画家を知る

同じ顔を、量産する——クラーナハ工房のルター像

翼の向きが、年代を教える

蛇の標には変化がある。

泉のニンフ
ルーカス・クラーナハ(父)《泉のニンフ》1537年以降。板に油彩。縦48.4センチ、横72.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《泉のニンフ》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

横長の画面である。

草の上に女性が横たわっている。裸で、赤い布の上に肘をついている。

首に細い鎖、腕に金の輪。目は閉じている。

背後に大きな岩と、その隙間から湧く水。右に樹があり、弓と矢筒が掛かる。

奥には城と町並みが青く霞む。手前の草には二羽の鳥がいる。

画面の左上にラテン語の文がある。

所蔵館の記録が訳を添えている。「私は聖なる泉のニンフである。眠りを妨げるな。休んでいる」。

そしてその右に、画家の標がある。

ここでの蛇は、翼を畳んでいる。左を向いている。

先の1522年の標は、翼を立てていた。

1537年以降のこの絵では、翼が畳まれている。

この変化は、工房の標の推移として知られている。

つまり標の形が、制作年代を絞る手がかりになる。

署名が商標のように機能し、その商標に版があったということである。

標の変化について、もう少し書いておきたい。

翼を立てた蛇から、翼を畳んだ蛇へ。

この変化が起きた時期は、画家の息子が工房で力を持ちはじめた時期にあたる。

だから翼を畳んだ標は、父子の工房の標として扱われることが多い。

つまり標は個人の署名ではなく、工房の署名である。

同じ標の付いた絵の中に、複数の手が混ざっている。

現在の研究が「クラーナハ工房」という言い方を使うのは、この事情による。

標のある場所

標の位置にも決まりがある。

この工房では、画面の上方の隅に置かれることが多い。

年記と並べて記されることもある。

背景が一色だから、小さな印がよく見える。

平らな面は、標を置く場所としても都合がよい。

背景の設計と署名の設計が、一つに結びついている。

同じ寸法で、対にする

肖像の作り方に戻りたい。

女の肖像
ルーカス・クラーナハ(父)《女の肖像》1522年。板に油彩。描画面は縦58センチ、横39.8センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《女の肖像》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

先の男性像と対になる一点である。

緑の背景。黒い帽子。赤い袖。腰に橙色の帯。

顔は同じく左を向き、体はわずかに斜めである。

寸法を比べてほしい。男性像が57.6×39.9センチ、女性像が58×39.8センチ。

ほぼ同じである。

対の肖像は、夫婦や婚約者を描いて並べて掛けるものだった。

だから寸法と背景を揃える。姿勢も鏡のように合わせる。

つまり二枚は、最初から組として設計されている。

顔以外の要素を共通化すれば、作る手間も減る。

装飾と生産の都合が、ここで一致している。

ザクセンの公子
ルーカス・クラーナハ(父)《ザクセンの公子》1517年ごろ。板に油彩。縦43.7センチ、横34.4センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《ザクセンの公子》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらは子どもの肖像である。

暗い背景に、金髪の子が半身で立っている。

髪は肩まで垂れ、頭に白い花の輪をのせている。

首に細かい金の鎖を幾重にも巻き、赤い袖の上着を着ている。

顔はまだ丸く、目が大きい。

ザクセンの公女
ルーカス・クラーナハ(父)《ザクセンの公女》1517年ごろ。板に油彩。縦43.4センチ、横34.3センチ。ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《ザクセンの公女》ナショナル・ギャラリー(ワシントン)蔵

こちらも同じ寸法である。縦43.4センチ、横34.3センチ。

長い金髪を垂らし、赤と金の衣を着ている。

首に金の鎖、額に飾りは無い。

やはり暗い背景で、対として作られている。

宮廷の子どもたちの肖像は、婚姻の交渉にも使われた。

顔を送って相手方に見せる。写真のない時代の見合い写真にあたる。

だから寸法を揃え、運びやすい大きさにする。

肖像の寸法は、使い道から決まっている。

背景の色が違うことにも注意したい。

大人の対の肖像は緑、子どもの肖像は暗い褐色である。

同じ工房でも、注文の系統ごとに背景が決まっていた可能性がある。

宮廷向けと市民向けで、色を分けていたのかもしれない。

もっとも、経年で色が変わることもある。断定はできない。

背景の色を並べて比べる作業は、公開画像が揃って初めて可能になった。

顔だけを描き替える

ここまでの五点を並べると、共通点が見えてくる。

背景は一色。姿勢は半身で、体をわずかに斜めに置く。

手は下辺の近くで組むか、物を持つ。

視線は正面か、わずかに横。

つまり型が決まっている。

型が決まっていれば、顔だけを描き替えて別人の肖像が作れる。

工房の助手が背景と衣を進め、主人が顔を仕上げる。

そういう分担も可能になる。

当サイトが公開する15点のうち、肖像は9点である。

そのうち6点が、この型に収まっている。

ルーカス・シュピールハウゼン
ルーカス・クラーナハ(父)《ルーカス・シュピールハウゼン》1532年。ブナ材に油彩と金。縦50.8センチ、横36.5センチ。メトロポリタン美術館蔵。ルーカス・クラーナハ(父)《ルーカス・シュピールハウゼン》メトロポリタン美術館蔵

型の中の例外も見ておきたい。

この一点は、先の肖像より大きい。縦50.8センチである。

背景は同じ青緑。しかし人物の扱いが違う。

赤い縁なし帽をかぶり、豊かな赤褐色の髭を胸まで伸ばしている。

黒い外套の下に、赤と黒の縞の袖が見える。切り込みの装飾である。

両手を腹の前で組み、指に指輪を光らせている。

所蔵館の記録は材料を「ブナ材に油彩と金」と書いている。

金が使われているのは、装飾の細部だろう。

規格の中にも、注文主の格に応じた差が作られていたことになる。

板の材も見ておきたい。この一点はブナである。

先の板絵の回で触れたように、支持体の木の種類は産地の手がかりになる。