美術史・技法

記憶で描いた街——W・P・チャペルの小さな板紙

スレート紙という支持体

材料についてもう少し補いたい。スレート紙は、粘板岩の粉を塗った厚紙である。

石筆で書き、布で拭えば消える。学校や商店で使われた。

つまり、絵のための紙ではない。

その表面に油彩を塗ると、絵具が沈みにくい。下地が吸わないためである。

材料の選択には、手近にあったという事情が働いている。

二十七枚の統一

寸法の一致も、もう一度確かめたい。縦は15.4〜15.6センチ、横は23.2〜23.7センチ。

つまり、同じ大きさに切った紙を使っている。

一枚の大きな紙を分割したか、既製の寸法をそのまま使ったか。

いずれにせよ、規格を決めてから描き始めている。

遠近の作り方

構図についても見ておきたい。多くの画面で、道が奥へ細くなる。

建物の屋根の線も、奥へ向かって下がる。

つまり、透視図法の原則が使われている。

ただし正確ではない。線の収束点が一つに揃わない画面もある。

規則を知りつつ、厳密には従っていない。

色の使い方

色も確かめたい。空は淡い青と桃色、道は褐色、建物は黄土色と白。

つまり、色数は限られている。

その中で、人物の服にだけ黒や赤が置かれる。

小さな色の点が、視線を導いている。

何を、描かなかったか

主題の選択にも触れておきたい。公開分には、貧困や事故の場面はほとんどない。

描かれるのは、働く人と、日常の行事である。

つまり、街の暗い面は選ばれていない。

記憶で描く場合、思い出したい光景が選ばれやすい。

その偏りは、記録として使うときに考慮したい。

誰が、この一群を守ったか

来歴も考えたい。個人が趣味で描いた小さな絵が、まとまって残るのは珍しい。

誰かが束ねて保管し、次の世代へ渡している。

つまり、家族か収集家の手が入っている。

残ったこと自体が、偶然ではない。

街は、いつ変わったのか

背景も補いたい。19世紀のニューヨークは、人口が急増した。

木造の低い建物が、石造りの高い建物に置き換わっていく。

つまり、描かれた街並みは、描かれた時点ですでに消えかけていた。

だからこそ、記録として描かれたのだろう。

現在との照合

読み方の手順も書いておきたい。まず、描かれた場所の名を確かめる。

次に、当時の地図と照らす。

そして、いまの地図と比べる。

三つを並べれば、何が残り、何が消えたかが分かる。

絵は、その照合の出発点になる。

版画との違い

同時代の記録画とも比べておきたい。当時、街の様子は版画としても出版されていた。

版画は複製され、多くの人が見る。だから、公式の見え方に近づく。

一方、この一群は一点ずつの油彩である。売るために作られたかどうかも分からない。

つまり、公的な記録ではなく私的な記録に近い。

同じ街を扱っても、媒体が違えば内容も変わる。

建物の高さ

細部からも読める。画面の建物は、多くが二階建てか三階建てである。

高い建物はほとんどない。

つまり、描かれた時期のニューヨークは低い街だった。

その後の高層化を思えば、この低さ自体が記録である。

道の舗装

もう一つ、地面を見たい。多くの画面で、道は土か砂利である。

石畳が描かれる場面もあるが、多くはない。

つまり、舗装が進む前の街である。

雨が降れば泥になり、荷車の轍が残る。生活の条件が画面に出ている。

記憶の絵を、どう位置づけるか

もう一点、整理しておきたい。記憶で描いた絵は、目撃の記録ではない。

しかし、想像だけで作られたものでもない。

実際に見た人が、数十年後に描いている。細部は薄れ、印象は残る。

つまり、両者の中間にある。

そして中間だからこそ、他の資料と突き合わせる価値がある。

一枚あたりの手間

制作の速さも考えたい。縦15センチ、横23センチの画面に、
建物と人と馬車が収まる。

細部は簡略で、筆の数も多くない。

つまり、一枚を短時間で仕上げられる。

だから二十七枚、あるいはそれ以上の数が作れた。

規模の小ささが、数を可能にしている。

通りの名は、書かれていない

記録の限界も書いておきたい。題名には、職業や出来事の名が入る。

しかし、通りの名や番地は記されていない。

つまり、場所の特定は難しい。

もし通りの名が書かれていれば、地図と照合できた。

一行の情報があるかないかで、資料としての強さが変わる。

小さな絵の、扱われ方

最後に、寸法の意味をもう一度考えたい。縦15センチの絵は、額に入れても小さい。

壁に掛けても目立たない。手に取って見る大きさである。

つまり、鑑賞よりも保管に向いた形である。

二十七枚を箱に収めれば、場所も取らない。

残った理由の一つは、この扱いやすさかもしれない。

記録として使う前に

もう一点、注意を書いておきたい。細部を資料として使うときは、
他の記録と照合する必要がある。

看板の文字、建物の階数、道の幅。いずれも記憶の変形を含みうる。

一枚の絵を根拠に断定しないことが、読み方の基本である。

そして、気づいたことは書き留めておきたい。街の細部は、見た直後でも忘れる。

建物の階数、屋根の形、看板の位置。数字と形を書いておけば、あとで比べられる。

一行の記録が、次に見るときの足場になる。

記録は、あとから読む自分のために残すものである。

細かく書く必要はない。日付と、気づいた一点だけでよい。

そして次に見るときは、その一行から始めればよい。

消えた街を扱う資料では、この積み重ねがとくに効く。

そして、地図を横に置いて見るとよい。場所が分かれば、読める内容が増える。

消えた景色を扱う記録は、あとから足せない。気づいたその日に書くしかない。

見えているのは、一人の記憶を通した街である。その前提を書き添えておきたい。

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