空だけを、描く練習——ウジェーヌ・ブーダン
技術の条件も、揃っていた
ここには、材料の事情も絡んでいる。
十九世紀の半ば、絵具が金属のチューブに詰められて売られるようになった。
それ以前は、顔料を油で練り、豚の膀胱に詰めて持ち歩いていた。乾きやすく、扱いにくい。
チューブなら、必要な分だけ出して、蓋をすれば保つ。
屋外で長時間描くことが、材料の面で現実的になった。
道具が変われば、描き方が変わる。そして描き方が変われば、絵の内容も変わる。
ブーダンやモネが屋外で描けたのは、意志だけの問題ではない。
空を、記録する
ブーダンには、独特の習慣があった。
パステルで空だけを描いた小品を、大量に作っていたのである。
しかも、その裏や余白に日付、場所、時刻、風向きを書き込んでいた。
絵というより、観測記録に近い。
この習作群は、1859年の官展のときに詩人ボードレールが文章で取り上げている。
その文章は、これらの習作を高く評価しつつ、雲の形の一つひとつが正確に記録されていることに驚いている。
批評家が、まだほとんど無名の画家の未発表の習作を褒めた。異例のことである。
書き込まれた情報にも意味がある。
日付があれば、季節と太陽の高度が分かる。時刻があれば、光の角度が分かる。風向きがあれば、雲の動きが分かる。
つまりこの習作群は、再現できる形で記録されている。
同じ条件の日に、また同じ空が来るかもしれない。そのときの参照になる。
絵というより、観測ノートに近い性格を持っている。
そして観測は、続けるほど精度が上がる。彼が生涯にわたって空を描き続けたのは、この蓄積の性格ゆえだろう。
なぜ、空なのか
空という主題には、風景画の中で特別な位置がある。
第一に、毎日違う。同じ空は二度と出ない。
第二に、速い。雲は数分で形を変える。描いているあいだに対象が消える。
第三に、土地に属さない。海も山も、その場所固有のものだ。空はどこにでもある。
つまり空は、記録するには最も難しく、そして最も普遍的な対象である。
風景画が長いあいだ、空を背景として扱ってきたことを思えば、ここを主役にするのは大きな転換だった。
理想の風景を工房で組み立てる方法については別のコラムで扱っている。あの伝統では、空は構図の一部だった。
「空の王者」
コローが彼を「空の王者」と呼んだ、という話が伝わっている。
出所は伝聞であり、いつどこで言われたのかは特定できない。
ただ、コロー自身が屋外の習作を大量に描いた画家であることを考えると、ありそうな評価ではある。コローについては別のコラムで扱っている。
空を主題にした画家としては、イギリスのコンスタブルが先行している。
彼も雲の習作を大量に描き、裏に日付と天候を書き込んだ。ブーダンとほぼ同じ方法である。
両者に直接の関係があったかは分からない。ただ、十九世紀に「空を観測する」という発想が複数の場所で出てきたことは確かだ。
背景には、気象学が学問として整いはじめた時期という事情もあるだろう。雲の分類が体系化されるのも、この世紀のことである。
もっとも、ブーダンが気象学の文献を読んでいたという記録は無い。ここは並べておくにとどめたい。
海辺が、商売になった時代
ブーダンの浜辺の絵には、はっきりした社会的背景がある。
1860年代、パリからノルマンディー海岸へ鉄道が延びた。
それまで漁村だった町が、避暑地に変わる。トルーヴィル、ドーヴィル、ジエップ。
パリの中産階級が、夏に海へ行くようになった。

この一枚は、海ではなく社交の場面である。
右に、細い柱で支えられた白い屋根。その下と手前に、人が密集している。
女性たちは、大きく膨らんだスカート。当時流行のクリノリンである。
男性は黒い上着とシルクハット。子どもや犬も混じる。
奥には緑の丘、その上に空。
つまりこれは、新しい余暇の記録である。海辺に来て、椅子に坐り、音楽を聴く。そういう習慣が生まれた時期の絵だ。

もう一枚、当時の海水浴の様子がよく分かる一枚がある。
砂浜に、白い箱のような小屋が三つ並んでいる。車輪がついており、馬が一台を引いている。
これは移動式の更衣室である。海辺で着替え、そのまま海際まで引いてもらう。人前で肌を見せないための仕掛けだった。
手前には、椅子に坐った人々が集まる。黄色い上着、青いスカート、黒い帽子。犬が一匹。
右奥には水があり、白い帆が二つ見える。
そして空。上半分は暗い青灰の雲で、下端だけが明るい。
行楽の絵でありながら、天気は悪い。ブーダンはこの手の空をよく描いている。

こちらは曇りの日である。
空は灰色と白の雲でほぼ埋まり、青はわずかしか見えない。
手前に人物が七、八人。青と白の大きなスカートが二つ、画面の左寄りに置かれている。
中央では、椅子に坐った女性が黒い上着の男と向き合っている。足元に小さな犬。
右奥に桟橋が細く伸び、その先に帆船が一隻。
砂浜は褐色と灰色で、乾いた筆で擦るように塗られている。
同じ浜辺でも、晴れの日とはまったく違う画面になる。空の色が全部を決めているからだ。
同じ主題を、彼は繰り返し描いた。
判型も、構図も、少しずつ変えながら、何十枚も作っている。
理由は明快で、売れたからである。避暑に来た人々が、土産として買った。
小さな板絵は持ち帰りやすく、値段も手頃だった。