美術史・技法

記憶で描いた街——W・P・チャペルの小さな板紙

縦15センチのスレート紙に、消えた街が描かれている。焼きとうもろこし売り、点灯夫、家上げ、幼児の葬列。九点を並べ、記憶で描いた絵が記録になりうるかを考える。読み方の手順もあわせて示したい。材料と寸法が揃っている意味も確かめる。

焼きとうもろこし売り
ウィリアム・P・チャペル《焼きとうもろこし売り》メトロポリタン美術館蔵

二十七枚が、同じ大きさである

一枚の絵から始めたい。

焼きとうもろこし売り
ウィリアム・P・チャペル《焼きとうもろこし売り》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.6センチ、横23.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《焼きとうもろこし売り》メトロポリタン美術館蔵

小さな絵である。縦15.6センチ、横23.3センチ。葉書を二枚並べた程度の大きさだ。

画面の右に、屋根の上に小塔を載せた建物が立つ。白い壁で、正面に階段がある。

その左に道が奥へ伸び、家並みが続く。

道の中央に、黄色い荷車がある。馬が二頭繋がれ、御者が座る。

手前の左に、人物が二人。黒い服の男と、黒い衣の女性が向かい合う。

女性の足元に、白い布を掛けた容器が置かれる。

空は淡い青で、上部に桃色の雲が横に流れる。

材料が、変わっている

記録を見たい。所蔵館は、材料を「スレート紙に油彩」と書いている。

スレート紙は、粘板岩の粉を塗った厚紙である。書いて消せる文具として使われた。

つまり画布でも板でもない。手近な紙を支持体にしている。

さらに、公開されている27点すべてが、同じ材料である。

寸法もほぼ同じで、縦15.4〜15.6センチ、横23.2〜23.7センチに収まる。

制作年と、描かれた時代が違う

もう一つ、記録を確かめたい。制作年は「1870年代」である。

しかし画面の内容は、それより前の時代に見える。

服装は19世紀初めの型であり、道は舗装されていない。馬車と天秤棒が主な運搬手段である。

つまり、描かれた時期と描かれた場面のあいだに、数十年の差がある。

これは記憶にもとづく絵だと考えられる。

問い——記憶で描いた絵は、記録になるのか

ここで問いを立てたい。写真のない時代の街を、後から思い出して描く。

その絵は、どこまで信用できるのか。何が読めて、何が読めないのか。

27点を並べて確かめたい。

街の商いを、一枚ずつ描く

主題を確かめたい。

苺売り
ウィリアム・P・チャペル《苺売り》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.6センチ、横23.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《苺売り》メトロポリタン美術館蔵

道の右側に、細い木が三本並ぶ。等間隔で、いずれも同じ高さである。

左に二階建ての家が続く。黄色い壁、緑の鎧戸、赤い屋根。

道の中央に、人物が一人。天秤棒のようなものを肩に担ぐ。

その前に犬が一匹。尾を上げ、こちらへ歩く。

奥には長い塀が続き、その向こうに建物が見える。

つまり、行商人が通りを歩く場面である。

題名が、職業を示している

題名にも注目したい。公開分の題名には、職業や出来事が並ぶ。

焼きとうもろこし売り、苺売り、点灯夫、パン屋の荷車。

いずれも、街で働く人の名である。

つまり、この一群は職業の記録として構成されている。

人物の顔ではなく、仕事の内容が主題である。

夜の場面もある

時刻の幅も見ておきたい。

点灯夫
ウィリアム・P・チャペル《点灯夫》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.4センチ、横23.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《点灯夫》メトロポリタン美術館蔵

夜の場面である。空は暗い灰青色で、雲が広がる。

左上に月が出ている。丸く、周囲がわずかに明るい。

画面の中央に、切妻の建物が並ぶ。壁は暗褐色で、窓に灯りが点る。

その前の道に、人物が一人。棒のようなものを持ち、街灯の下に立つ。

街灯に火を入れる作業である。

暗い画面の中で、窓の灯りと月だけが明るい。

夜を、どう描くか

技法にも触れておきたい。この画面では、全体が暗い色で塗られている。

その上に、明るい点が置かれる。窓の灯り、月、水面の反射である。

つまり、暗い地に明るい点を足す方法である。

夜の場面の作り方については、
別のコラムでも扱った。

建物を、動かす

珍しい主題も見たい。

家上げ
ウィリアム・P・チャペル《家上げ》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.6センチ、横23.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《家上げ》メトロポリタン美術館蔵

画面の中央に、大きな板が斜めに掛かる。

その周りに人が五、六人。棒を持ち、板を支えている。

左には二階建ての家がある。黄色い壁で、階段が正面に付く。

右奥に木があり、その手前に小屋が建つ。手前に白い馬が一頭。

家を持ち上げて移動させる作業だと考えられる。

木造の建物を丸ごと動かすことは、19世紀のアメリカでは珍しくなかった。

記録されにくい作業

主題の性格を考えたい。家を動かす作業は、日常の風景ではない。

しかし、記念碑になるような出来事でもない。

つまり、通常なら記録に残りにくい。

その中間の出来事が、この一群には多く含まれている。

港の場面

場所の幅も見ておきたい。

古い渡船場の階段
ウィリアム・P・チャペル《古い渡船場の階段》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.4センチ、横23.2センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《古い渡船場の階段》メトロポリタン美術館蔵

水辺の場面である。手前に水が広がり、青緑色に塗られる。

中央に木の桟橋が突き出す。杭が並び、階段が水面へ下りる。

左に帆船が一隻。白い帆を張り、舳先を右へ向ける。

小舟が三艘、水面に散る。人が乗り、櫂を動かす。

奥には建物が並ぶ。二階建ての家と、長い倉庫のような建物である。

空は淡く、上部が青、下部が桃色である。

葬列も、描かれている

出来事の幅を見たい。

幼児の葬列
ウィリアム・P・チャペル《幼児の葬列》1870年代。スレート紙に油彩。縦15.4センチ、横23.3センチ。メトロポリタン美術館蔵。ウィリアム・P・チャペル《幼児の葬列》メトロポリタン美術館蔵

道に沿って、人の列が続く。

前方には白い衣の子どもが並ぶ。十人以上いる。

その後ろに、黒い衣の大人が続く。列は画面の右端まで伸びる。

左に建物が並び、手前に柵がある。中央に大きな木が二本立つ。

つまり、幼い子どもの葬列である。

悲しみを、描かない

扱い方に触れておきたい。この画面には、泣く人も、うずくまる人もいない。

列は整然と進む。表情は描かれていない。

つまり、感情ではなく、行事の形が記録されている。

葬列の順序、参加者の服装、通った道。それらが情報として残る。