画家を知る

手が、止まっている——シャルダンの静けさ

色を、狭い範囲に抑える

色数も数えておきたい。この三点で使われている色は多くない。

白、灰、褐色、黒。そこに橙と赤が少量、青が点のように入る。

つまり画面の大部分は、無彩色に近い。少ない鮮やかな色が、その中で効く。

先に見た《台所の下働きの女》では、朱色のスカートが唯一の強い色である。

色を絞る方法は、別のコラムでも扱った。

卵を割る手つき

この一点の内容も見ておきたい。画面の左に、白い布を掛けた小卓がある。

その上にパン、ガラスの脚付きコップ、白い水差し、小さな皿が並ぶ。

右に女性が立つ。桃色と白の縞のスカート、白い上衣。

両手で卵らしきものを持ち、殻を割ろうとしている。視線は手元に落ちる。

床には浅い土鍋と、炭のようなものを入れた容器が置かれる。

奥に暖炉の縁と、木の棚が見える。

静かさは、どこから来るのか

三点に共通する要素を整理したい。第一に、人物が一人であること。

第二に、視線がこちらを向いていないこと。三点とも、手元か脇を見ている。

第三に、背景に物語がないこと。誰も会話しておらず、事件も起きていない。

第四に、明暗の差が緩やかであること。強い影も、まぶしい光もない。

つまり静けさは、要素を減らすことで作られている。

子どもの遊びを描く

主題の幅も見ておきたい。

シャボン玉
ジャン・シメオン・シャルダン《シャボン玉》おそらく1733〜1734年。油彩・画布。縦93センチ、横74.6センチ。額を含めて縦116.2センチ、横97.8センチ、厚さ11.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《シャボン玉》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これは大きい。縦93センチ、横74.6センチ。

石の窓枠に、若者が上体をもたせかけている。左肘を枠に置き、右手で細い管を持つ。

管の先に、透明な泡が膨らむ。直径は顔の半分ほどある。

泡の表面には、わずかな光の輪が描かれる。割れる直前の緊張が、そのまま止まっている。

窓の下から、小さな子どもが顔を出す。目を丸くして泡を見上げる。

窓枠の上部に蔦が垂れ、葉が数枚揺れる。

大きさが、主題の格を示す

寸法にも注目したい。台所の場面は縦46センチ前後の小品である。

一方、シャボン玉の一点は縦93センチ、トランプの城は縦82.2センチ。倍近い。

つまり子どもの場面のほうが、大きな画面で描かれている。

主題の格と画面の大きさは、必ずしも一致しない。注文の事情も関わる。

ただし公開分だけでは、その事情までは分からない。

泡は、何を意味するのか

主題の背景にも触れておきたい。西洋の絵では、シャボン玉が短い命の象徴として扱われてきた。

美しいが、すぐに消える。人の一生になぞらえる読み方である。

ただし、この絵をその図式だけで読むのは狭い。少年の集中と、子どもの驚きが主題でもある。

所蔵館の記録も、象徴の解釈を断定してはいない。だから、両方の読み方を並べておきたい。

カードの家を、積む

もう一点、子どもの場面を見たい。

トランプの城
ジャン・シメオン・シャルダン《トランプの城》おそらく1737年。油彩・画布。縦82.2センチ、横66センチ。額を含めて縦107.3センチ、横92.1センチ、厚さ10.2センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《トランプの城》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

少年が緑の布を張った卓に向かう。上体を前へ倒し、両手でカードを扱う。

卓の上に、カードが二重、三重に立てられている。倒れそうで、まだ倒れていない。

少年の顔は横向きで、口元がわずかに緩む。髪は後ろで結ばれ、青いリボンが下がる。

卓の引き出しが手前へ開き、中のカードが見える。

つまり、これも「まだ起きていないこと」を描いた絵である。

動作の直前と直後

三点を並べると、共通の構造が見える。蕪を剥く手は止まり、泡はまだ割れず、城はまだ崩れない。

いずれも、動作の直前か直後である。動作の最中ではない。

写真であれば、動きの最中を止めることもできる。しかし絵では、静止した瞬間のほうが自然に見える。

この選択が、静けさの正体だと考えられる。

同じ図が、版画になった

複製についても触れておきたい。シャルダンの人物画は、当時、版画に写されて広まった。

版画にすれば、同じ図が数百枚出回る。絵を買えない人にも届く。

つまり評判は、油彩そのものより複製で広がった可能性が高い。

複製が評価を運ぶ仕組みは、別のコラムでも扱った。

ただし当サイトの公開分に、その版画は含まれていない。

教える場面

もう一点、人物画を見たい。

幼い女教師
ジャン・シメオン・シャルダン《幼い女教師》1740年以降。油彩・画布。縦58.3センチ、横74センチ。額を含めて縦80センチ、横95.9センチ、厚さ11.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ジャン・シメオン・シャルダン《幼い女教師》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

これは横長の画面である。縦58.3センチ、横74センチ。

右に少し年上の子どもが座り、指し棒で本の頁を指す。青い前掛けと白い袖。

左に小さな子どもが卓に肘をつき、指された箇所を見る。頬がふくらみ、口が結ばれる。

二人とも、赤い縞の付いた頭巾を被る。卓は木製で、下部に金具が見える。

背景は暗い褐色で、何も描かれていない。

教える側も、子どもである

主題の読み方に触れておきたい。題名は「幼い女教師」である。

つまり教えている側も、まだ子どもである。大人の役を真似ている場面だとも読める。

遊びなのか、実際の学習なのかは、画面だけでは決まらない。

所蔵館の記録も、その点を断定していない。読み方の幅は、残しておきたい。

子どもを描く目線

子どもの絵の扱いにも触れたい。18世紀のヨーロッパでは、子どもを主題にした絵が増えていく。

家庭や教育への関心が高まった時期にあたる。ただし、これは大きな傾向の話である。

一点ずつの絵が、その傾向を証明するわけではない。作品と時代背景を、直結させないようにしたい。

言えるのは、この画家が子どもの動作をよく見ていたということである。