の幅は、片側五センチほどである。細い額に収められている。
大きな絵に細い額を合わせると、画面が壁へ広がって見える。
額と絵の関係については、別のコラムで扱った。
誰が集めたのか
来歴にも触れておきたい。この群の多くには、共通の寄贈者名がある。
エドガー・ウィリアム・ガービッシュと、バーニス・クライスラー・ガービッシュ夫妻である。
20世紀半ば、この夫妻は作者不詳のアメリカ絵画を大量に収集した。
そして、まとめて美術館へ寄贈している。
つまり、いま公開されている111点は、この収集の結果でもある。
収集が、分類を作る
収集の意味を考えたい。名前のない絵は、市場では評価されにくい。
しかし、まとめて集めれば、一つの分野として扱えるようになる。
実際、こうした作品群は「素朴派」「民衆絵画」などの名で語られてきた。
その呼び名自体が、後から与えられた枠である。
分類は、作品の性質ではなく、扱う側の都合で決まることがある。
二人の少女
もう一点、肖像を見たい。

横長の画面である。縦46センチ、横60.8センチ。
少女が二人、並んで胸から上を見せる。
左の少女は髪を中央で分け、縦の巻毛を肩へ垂らす。黒い衣で、襟が肩まで開く。
右の少女も、ほぼ同じ髪型と衣である。目の色だけが違って見える。
背景は淡い灰色で、何もない。
つまり、二人はほとんど同じ型で描かれている。