作者不詳という記録——19世紀アメリカの絵
服の色が、時代を示す
装いも手がかりになる。二人の少女は、肩の開いた黒い衣を着ている。
袖の形と襟の開き方は、19世紀半ばの型である。
つまり服装からも、制作年をおおよそ絞れる。
所蔵館が「1840年ごろ」と書けるのは、こうした手がかりの積み重ねによる。
型で描くと、速く描ける
制作の事情を考えたい。同じ姿勢、同じ服、同じ背景。
一人を描いた要領で、もう一人を描ける。作業は速くなる。
そして、二人が姉妹であることも示される。
型は手抜きではなく、意味を作る道具でもある。
型で描く仕組みについては、別のコラムでも扱った。
猫が、画面を占める
主題の幅も見ておきたい。

奇妙な画面である。中央に猫の顔が大きく描かれる。
体は描かれていない。顔だけが、草地の上に浮かんでいる。
目は黄色で、瞳が縦に細い。口には緑の小さな生き物をくわえている。
左右に木が立ち、それぞれに鳥がとまる。左は赤い鳥、右は青い鳥である。
背景は淡い緑で、上部が明るい。
猫は、なぜ描かれたのか
主題についても考えたい。家の動物を描いた絵は、19世紀のアメリカに数多く残る。
家族の一員として扱われた動物を、記録として残す習慣があった。
つまりこの猫にも、飼い主がいた可能性が高い。
ただし、記録には何も書かれていない。名前も、飼い主も分からない。
比率が、あえて崩れている
構図を読みたい。猫の顔は、木より大きい。
つまり実際の比率とは合わない。しかし主役ははっきりする。
遠近や比率より、見せたいものの大きさを優先する。
この選択は、他の作例にも見られる。専門の訓練を受けていない場合、
規則より目的が優先されることが多い。
船を、正確に描く
一方で、精密な作例もある。

外輪の蒸気船が、画面を横切る。
船体は白く、上部に二層の甲板がある。中央に黒い煙突が立ち、煙が後方へ流れる。
外輪の覆いには、船名が書かれている。「ERIE」と読める。
マストには旗が三本。左端に星条旗が翻る。
甲板には人が並ぶ。手前の海は緑がかり、波が立つ。
船の構造が、細かく描き分けられている。
描く人の得意が、画面に出る
二点を比べたい。猫の絵では、比率が崩れている。
船の絵では、構造が正確である。
つまり、描いた人によって得意な領域が違う。
船を描き慣れた人と、家族の肖像を描いていた人とでは、身につけた型が違う。
作者不詳の群を一括りにできない理由が、ここにある。
船名が、年代を絞る
もう一点、記録の手がかりを挙げておきたい。船の絵には、船名が書かれている。
船名が分かれば、就航と沈没の年が調べられる。
所蔵館が「おそらく1837年」と書いているのは、その照合の結果だと考えられる。
画中の文字は、しばしば最も強い証拠になる。
見立て——名前がなくても、記録は残る
ここまでを整理したい。作者の名がなくても、読めることは多い。
新聞の日付、材料の種類、板の用途、両面に描かれた構造、船名の綴り。
いずれも画面と記録の中にある。
つまり「作者不詳」は、情報がないという意味ではない。作者の名だけが分からない、という意味である。
名前を求めすぎない
読み方についても書いておきたい。名前がないと、価値が低いと感じられがちである。
しかし、名前は作品を測る唯一の物差しではない。
誰のために、どこで、何のために作られたか。その問いは、名前なしでも立てられる。
百十一点という数
公開分の構成も確かめておきたい。「アメリカ、19世紀」と記録された作品は111点。
肖像が中心で、静物、風景、動物、看板、家具の一部が含まれる。
制作年は19世紀前半から後半に広がる。
つまり、一人の画家の作品群ではない。多数の無名の手による集合である。
暮らしへ——写真の裏に、日付を書く
家でできることを書いておきたい。撮った写真を印刷したら、裏に日付と場所を書いておく。
写っている人の名前も、分かる範囲で書く。
百年後、誰が撮ったかは分からなくなる。しかし、いつどこで誰が写っているかは残る。
作者不詳の絵が教えてくれるのは、その優先順位である。
群として見ると、条件が見える
最後に、見方をまとめておきたい。111点を材料で分けてみる。
画布、板、布団地、暖炉の塞ぎ板。材料の幅が広い。
材料の幅は、作った人の条件の幅である。公開画像は、そのための道具である。
そして、分けた結果は書き留めておきたい。材料の記載は、見落としやすい。
一行の記録が、次に見るときの足場になる。
空欄という記録
最後に、書き添えておきたい。作者欄の空欄は、情報の欠如ではない。
「分からない」という判断が記録されている。
推測で名前を入れないことは、記録の質を守る作法である。
空欄も、一つの記述である。
そして、空欄の意味は書き留めておきたい。分からないことを分からないまま扱う姿勢は、
記録を読む側にも必要である。









