作品を知る

銅は、下にある——プラクシテレス・カラッチ・モリゾほか九点

鍔の象嵌、箱の側面、青銅像の唇。銅の使われた九点を数えると、五点までは銅が表面ではなく下にあり、油彩の板、版の板、七宝の地として絵に隠れていた。釉に溶ければ赤や紫になり、題の中では首長の呼び名になる。安くてやわらかい金属の記録である。

鍔
》メトロポリタン美術館蔵

鉄の輪の中に、赤い金属がはめてある

丸い鉄の板である。

高さ8.3センチ、幅7.9センチしかない。

厚さは0.6センチ、重さは127.6グラムである。

板の中央に、細長い穴が開いている。

刀の身を通すための穴である。

その穴の上下に、小さな金属片がはめ込まれている。

片は赤みを帯びた色で、鉄よりずっと明るい。

まわりの鉄は、黒く錆びた色をしている。

板の外周には、透かし彫りがある。

枝のような線が、輪の内側で絡み合う。

線の太さは一定ではない。

太いところと細いところが、交互に現れる。

透かしの隙間からは、背景が見える。

鉄の表面には、細かい鎚の跡が残る。

跡は一定の向きを持たない。

打つ角度を変えながら、少しずつ形を作ったらしい。

輪の縁は、丸く仕上げられている。

角が立っていないので、手で握っても痛くない。

鍔
赤坂派《鍔》十八世紀。館の記録では、鉄・銅。高さ8.3センチ、幅7.9センチ、厚さ0.6センチ。重さ127.6グラム。番号は36.120.134。メトロポリタン美術館蔵。》メトロポリタン美術館蔵

館の記録では、材料は鉄と銅の二つである。

黒い部分が鉄で、赤い部分が銅である。

つまり銅は、ここでは主役ではない。

鉄の中に、少しだけ差された色である。

二つの片は、穴の上と下に一つずつある。

位置は左右対称で、大きさもほぼ同じである。

片の縁は、鉄と隙間なく接している。

熱で溶かして流し込んだのではない。

溝を彫って、叩き込んだものである。

だから境目に、細い線が見える。

刀装具の合金の名については、鍔の合金の名前で扱った。

銅は、九つの役目を持つ

この一枚を出発点に、銅の使われた九点を数えていく。

銅は、はやくから使われた金属である。

やわらかく、叩けば延び、火にかければ溶ける。

そして、ほかの金属と混ぜると別の性質になる。

混ぜると、色も硬さも融ける温度も変わる。

銅は単体では赤いが、合金になると黄にも灰にも寄る。

錫を混ぜれば青銅、亜鉛を混ぜれば真鍮である。

先に言ってしまうと、九点のうち、銅そのものが見えるのは四点である。

三点では、銅は下地であって、表面には出てこない。

一点では、銅は焼き物の色である。

そして一点では、銅は人の名前の一部である。

銅は、青銅の中の別の色になる

二点目は、大きな彫像である。

クリーヴランドのアポロン、蜥蜴を殺すアポロン、あるいは大蛇を殺すアポロン
プラクシテレス《クリーヴランドのアポロン、蜥蜴を殺すアポロン、あるいは大蛇を殺すアポロン》紀元前350年から200年ごろ。館の記録では、青銅、銅と石の象嵌。全体は150×50.3×66.8センチ。番号は2004.30.a。クリーヴランド美術館蔵。プラクシテレス《クリーヴランドのアポロン、蜥蜴を殺すアポロン、あるいは大蛇を殺すアポロン》クリーヴランド美術館蔵

立像である。

高さは150センチある。

若い男が、左足に体重を乗せて立つ。

右足はわずかに引かれている。

上半身は裸で、右腕は下がる。

左腕は肘で曲がり、前へ出る。

頭は右へ傾き、下を見ている。

表面は緑色に変わっている。

ところどころ、黒く沈んだ部分がある。

腐食の斑が、全身に散っている。

緑の濃さは一様ではない。

脚のあたりは明るく、胴のあたりは暗い。

地中や水中で、当たる条件が違ったためらしい。

表面の一部は、剥がれて下地が出ている。

館の記録では、この像は間接法の蝋型鋳造で、いくつもの部分に分けて鋳造された。

型は最初の原型から取られ、その原型は残されたので、繰り返し使えたという。

そのため、この像はかつて何点も作られたうちの一つかもしれない。

館の記録は、そう書いている。

そして壁の厚みは、ほとんどが5ミリから6ミリしかない。

継ぎ目は、ほとんど見えないという。

材料の欄には、青銅のほかに銅と石の象嵌がある。

青銅は銅と錫の合金である。

そこへ、混ぜていない銅を差し込む。

銅のほうが赤いので、唇や乳首の色が変わる。

つまり同じ金属を、混ぜた形と混ぜない形で並べている。

九点のうち、銅が色の差として使われているのは、この一点である。

ただし、いまその差は見えない。

全体が緑に覆われているからである。

作られたときには、青銅は金色に近い光をしていた。

そこへ赤い銅が差されて、はっきり色が分かれていたはずである。

二千年のあいだに、その差は消えた。

館の記録に材料が書かれていなければ、気づけない。

銅の面が、銀の枠に囲まれている

三点目は、箱である。

蓋付き箱
アルバート・エドワード・ジョーンズ《蓋付き箱》1903年。館の記録では、銀・銅・陶、内張りは木。全体は9×14.2×11.8センチ。番号は1982.252。クリーヴランド美術館蔵。アルバート・エドワード・ジョーンズ《蓋付き箱》クリーヴランド美術館蔵

低い直方体の箱である。

高さ9センチ、幅14.2センチ、奥行き11.8センチしかない。

蓋は平らで、四隅がわずかに折れている。

蓋の中央に、緑がかった青の丸い石がはまる。

石は陶である。

側面の中央は、赤みの強い銅の板である。

その銅板を、銀の帯が上下と左右から囲む。

帯には、小さな鋲が等間隔に並ぶ。

正面の中央には、銀の飾り金具がある。

金具は左右に広がり、細く割れて渦を巻く。

脚は四つで、外へ反っている。

装飾は、これだけである。

彫りも打ち出しもない。

面はどこも平らで、光がまっすぐ反射する。

銅の面には、うっすらと縦の筋が見える。

磨いたときの跡らしい。

館の記録では、この作り手は1902年に工房を興した。

その工房は、当時おもに教会用と家庭用の品を作っていた。

そして館は、この箱が銀と銅の金工を組み合わせ、装飾を抑えてすっきりと設計されていると書いている。

館の記録は、そう説明している。

銅と銀は、色が正面から対立する。

銅は赤く、銀は白い。

装飾を減らしても、材料の差だけで面が分かれる。

九点のうち、銅が面としてそのまま見えるのは、この一点である。

鍔の銅は、小さな片だった。

この箱の銅は、側面の大部分を占める。

同じ材料でも、面積が違えば見え方が変わる。

片であれば点に見え、面であれば地に見える。