同じ顔を、量産する——クラーナハ工房のルター像
翼の向きが、年代を教える
蛇の標には変化がある。

横長の画面である。
草の上に女性が横たわっている。裸で、赤い布の上に肘をついている。
首に細い鎖、腕に金の輪。目は閉じている。
背後に大きな岩と、その隙間から湧く水。右に樹があり、弓と矢筒が掛かる。
奥には城と町並みが青く霞む。手前の草には二羽の鳥がいる。
画面の左上にラテン語の文がある。
所蔵館の記録が訳を添えている。「私は聖なる泉のニンフである。眠りを妨げるな。休んでいる」。
そしてその右に、画家の標がある。
ここでの蛇は、翼を畳んでいる。左を向いている。
先の1522年の標は、翼を立てていた。
1537年以降のこの絵では、翼が畳まれている。
この変化は、工房の標の推移として知られている。
つまり標の形が、制作年代を絞る手がかりになる。
署名が商標のように機能し、その商標に版があったということである。
標の変化について、もう少し書いておきたい。
翼を立てた蛇から、翼を畳んだ蛇へ。
この変化が起きた時期は、画家の息子が工房で力を持ちはじめた時期にあたる。
だから翼を畳んだ標は、父子の工房の標として扱われることが多い。
つまり標は個人の署名ではなく、工房の署名である。
同じ標の付いた絵の中に、複数の手が混ざっている。
現在の研究が「クラーナハ工房」という言い方を使うのは、この事情による。
標のある場所
標の位置にも決まりがある。
この工房では、画面の上方の隅に置かれることが多い。
年記と並べて記されることもある。
背景が一色だから、小さな印がよく見える。
平らな面は、標を置く場所としても都合がよい。
背景の設計と署名の設計が、一つに結びついている。
同じ寸法で、対にする
肖像の作り方に戻りたい。

先の男性像と対になる一点である。
緑の背景。黒い帽子。赤い袖。腰に橙色の帯。
顔は同じく左を向き、体はわずかに斜めである。
寸法を比べてほしい。男性像が57.6×39.9センチ、女性像が58×39.8センチ。
ほぼ同じである。
対の肖像は、夫婦や婚約者を描いて並べて掛けるものだった。
だから寸法と背景を揃える。姿勢も鏡のように合わせる。
つまり二枚は、最初から組として設計されている。
顔以外の要素を共通化すれば、作る手間も減る。
装飾と生産の都合が、ここで一致している。

こちらは子どもの肖像である。
暗い背景に、金髪の子が半身で立っている。
髪は肩まで垂れ、頭に白い花の輪をのせている。
首に細かい金の鎖を幾重にも巻き、赤い袖の上着を着ている。
顔はまだ丸く、目が大きい。

こちらも同じ寸法である。縦43.4センチ、横34.3センチ。
長い金髪を垂らし、赤と金の衣を着ている。
首に金の鎖、額に飾りは無い。
やはり暗い背景で、対として作られている。
宮廷の子どもたちの肖像は、婚姻の交渉にも使われた。
顔を送って相手方に見せる。写真のない時代の見合い写真にあたる。
だから寸法を揃え、運びやすい大きさにする。
肖像の寸法は、使い道から決まっている。
背景の色が違うことにも注意したい。
大人の対の肖像は緑、子どもの肖像は暗い褐色である。
同じ工房でも、注文の系統ごとに背景が決まっていた可能性がある。
宮廷向けと市民向けで、色を分けていたのかもしれない。
もっとも、経年で色が変わることもある。断定はできない。
背景の色を並べて比べる作業は、公開画像が揃って初めて可能になった。
顔だけを描き替える
ここまでの五点を並べると、共通点が見えてくる。
背景は一色。姿勢は半身で、体をわずかに斜めに置く。
手は下辺の近くで組むか、物を持つ。
視線は正面か、わずかに横。
つまり型が決まっている。
型が決まっていれば、顔だけを描き替えて別人の肖像が作れる。
工房の助手が背景と衣を進め、主人が顔を仕上げる。
そういう分担も可能になる。
当サイトが公開する15点のうち、肖像は9点である。
そのうち6点が、この型に収まっている。

型の中の例外も見ておきたい。
この一点は、先の肖像より大きい。縦50.8センチである。
背景は同じ青緑。しかし人物の扱いが違う。
赤い縁なし帽をかぶり、豊かな赤褐色の髭を胸まで伸ばしている。
黒い外套の下に、赤と黒の縞の袖が見える。切り込みの装飾である。
両手を腹の前で組み、指に指輪を光らせている。
所蔵館の記録は材料を「ブナ材に油彩と金」と書いている。
金が使われているのは、装飾の細部だろう。
規格の中にも、注文主の格に応じた差が作られていたことになる。
板の材も見ておきたい。この一点はブナである。
先の板絵の回で触れたように、支持体の木の種類は産地の手がかりになる。