画家を知る

1876年、賞を受けた画家は会場に入れなかった——エドワード・ミッチェル・バニスター

どこで、絵を覚えたのか

バニスターは1828年11月、カナダのニューブランズウィック州セント・アンドルーズで生まれた。

十代でアメリカへ渡り、ボストンで働きはじめる。理髪や船の仕事など、いくつもの職を経ている。

美術の正規の教育は受けていない。所蔵館の記録によれば、ボストンのロウェル研究所の夜間講座に通い、彫刻家で解剖学者でもあったウィリアム・リマーのもとで学んだのが、まとまった訓練のほぼすべてである。

あとは独学だった。

当時のアメリカで、画家になるための標準的な経路はヨーロッパ留学だった。パリかデュッセルドルフかミュンヘンで数年学び、帰国して肩書きを得る。

その経路は、彼には開かれていない。

かわりに彼が見たのは、ボストンで紹介されていたフランスの絵画である。とくにバルビゾン派——パリ郊外の村で、農民と森と天候を描いた画家たちの作品が、当時のボストンで熱心に紹介されていた。

無題(二頭の牛を引く男)
《無題(二頭の牛を引く男)》1869年。曇り空の下、二頭の牛を追う男。地面は緑と褐色の厚い絵具で、牛の毛並みは短い筆で刻まれている。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(二頭の牛を引く男)》スミソニアン協会蔵

1869年のこの一枚を見ると、影響ははっきりしている。

主題は農作業である。英雄も物語もない。曇った空、湿った草、働く人と家畜。

同じ時期のアメリカで主流だったのは、西部の巨大な山岳や滝を劇的に描く風景画だった。その事情は別のコラムで扱っている。

バニスターの画面は、その対極にある。大きさは畳半分にも満たず、描かれるのは家の近所の景色である。

妻という条件

もうひとつ、彼の経歴で欠かせない人がいる。

1857年6月、彼はクリスティアナ・カルトーと結婚した。ロードアイランド州出身のナラガンセットの女性で、ボストンでかつら製作と理髪の店を営んでいた。

つまり生計を支える事業を持っていたのは、妻の側である。

画家が絵を描き続けられるかどうかは、才能よりも先に、生活が成り立つかどうかで決まる。この時代、それはとりわけ重い条件だった。

1870年ごろ、二人はプロヴィデンスへ移る。所蔵館の記録は、この移住に妻の意向が働いた可能性を示している。

プロヴィデンスは、彼にとって良い土地だった。地元の美術愛好家に受け入れられ、注文が入るようになる。

1880年には、プロヴィデンス美術クラブの創立に加わった。同地の美術学校の設立にも、初期の理事として関わっている。

排除された画家、という一面だけで語ると見落とすものがある。彼は地域の美術制度を作る側にも立っていた。

手が動いていることを、隠さない

技法についても触れておきたい。

彼の絵は、近くで見ると意外に粗い。

木の葉は、緑と褐色の絵具を筆の腹で押し付けただけの塊である。草は、細い筆で引っかいたような線が重なっている。

雲は、白い絵具を厚く置いて、乾く前に灰色を差し込んでいる。境目はぼやけたままで、整えられていない。

離れて見れば木立になり、草地になる。近づけば絵具の塊に戻る。

この「近づくと崩れる」描き方は、当時のアメリカで主流だった、細部まで磨き上げる仕上げとは違う。

磨き上げる仕上げは、時間と手間を要する。そして、そのぶん高く売れる。

粗い仕上げを選んだのは、速度のためだったかもしれないし、バルビゾン派の作例をそう理解したからかもしれない。どちらとも決めがたい。

ただ結果として、彼の絵は「描いている手」が見える絵になった。完成品というより、制作の記録に近い手触りがある。

月と、夕暮れと、道

作品を、もう少し見ておきたい。

無題(波止場の満月)
《無題(波止場の満月)》1868年ごろ。板に油彩、24.5×38.7センチ。満月が水面に細い光の帯を落とし、帆柱と杭が影として並ぶ。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(波止場の満月)》スミソニアン協会蔵

月夜の港である。画面のほとんどは灰と褐色で、明るいのは月と、その反射の帯だけ。

左には白い建物が一棟。手前の岸は、ほとんど黒に近い。

同じころ、ロンドンではホイッスラーが同じような夜の水辺を描きはじめていた。ただし両者に接点があったという記録はない。夜の水辺という主題が、この時代に広く扱われていたということだろう。ホイッスラーの夜の絵については別のコラムで扱っている。

無題(三日月と農家のある夕暮れ)
《無題(三日月と農家のある夕暮れ)》1883年。板に油彩、25.4×38.1センチ。左上に細い三日月。木立の向こうに橙色の残照。エドワード・ミッチェル・バニスター《無題(三日月と農家のある夕暮れ)》スミソニアン協会蔵

こちらは夕暮れである。空の下端だけが橙と黄で燃え、上へ行くほど深い青になる。

左上に、爪のように細い月がある。木の枝は空を背に黒く抜かれている。

手前の道は、ぬかるみのように暗い。人の姿はない。

大きさは25センチ×38センチ。板に描かれた小品である。